第401話 変化は言い換えれば成長とも言う

「婚姻のう……」


 朝、姫君との一時。

 レグルスくんと和嬢のお話をすると、姫君は「それはそれは」と楽しそうにされていた。

 どうも天上からご覧になっていたようで何がどうしてこうしてはご存じでらしたけど、私の臨場感溢れる解説に凄く盛り上がってくださって。

 レグルスくんには女の子に対する振舞いが真摯で良かったとお褒めの言葉もいただいた。もっとも当のレグルスくんは、姫君から普段仰せつかっているように女の子に優しくしただけと、褒められて驚いてたけど。

 ひらひらと薄絹の団扇を閃かせ、ご満悦のご様子。だけどその風向きが変わったのが、私に対する釣書の件だった。

 何かを考えられていたご様子だったのが、団扇で掌を叩かれるとすっと不機嫌になられる。


「……よかろう。そちらは妾が手を打つ故、案じずともよい」

「え? いや、でも……」

「なに、猶予が欲しいのであろう? であれば、そのようにしてやろう」


 姫君が「この件終いじゃ」と艶やかに赤い唇をあげて仰られるなら、私の方は異存はない。

 なのでいつものように歌を歌えば、姫君はもう普段と同じく穏やかに聞いて下さる。

 そうやってお歌の時間を終えて、家に戻れば今度は二人の殿下方と書斎だ。

 訓練の原案を先生方にも読んでいただいた意見としては「一度試験的にやってみては?」との事で。


「試験的にやってみる……とは?」

「リートベルク隊長に試しに一日受けてもらって、いけるかどうか身をもって判断してもらえばいいんじゃないですね」


 ロマノフ先生の言葉に、ドア近くに護衛として立っていたリートベルク隊長に殿下方の視線が向く。

 そうか、隊長って責任者だもんな。

 最終的に訓練に対する責任を負うんだから、彼に体験してもらうのが的確だろう。


「リートベルク、それでいいか?」


 統理殿下の言葉に、リートベルク隊長が少し言い淀む。

 自身が訓練の体験に行ってしまえば、殿下方の護衛がどうなるのかが気になるんだろうか。

 同じ考えに至ったんだろう、ラーラさんが「護衛はボクが引き受けるよ」と声をかけた。

 一時的に護衛の任を離れるのは、上の許可がいる。

 それさえ取れれば、リートベルク隊長としては「是非お願いしたい」と頭を下げた。

 だったらそのようにと、許可取りはヴィクトルさんが行ってくれる事に。

 その間にこちらは砦のシャトレ隊長に遠距離通信魔術で連絡を入れる。

 スクリーンの向こうのシャトレ隊長は事情を話せば、気持ちよく引き受けてくれた。

 とんとん拍子に話が進んで、「許可が取れたら行きます」という事で話を終えようとした時だった。

 ツンツンとシャツの裾を、レグルスくんに引っ張られる。


「レグルスくん?」

「にぃに、どこでてあわせするのぉ?」

「うん? あー……」

「とりではだめなの?」

『手合せ、ですか?』


 画面の向こうのシャトレ隊長が興味深そうに眉を動かす。

 忘れてたけど、皇子殿下二人と手合わせする約束になってたんだ。

 その話をロマノフ先生がシャトレ隊長に話すと、男前な顔に豪快な笑みが浮かぶ。


『では、砦の訓練場をお使いください』

「え、いや、でも。兵士達の邪魔になるのでは?」

『少しの時間、休憩になると喜ぶでしょう。それに御大将のお力を目の当たりにすれば、兵士の士気も上がる事でしょうし』


 それはどうなんだろうな。

 ちょっと迷っていると、統理殿下が私の肩に触れる。


「そちらの砦の備えも、見学できるのであればみたいな」

「そうだね。ダンジョンからの大発生にさいしてどのような事をしているのか学びたい」


 シオン殿下も揃って、真面目な顔をしている。

 まあ、見られて困るものはないもないから、それが勉強になるって言うなら良いだろう。


「行っても、業務に差しさわりはありませんか?」

『はい。兵士の士気が高まります。是非お越しください』


 そうまで言ってもらったなら、行かないっていう選択はないな。

 手合わせを見学されるのはちょっと恥ずかしいけど、まあ、それも皆の士気向上に役立つならいいだろう。

 そんなわけで、昼から砦に行くことになった。


 で、今日はダンジョンで知り合った冒険者に回復魔術をかける最終日。

 ゾフィー嬢に変わってレグルスくんが回復魔術をかけてあげることになっていたけど、街で合流した紡くんがやりたがったので交代。

 レグルスくんの監督の元、紡くんが魔術師見習いの女の子のお膝に回復魔術をかけている。


「紡くん、どうしたの?」

「うーん、昨日菫子姉ちゃんに『フィールドワーク行くなら、回復魔術は絶対上手な方が良い』って言われてさ」

「ああ、なるほど」


 紡くんは驚くほどフェーリクスさんに傾倒している。

 それはフェーリクスさんが紡くんの知的好奇心を上手く誘導して、彼を研究の世界に誘ってるせいもあるんだけど、そもそも紡くんの疑問に答えてやれる大人が少ない事に原因があるようだ。

 いやー、海が青い理由を聞かれても、明確に答えられる人間なんかほぼいないよね。

 レグルスくんと奏くんと三人で祖母の遺した本を漁ってようやく答えに辿り着いた時には、こっちが万歳三唱したくらい。

 因みにエルフ先生達に答えを聞きに言ったら「調べてみましょうね」って宿題にされた。一応発見した理由を回答に行ったら、より詳しく解説されたんですが!

 いや、そうじゃなく。

 誰もが紡くんの好奇心に上手く答えられない中で、大根先生は紡くんの気持ちを尊重しつつ、学ぶことは楽しく、知識を得る事は嬉しい事で、そうやって身につけた色々を誰かのために使う事で世界がより良くなると導いてくれる。

 尊敬できる導き手に出会う事は奇跡に近く、そしてその導き手の全てを受け取ることが出来るのもまた奇跡だ。

 その奇跡を紡くんは誰に言われずとも感じたんだろう。


「寂しい?」

「いや? だって、誰がアイツの先生になった所で、兄ちゃんはおれだけだもん」

「そっかぁ」

「ひよさまだってそうじゃん。誰が先生でも一番は若さまだ」


 そう言われてしまう事には少し抵抗がある。

 まだ五歳で私に騎士の誓いを立てた事が、将来良い方向に行くかどうか解らない。もしかしたらその選択は、レグルスくんの足を引っ張ってしまう可能性だってあるわけで。

 ため息交じりにそう話せば、奏くんはケタケタと大きく笑った。


「そんなの、その時に考えたらいいじゃん。おれら明日の朝ご飯のメニューも解んないのに、もっと先の事なんか解る訳ないんだから」


 あっけらかんとした言葉に、それもそうかと思う。

 去年はうちに皇子殿下二人が遊びに来るとか、考えもしなかった。それどころか、この時期って海に遊びに行くの行かないので迷ってた気がする。

 あの頃のように将来レグルスくんにどうこうされるとか、今は全く思わない。それだって随分な変化なんだろう。

 皇子殿下二人と、レグルスくんと紡くんが、目の前で何か楽しそうに話してて。各々に表情が明るくて、それを見ているとこちらも頬が弛む。

 奏くんが伸びをして、そのまま腕を頭の後ろで組んだ。


「それより手合せだよ。おれとしては皇子殿下達の方にリートベルク隊長入れてやった方が良いと思うぜ。まあ、それでも若さまたちが優位なのは変わんないから、プシュケと夢幻の王使用禁止だし、ひよさまはいつもの木刀禁止な」

「……んん?」

「それか皇子殿下二人にリートベルク隊長とエストレージャ入れたら、おれと紡が若さま側に加わっていいと思うな。いつもの武器はやっぱり俺ら使用禁止だから、練習用の弓やらスリング使って、だけどな」

「は?」


 何言ってんの?

 そういう視線を奏くんに向けると、奏くんからも「何言ってんの?」という視線が戻ってくる。


「……単なる手合せが大袈裟なことになってる気がするんだけど?」

「仕方ねぇじゃん。そもそも武器無しでも、互角が成立しないんだから」


 真顔の奏くんに、私は遠い目をするしかなかった。

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