第400話 コンセントレーションとイマジネーションを捏ねくりまわすだけのお仕事
「本日の業務は終了です」といきたいところだけど、そうは問屋が卸さない。
帝都から来た合同訓練の原案と、こちらからの提案書やら色々が、私の書斎には届いていた。
本格的に目を通すのは明日にするにしても、軽く読んでおく。
訓練は近衛兵を二部隊に分けて、行うらしい。
近衛を全て菊乃井に派遣するのは、皇宮の守備を考えると現実的ではないからだ。半分いないだけでも全体の配置の見直しが必要なんだから、当たり前だわな。
私は正直兵士の訓練ってものがよく解って無い。
だって私は魔術師。
一般的な兵士は槍や剣を持った前衛職で、後衛職がいたとしても弓とかの、やっぱり戦士系なんだよね。
しかも大体魔術師少ない。
居ない事はないんだけど、中級の魔術が使えるなら、片田舎で兵士してないでそれこそ帝都で仕官とか目指した方が良い。
なにせ帝都の士官学校では魔術と剣術を組み合わせて使う魔術騎士なる人材を育成してるらしいから。
魔術も剣術も自由自在なんて触れ込みだけど、騎士であって生粋の剣士な菊乃井の隊長・シャトレ隊長に言わせれば実のところそんなでもないとか。
魔術は専門職である魔術師や神官・司祭に及ばず、剣の腕もちょっと微妙。まあ、騎士って名乗れるんだからそこそこは強いけども、剣や槍一本でやって来た人には及ばないとか。
「器用貧乏の極みですな」って、なんか遠い目で言ってたな。
うちはやっぱり田舎とあって、魔術兵って少ない。
数に数えていいならエストレージャのマキューシオさんが中級レベルの魔術を使えて、あと数人が下級レベルの魔術を使えるそうだ。
菊乃井の冒険者ギルドで教えている魔術の講習を、衛兵全体に施しているけど中々らしい。
魔術というのは結局生まれつきの素養で決まるものだから、思うより門が狭くなってしまうんだよね。
そこもどうにかなるのであれば、どうにかしていきたい所ではある。
話が逸れた。
ようは私は魔術師の戦い方は解るから、訓練の内容やらなんやらは想像に難くない。けども剣や槍の体捌きなんて門外中の門外だ。この辺はどうしてもシャトレ隊長頼りになる。
その辺は明日にでも先生達に訊いてみよう。勿論皇子殿下方もご一緒に。
持ち込み企画なんだから、その分は働いてもらう。
「立ってるものは皇子でも使えと言うからな。勿論、協力する」
「こちからお願いしてる事だから、やらせてもらうよ」
食事時にはあまり相応しくないんだけど、夕飯の食卓にて皇子殿下方にちら読みした報告書の事を話せばそう返事が返ってきた。
元々原案や報告書は読ませてほしいって言われてたしね。
今日のお夕飯には今朝、董子さんが作ってくれたリュウモドキの卵の醤油漬けが並んでいる。超が付くほど美味しい。
そのプチプチした食感を味わって、統理殿下が口を開いた。
「鳳蝶は、どのくらい使えるんだ?」
「うーん、基本的に今上級って言われるものは使えますけど」
「転移魔術とかの古代魔術には片足突っ込んだところだよ」
ヴィクトルさんがすかさず補足してくれる。
ロマノフ先生がにこやかに頷いて。
「鳳蝶君は器用ですよ。最上級広範囲攻撃魔術を極小範囲に圧縮、その分威力も強化して、一人だけに限定してぶつけられるんですから」
「げふっ!?」
威力の強い流れ弾が着弾する。
アレだ。
ベルジュラックさんの事で、私が先生にヒステリー起こした時の話。
あれ、私はそんな事したとかちっとも解って無かったけど、どうも最上級広範囲攻撃魔術を、極小の一人限定まで圧縮して威力も強化してぶつけたらしい。
お蔭で私はその時まで、名無しの古竜を「一人で半殺しに出来る」という評価だったのが、「一人で殺せる」に上方修正されたとか。我ながら物騒過ぎてドン引きだ。
因みに私が現在使える最上級攻撃魔術は、かつてレクス・ソムニウムが邪教の神殿を更地にするのに使った流星を墜とす魔術で、名前を
これは魔導大全とかの魔術の教科書や辞典には載ってるけど、誰も使えない謂わば遺失魔術だったのが、私がレクスの遺産である杖・夢幻の王を引き継いだことによって復活したのだ。
何でって?
あの杖にはなんとレクスが使っていたとされる魔術が記録されてたから。
その記録を杖ごと引き継いだので、杖のサポートがあれば研鑽が至ってない魔術でも大概成功するんだよね。
うさおがかつて言った「杖に認められなくても、それなりに力を貸してもらえる」っていうのは、そういう事だった訳だ。
伝説の真実を知った今では、よくもこんな恐ろしいものが野放しになっていたものだとさえ思う。
杖の記録にあって、私が今の段階で使えないのは、空間拡張や時間停止・転移魔術・蘇生にまで踏み込んだ人体再生、その逆の即死まで含む魂への干渉、その辺りの古代あるいは神代魔術だ。
転移や空間拡張、時間停止なんかは先生達も使えるし、いずれ私も使えるようになればいいけど、蘇生と魂への干渉はちょっとどうだろうな?
使う使わない関係なく、氷輪様に今度どんな魔術なのか聞いてみようか?
「なるほどなぁ。つまり鳳蝶はあの武闘会では少しも本気を出してなかったんだな」
「えぇっと? なんでそこに着地するんです?」
自分の思考の内側に入り過ぎていた耳に、統理殿下の声が入って来た。
私が使える魔術と武闘会と。
接点がないような気がして首を捻ると、シオン殿下が肩をすくめた。
「だって神龍召喚に失敗したって、君は星を降らせる魔術で勝ちをもぎ取る事は出来たんだろう? ぽちだってねじ伏せなくても、瞬殺出来たはずなのにわざわざねじ伏せて」
「無益な殺生はしない方が、強者っぽく見えるじゃないですか」
「まあ、殺すより生け捕りの方が遥かに難しいと言うしね」
たしかに殺すのは相手より力量が上回っていたら出来るけど、生け捕りは力量が上回ってるだけでなく、抵抗をものともしない技やら方法やら余裕があって初めてなるものだ。
けど、ぽちの場合は頭を押さえつけられたあの一瞬で、自分の状況が解って降参するだけの賢さがあったのが幸いだったように思う。
お蔭で私は大した消耗もなかったし。重力操作って結構疲れるんだよね。
「僕、あの試合を見てたんだけど、魔法陣を長く伸びるペンデュラムに描かせながら、自分は蝶々の武器で魔術を同時に何個も展開してたよね。何であんな器用な事ができるの?」
「……そういう武器だから?」
「それだけじゃないだろう? 個々の武器が独立して動くにしたって、そこから出る魔術は同一でもおかしくない。だって武器を動かすのも魔術を使うのもお前一人なんだから」
「そうなんですけど、個々で違う魔術使える方が効率的ですし」
シオン殿下の疑問に、統理殿下も加わる。
いや、そんな事言われても出来るんだから、やるでしょ?
どう言えば良いのか言葉に詰まっていると、それまで静かに話を聞いていただけだった董子さんが「あの」と声を上げた。
「あの、魔術師にも感覚型と理論型ってありまして。多分ご領主サマは感覚特化型なんだと思います」
「エルフや魔族に多いタイプだな。この手のタイプは自分が説明できない事を出来過ぎるんだ」
大根先生も頷いてるし、ヴィクトルさんやラーラさん、ロマノフ先生もだ。
「まんまるちゃんに自分が魔術を使ってる時の説明させたら、全く解らない事が解るよね」
「そうだね。『氷をシュッとして、ドーンッと落とす』とか、あーたんにしか解からないと思うよ。ちなみにこれ、空中に漂う水分を氷柱に変えて、目標地点に射出するっていう行程ね」
「だって魔術って集中力と想像力じゃないですか。上手くその光景を描ければなんとかなるし」
普段私の魔術の勉強を担当してくれるラーラさんとヴィクトルさんの解説に、唇を尖らせる。たしかに私は魔術を使ってる時の説明に擬音が多いけど、良いじゃん。通じてるんだから。
ぷすっと膨れていると、統理殿下がにやっと口の端をあげた。そしてその顔で「シオン」と、隣の弟君に話しかける。
シオン殿下も「そうですね」とか、お兄ちゃんと同じく何か企むように笑みを浮かべた。
「なあ、鳳蝶。明日俺とシオンと手合せしないか?」
「は?」
「君達兄弟と僕ら兄弟で、ちょっとだけやろうよ」
嫌だよ、何でだよ?
意味の解らない申し出に拒否を示す前に、シオン殿下がレグルスくんに「ね、レグルス、どう?」と持ち掛ける。
止める間もなくレグルスくんはにこっと良い笑顔で、手を上げた。
「はーい! れー、やりたい!」
よし、お兄ちゃん頑張ります!
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