第387話 安楽椅子黒幕なんて柄じゃない
「え?」
「……あら?」
ぱちぱちと何度か瞬きとすると、ゾフィー嬢も同じく瞬きを繰り返す。
何でここでルマーニュ王国の話が出てくるんだ?
首を捻っていると、ゾフィー嬢も同じように首を傾げる。
腹の探り合いって目線じゃなく、戸惑いに揺れるゾフィー嬢にロマノフ先生が声をかけた。
「その件はまだ鳳蝶君には話してないです」
「まあ、そうなんですの? では、私、余計なことをお耳に入れたのかしら……?」
「いや、一両日中には鳳蝶君に聞こうと思っていた事なので」
ロマノフ先生とゾフィー嬢の間では、会話が成立しているっぽい。
なので二人に「どういうことです」と尋ねれば、何故かシオン殿下から答えが返って来た。
「ルマーニュ王国が少しきな臭いんだよ」
「きな臭い?」
そう言われても、あそこはそもそもきな臭いんだよ。
何十年も前からその圧政に対して、一揆や暴動など、武装蜂起されては鎮圧するっていう状況の繰り返し。
暴動が起きれば数年は臣民に対してご機嫌取りのような政策を打ち出すけど、のど元過ぎて熱さを忘れたらまた弾圧と搾取だ。
よくそんなんで国家として成り立ってるなと思うんだけど、武装蜂起側も彼らをまとめ上げる確固たるリーダーというかカリスマ的指導者がいなくて、纏まり切らないうちに内部崩壊を起こして鎮定される。
帝国ではその度にどちらにも対話で物事を治めるよう勧告するだけで、武力干渉を行うことはない。
王国側が非戦闘員に手を出すのも非難するし、武装蜂起側が無暗に貴族を襲撃するのも非難する。完全中立、そんな感じ。
それできな臭いとか今更過ぎる。
それは殿下方もゾフィー嬢も、先生方も解ってることだし、帝国人ならちびっ子でもルマーニュ王国のきな臭さは知ってるレベルだ。
けど、この場にはそういうのを知らないラシードさんとイフラースさんがいる。
「きな臭いって?」
素直にラシードさんが尋ねる。
それに統理殿下がざっとあらまし──ルマーニュ王国は帝国以前の強国だったのが、帝国成立時に滅亡寸前まで追い詰められたこと。そして帝国に臣従する形の、ルマーニュ王国にとって不平等な和平条約が結ばれたこと。ルマーニュ王国は今でも圧政を敷いていて、そのせいで何年かに一度武装蜂起が起こることなど──を話す。
ラシードさんとイフラースさんが溜息を吐いた。
「……圧政止めりゃいいんじゃね?」
その感想は、ルマーニュ王国を知る人なら皆思う事だろう。
民衆の武装蜂起が度々起これば、それだけで国力は低下する。それなのに国としての体制を保っていられるのは、貴族・王族にも圧政を良しとしない人がいるからか。
時々そういう人を用いては、国力が回復してきたら放り出すなんてこともやってる。
翻って民衆が勝ち切れないのは、純粋に武力が足りないのと、やっぱり指揮官がいない事が大きい。
けども、その状況が変わりつつあると先生が言う。
「ルマーニュ王国の冒険者ギルドが、役人の理不尽に対抗する人達のために、冒険者に用心棒としての依頼を出し始めたそうです」
勿論、冒険者達はルマーニュ王国の国法には従う。
けれどその法の垣根を越えて、理不尽な圧力を加えてくる役人に対して、睨みを利かせるようになったそうだ。
ルマーニュ王都の冒険者ギルドが率先して役人の不正を正すよう動いている。
元々冒険者ギルドの役割である、国家の監視者業務を忠実に行っているってことだ。
「なるほど、そういう……」
私が打ち込んだ楔はきちんと機能しているらしい。
ゾフィー嬢が何をいわんとしたかも、ロマノフ先生が私に聞こうと思ってたことも解った。
どう説明しようかと、行儀は悪いけれどテーブルを指で軽く叩く。
「ルマーニュ王国の冒険者ギルドと、ルマーニュ王国が対立するように持って行ったっていうのは、ちょっと違います。私は平地に乱を起こす気はないですから」
「そうですの?」
「はい。ただ、私のやったことが真実機能するなら、王国と冒険者ギルドの対立は避けられないだろうなとは考えてました」
「粛清が成功したら、冒険者ギルドは自他に厳しい視線を向ける組織に立ち返るだろうから、ですか?」
ロマノフ先生の言葉に頷く。
腐敗していた組織が綺麗になれば、やることも自ずと浄められて、正道に立ち返る。
そうなればルマーニュ王国の冒険者ギルドは、国家の監視役に立ち返って組織のなすべきことをなすだろう。
冒険者ギルドはそもそも腐った国家の圧政から、弱い民衆を救う事を目的にしていたんだから、当然ルマーニュ王国とルマーニュ王国の冒険者ギルドは対立する。
それだけの事だ。
そして次に武装蜂起があった時、冒険者ギルドが味方するだけの大義が民衆にあれば、冒険者ギルドは民衆の保護を掲げて騒乱に介入するだろう。
どっちが勝つか?
そんなもの、民衆であろうが王国軍であろうが、数に勝る方だよ。
ただルマーニュ王国の圧政は世に知られているし、ついこの間の決闘裁判事件でルマーニュ王国と古の邪教との繋がりも疑われている。
「そんなルマーニュ王国で民衆の武装蜂起があったとして、冒険者がどちらに味方するか……」
答えは知れてる気がするけどね。
そうなれば私はバーバリアンや晴さんへ秘密裏に「民衆に犠牲が出ないように何とかなりませんかね?」ってお願いするし。
エストレージャやベルジュラックさんは、私の息がかかり過ぎてて動かせないのが辛いな。
つらつらとそういうこと話すと、ラーラさんやヴィクトルさんも「なるほど」って言ってくれた。
ロマノフ先生も頷いてくれて。
「大体そんなところだろうと、一応陛下と宰相閣下にはお話しておきましたよ」
「ありがとうございます」
お礼を言えば、統理殿下とシオン殿下、ゾフィー嬢が大きく息を吐いた。
何ぞ?
きょとんとしていると、奏くんが苦く笑う。
「アレだよ。若さま、ルマーニュ王国の尻の毛むしりに行く支度してるって思われたんだよ」
「は? いやいや、そんななんでもかんでも四方八方首突っ込んだりしないよ。私が冒険者ギルドに期待するのは、武装蜂起があった時に、か弱い一般市民を守ってくれることなんだけど……?」
民衆に味方するってそういう事だろう。
ただ、ルマーニュ王国にはルイさん達の気持ちが残ってるから、何とかしてあげたいとは思うけど。
だけどそれは他国の介入を当てにするのでなく、その国の人間がケリをつけないといけない事でもある。じゃないと、その国の主権ってヤツを手放すことになりかねない。
それにルマーニュ王国で革命なんてものが起これば、その余波は必ず帝国にも及ぶだろう。
例えば帝国がルマーニュ王国の民衆の武装蜂起を容認したら、じゃあ自国での革命に関して武力制圧を選ぶのも矛盾した話になってくる。難しい話だ。
なので私が出来る事っていえば、冒険者ギルドや冒険者達と関係を良くしておいて、ルマーニュ王国で武装蜂起があった際にごにょごにょするくらいだろう。
「か弱い民達が犠牲にならなきゃいいなぁ」って独り言をお聞かせして、皆さんに忖度してもらうって訳だ。
危ないとこに行ってもらうんだから、無事に帰って来れるように色々餞別を渡してさ。
「その程度で精一杯なんだから、溜息しか出ませんね」
大人だったら、もっと色々できるのかな?
目を伏せて大きくため息を吐けば、統理殿下が額を押さえて天を仰いだ。
それから何だか強引に、テーブルをコツコツ叩いていた指に、手ごと触れられる。
「あのな、鳳蝶。今度から何かする時は、俺でいいから全部一回話してくれ。理解が及ばん所は俺の頭が悪いからって事で構わないから」
「えぇ……?」
真剣な顔の統理殿下に、エルフ先生達は苦笑してて、シオン殿下とゾフィー嬢が凄く頷いてる。
何でだよ?
ちょっとびっくりして身を引くと、奏くんがかぱっと笑う。
「若さま、ちょっと誤解されやすい感じだもんな。黒幕とかって」
「黒幕!?」
「うん。顔とか雰囲気とか、ちょっとそれっぽいから」
え? なに? 私、悪人面ってこと?
ちょっとショックを受けていると、ひよこちゃんが首を横に振る。
「にぃにはなんでもできて、つよそうだから!」
にぱっと笑うレグルスくんは今日もとっても可愛いです。
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