第386話 まったり政治談議

 統理殿下もシオン殿下もゾフィー嬢も、果物氷は気に入ったみたい。

 搾った果汁を凍らせるものも美味しいけど、凍った果物自体を削るのも濃くて美味しいもんね。

 シャリシャリした食感のイチゴは甘酸っぱいし、よく熟れた桃の甘さも良い感じだ。

 そういうのを楽しんでいると、視界の端っこで統理殿下とシオン殿下が何やら視線で会話しているのが見えて。


「何です?」

「うん。少し込み入った話がしたい」


 問えば、覚悟を決めたのか、統理殿下が改まる。

 奏くんが手を上げた。


「それっておれとか聞いてていいヤツですか?」

「勿論。と言うか、鳳蝶の側近として活動するなら聞いておいた方がいい」


 シオン殿下も真面目な顔で言う。

 何か重たい話なんだろうか?

 目配せすると、ロマノフ先生やヴィクトルさんやラーラさんが頷いた。そしてヴィクトルさんが、周囲からこちらの存在を切り離し、音も一切漏れないような結界を敷く。


「さっき、鳳蝶がラシードに議会がどうとか言ったろう?」

「聞こえてたんですか?」

「まあ、ちょっとだけ」


 その言葉に表情が硬くなったのは奏くんやラシードさんで、小さい子組は解って無いのか気にした様子がない。

 ついでに殿下方もゾフィー嬢も、先生方もそうだし、勿論私も平静。慌ててるのはリートベルク隊長くらいだ。

 だって帝国国法では、領内統治はある程度認められてる。菊乃井が議会制に踏み切った所で咎め立てる事は出来ないんだから。

 こういう風に真正面から切り込んで来るって事は、議会制を辞めろとかそんな話じゃないだろう。

 なので「それで?」と尋ねれば、統理殿下が至極真面目な顔で口を開いた。


「いや、議会制導入は皇室の願いでもあるからな」

「は?」


 ちょっと驚く。

 エルフ三先生達もだし、奏くんやラシードさんもだ。

 そんな私達の反応に殿下方もゾフィー嬢も満足したのか、にっと口の端をあげる。


「ほら、うちの先祖は渡り人だろう?」


 麒鳳帝国の初代皇帝のお妃がそうなんだ。

 彼女のお蔭で麒鳳帝国は、その当時随分と進歩した国だったらしい。

 そんな彼女は家族にいくつか未来の話を遺して行ったらしいんだけど、その中に「議会制の導入」を望む言葉もあったそうな。

 お妃のいた異世界では、麒鳳帝国や旧世界と同じく「王」が支配する時代があったのだけれど、ある時起こった「革命」のお蔭で、民衆自らが選んだ政治家が議会で色々定める政治体制に移行したという流れがあったとか。


「帝国が今のまま善政を敷き続けるなら革命は起こらないかも知れないけど、そうでなかったら必ず帝国が倒れる時が来る。その時に暴力じゃなく話し合いで解決できるように、議会があった方が良い。何故なら議会のあった国でも革命は起こったけど、無血に近い革命で終わったから……だそうだ」


 帝国が成立してからかなりの年月が経っていて、それでなお議会制に踏み出せないのは、最初は臣民も貴族達も戦乱で荒れ果てた生活基盤を立て直すのが精一杯だったから。

 余裕が出て来てそろそろと思った頃には、一度握った既得権益を手放すのが嫌になった貴族たちの反対があったり、大規模災害が起こったりで中々計画は進まずだそうな。


「ほう」


 無血の革命っていうのは、前世の清教徒革命の事かな?

 この辺はあんまり覚えてないけど、たしか議会で「権利の請願」とかいうのが通って、色々ゴタゴタすったもんだしたあと、「法の支配」やらなんやらを王様に認めさせたって話だった気がする。

 私が心配してる「フランス革命」とは趣が少し違うんだ。

 でもその違いを説明できるのは現役でその頃を学んでいる学生さんか、歴史に詳しい人くらいなもんで、一般市民が革命と言われて思いつくのは、どっちか言えば「フランス革命」の方だろう。

 前世の「俺」がそう主張する。

 翻って考えると、初代のお妃様はこの辺がごっちゃになってて、議会があれば革命を阻止できるって思ったのかな?

 その辺は私も同じだけど、議会があっても革命は起こるんだ。

 起こるだろうけど、議会があればそれを最小限度の被害で済ませられるかもって打ち出したのが、菊乃井の思想骨子「黄金の自由アウレア・リベルタス」なんだよね。

 さて、それを話していいものか……?

 迷っていると、レグルスくんがこてんと首を小鳥のように傾げた。


「アウレア・リベルタスのおはなし?」

「アウレア……? なんだい、レグルス?」


 レグルスくんと同じように、シオン殿下が首を傾げる。ゾフィー嬢も統理殿下も、疑問符を顔に張り付けて私を見た。

 これは喋っちゃっても良さげ?

 迷っていると、ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんから、視線で「話してみては?」と言われた。

 ので。


「統理殿下、シオン殿下、ゾフィー嬢も……。いえ、未来の皇帝陛下と皇妃殿下、大公殿下に、臣・菊乃井鳳蝶が謹んで言上仕ります」


 カフェの椅子からおりて、臣下としての正しい姿勢を取れば、すぐに殿下方とゾフィー嬢が居住まいを正す。

 それを見たレグルスくん達も同じように椅子から立ち上がったけど、これには統理殿下が「それには及ばない」と声をかけた。勿論私にも椅子に座るように言ってくださったので、そうする。


「改まって言わなきゃならない重大事なんだな?」

「重大事というか、菊乃井の思想骨子です」


 そう前置きして、黄金の自由の内容を話す。

 領主であろうと法を順守する「法の支配」と、軍隊を役人に掌握させ、いずれ選挙で選ばれた領民の代表を議会に召集し、その下において政治を進めていくこと。そしていずれは「君臨すれども統治せず」の政治体制に移行しようとしている、だとか。

 ラシードさんも奏くんにも黄金の自由に関しては初めて話すことだったから、凄く驚いたみたい。

 話し終えると、統理殿下とシオン殿下、ゾフィー嬢はあっけらかんとしたもので。


「なんだ。皇室(うち)よりはっきりした指針があるじゃないか」

「やっぱり、国民全員に学問は要りますよね。初代様も『私はしがない会社務めで、私くらいの知識はなら誰でも持ってる』って言ってたらしいですし」

「そうですわね。選挙を行うにしても誰の主張が正しいとか、自身に都合がいいだとか、そういうことを判断するには、やはり知識や見識はある程度必要かと」


 そんな話をしている傍ら、奏くんが少し難しい顔をしている。

「どうしたの?」と声をかけると、奏くんが視線を紡くんに飛ばした。

 紡くんはアンジェちゃんと仲良くスイカの氷を食べてニコニコ。


「いや、おれは若さまの騎士になるから、その政治の代表は紡になるなって」

「だろうね。最初は皆誰を選んだら良いか判らないだろうから、賢くて私と繋がりがある人に代表してもらおうと考えると思う」

「だったら紡だな。アイツ賢いもん。我慢強いし、人の話はよく聞けるし」

「まあ、大人になった時の話だし、紡くんが嫌がったらそれまでだけど」

「まあな」


 ふっと奏くんが柔らかく笑う。

 頼れる弟がいるって、良いよね。うちのレグルスくんも頼りになるし。

 そしてもう一人のお兄ちゃんが、弟の顔を見る。


「その辺の事は帰って父上に相談だな」

「そうですね。でも手紙で先に少しだけ知らせますか?」

「俺達にも考えをまとめる時間が必要だからな。空飛ぶ城に帰ったら一緒に考えよう」

「はい。勿論です」


 そんな光景に、ゾフィー嬢が穏やかに微笑む。

 それからこっそりと、私に尋ねて来た。


「鳳蝶様、この件は秘密でないにせよ、知る人が少ないお話です。何故こんなにもはっきりと議会制や他の事も考えられましたの?」

「祖母がその当時の貴族社会から見たら、相当な変わり者だったのはご存じでしょう?」

「ええ、まあ、それなりに」

「その祖母を見出したのは曽祖父ですが、彼の家庭教師の知り合いに渡り人がいたそうです。その曽祖父は異世界の政治体制に興味があったようですし、それが祖母に伝わって、更に私に……という感じですね」

「なるほど」


 頷いてはいるけど、完全には納得したかどうか解んない微笑みだ。

 でも私に嘘を吐く理由もない。

 祖母の事情についてはシオン殿下からいずれゾフィー嬢に伝わるだろうし、伝わらなくても聞かれたら答えるだけ。私にやましい所はない。

 同じ仲間だって言っても、何でもかんでも話すのは違うだろう。

 後の解釈はゾフィー嬢次第だ。

 そう思っていると、ゾフィー嬢が何かを思いついたのか、はっと私を見る。


「ならば、ルマーニュ王都の冒険者ギルドを粛清して、完全にルマーニュ王国と対立する形にさせたのは偶然ではないんですね?」

「え?」


 なに、どういう事?

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