第385話 のほほんおやつ時
「おう、任せてくれよ」
ラシードさんがはにかむ。
背後では治療が一段落したのか、悲鳴が聞こえなくなった。
振り向くと、統理殿下とシオン殿下、ゾフィー嬢が、冒険者三人組の傷の具合を確かめている。
「あと二回ほど魔術を掛けたら完治ですかね」
骨が変な感じで折られていたのを、矯正しながらの治療だったから、少しずつ進めるしかない。
ロマノフ先生の見立てだとそんな感じだそうで、冒険者三人はぎょっとして青褪めている。
あの阿鼻叫喚を二回。
一日一回として、後二日かかる。
こっちの予定としては構わないんだけど、冒険者三人はかなりげっそりだ。
彼らは明日から初心者冒険者講座を受けるんだけど、この医務室に怪我が治るまで泊ることになってる。当然完治するまでは座学中心だ。
明日からの皇子殿下方の予定に街に出て、彼ら三人で回復魔術の練習が組み込まれる。
ゾフィー嬢は明日菊乃井歌劇団の公演を観劇後、一旦ご帰宅。
そう言えば明日は梅渓家の和嬢も菊乃井に来るんだった。
で、治療が終わった所に、医務室の扉がノックされる。
「入るぞー」と、奏くんが扉から顔を覗かせた。
「終わった?」
「うん、一応。完治にはあと二回ほど魔術かけなきゃだけど」
「二回だけで良かったじゃん」
あっけらかんと言う奏くんだけど、まったくその通りだよ。
もっと酷い怪我だと、一週間くらいかけて傷口を塞がれるんだから。
まあ、そうなると、最後の方は殆ど痛くなくなるらしいけど。
「そっちは?」
「終わった。リュウモドキはロマノフ先生が持ってるからって言っておいた。そんで、大根先生はその解体に立ち会うって」
「ん? なんで?」
「リュウモドキを扱った事のあるギルドがほとんどないから、解体の方法とか解んないんだって」
それで大根先生に解体というか解剖のやり方を教わりつつ、それを説明書にして残しておこう。更にその説明書を冒険者ギルド全体で共有資料にしようという事だって、奏くんは説明してくれた。
いい事だと思う。
それで報酬なんだけど、人食い蟻からのドロップ品は規定通り三分の一をギルド、残りを私達で分けることになった。
けど、リュウモドキに関してはちょっと扱いに困るそうな。
「え? どうして?」
「倒したのが若さまで、倒した時に初心者講座を受けてたからって言ってた」
「うん?」
奏くんの言葉に首を捻る。
その様子を見てたのか、シャムロック教官が少し考えた後、苦笑いで口を開いた。
「それは……ギルマスも困ったろうな」
「えぇっと?」
「自分にはリュウモドキを単独討伐する力はありませんが、侯爵閣下がリュウモドキを討伐し得たのは初心者講座を受けていたから。捻じれ現象ですね。どちらが欠けていてもリュウモドキの討伐に至らなかった」
「ああ、そういう事ですか……」
頷く。
だって生徒がそんな教官でも勝てるか解んないモンスターを討伐するとか、普通に考えてないわな。
こんなの想定外だよ。
うーん、困ったな。
だけど、こういう時に頼れる人が私にはいる訳なので、ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんの方に視線を向ける。
「先生方、こういう時ってどうしたらいいと思います?」
素直に尋ねると、ややあってロマノフ先生が口を開いた。
「そうですね。肉は菊乃井の屋敷で調理してもらう部位を取り分けて、後は領民に振舞ってしまう。それ以外は格安で冒険者ギルドに卸して、その料金は菊乃井領の発展のために役所へ寄付。こんな感じでどうです?」
「ボクもそれで良いと思うよ。誰も損はしてないし」
「そうだね。あーたん達はお肉以外に、大根先生からリュウモドキの知識ももらえるし、悪くないと思うけど」
それが妥当かな?
奏くんやラシードさんにも意見を聞いたけど、二人とも「そもそも倒してないのに、肉食えるの嬉しい」って言うし、アンジェちゃんや紡くんも同じく。
レグルスくんも「れーはにぃにがいいとおもったことをしてほしい」って言ってくれる。話を聞いていたのか、統理殿下やシオン殿下もゾフィー嬢も頷いてた。
私が言うのもなんだけど、皆いい子だよね。
という事で、シャムロック教官とロマノフ先生にリュウモドキの手続きをお願いして。
リュウモドキの解剖には、折角なので見学希望を出しておいた。
私、ゾンビとかグールはダメなんだけど、生物学的にリュウモドキの身体がどうなってるのかは気になる。
けども、希少生物だから解剖するにも準備がいるんだって。
それが終わるまで、私達は人食い蟻のドロップ品を換金して、買い物とおやつの時間を持つことにした。
結構大きめの魔石を私達の取り分にしてくれたから、取り分は銀貨一人あたり五枚。
銀貨五枚もあればおやつも小物も、菊乃井では色々手に入る。
ちゃりっと手の中にある銀貨五枚を握りしめて、統理殿下もシオン殿下もゾフィー嬢もなんだか嬉しそうだ。
「……初めて、自分の力で金を稼げたんだな」
「そうですね。僕達、やりましたね!」
「私、何だかドキドキします……!」
あー、解るぅ。
私も初めて自分がお金を稼いだ時は、ちょっと誇らしかった。出来る事があるんだって、少しだけ自信が出たよね。
そんな三人を見て、ラシードさんが私と奏くんに言う。
「これからカフェ行くのか?」
「え? や、決めてませんけど」
「ラシード兄ちゃんは行きたいとこがあんのか?」
「フィオレさんとこで、果物氷食おうぜ? 皇子様達、果物氷なんかしらないだろ?」
「うーん、
「じゃあ、いいじゃん!」
夏だしね、いいと思う。
果物氷っていうのは、凍らせた果物を削ってかき氷にしたもので、この夏のお宿の新メニューだ。
菊乃井の夏は過ごしやすいって言っても、暑いには違いないからよく売れるらしい。
ヴィクトルさんにそう言うと、先生達からは許可が出た。護衛のリートベルク隊長は難しい顔をしたけど、ヴィクトルさんが一緒という事で納得してくれたみたい。
使い魔達がいるからお宿のテラスを借りて注文すると、中から大急ぎでフィオレさんが出て来た。
「ちはッス! ご注文の果物氷ッス!」
「こんにちは。繁盛してますか?」
「もう、めっちゃ忙しいッス! でも、閑古鳥が鳴くより全然!」
テラスのテーブルに並べられたのは、イチゴや桃、リンゴを凍らせた上ですりおろした物が、可愛くて涼し気なガラスの器に盛られたもの。
珍しい所ではスイカのすりおろしなんかもあった。
全員がその色味やなんかに感嘆の声をあげていると、フィオレさんが統理殿下やシオン殿下、ゾフィー嬢に気付く。
「お友達ッスか?」
「え、ああ、はい」
「そッスか。お仕事大変ッスもんね。たまにはゆっくりなさってくださいッス」
「ありがとう」
お礼を言えばフィオレさんはお辞儀して去って行く。
その背を見て統理殿下が話しかけて来た。
「随分と領民に近いんだな?」
「近くないと、真意が伝わらなかったりしますからね」
「愛されるより恐れられよと異世界では言うらしいが、どうなんだろうな?」
「さぁ?」
前世においてはマキャベリという人が、そんな事を言っていた気がする。
でもその場合の恐れは「怖い」というのでなくて、もっとこう神様に私達が抱くような畏れなんじゃなかろうか。
侮られなければ別段、その辺は好きにしてくれたらいいと思う。
そう言えば統理殿下が笑った。
「いやぁ、絵姿が土産物になる領主が愛されてないはずないな」
「兄上の絵姿だったら僕も欲しいです!」
「まあ、私も。統理殿下の絵姿を作る時は衣装から何から、私に選ばせてくださいませ」
シオン殿下とゾフィー嬢が楽しそうに、統理殿下にくっつく。
将来、帝都名物に統理殿下の絵姿が加わりそうな気がした。
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