第384話 情と理と
この場合は私が介入するような案件じゃない。
そう判断すればやる事は自ずと決まって来る。
まずはレグルスくんにお願いだ。
「レグルスくん、受付に行って『緊急保護費特別減免制度』の申し込み用紙持って来てくれる?」
「はい!!」
「用紙が届くまで、シャムロック教官は初心者冒険者講座についての説明を三人にお願いします」
「心得ました」
パタパタと軽く走っていくレグルスくんの背中を見守って、シャムロック教官は土下座の三人組に初心者冒険者講座の何たるかをかみ砕いて説明し始めた。
その光景にラシードさんが小声で、私に「拾わないのか?」と念押しするように尋ねる。
統理殿下もシオン殿下もゾフィー嬢も、ちょっと不思議そうな顔だ。
「拾いませんよ。と言うか、今回は拾ったらダメな案件です」
「え? なんで?」
「なんでって……」
「エストレージャもダンジョンで拾ったって聞いたけど」
いや、犬猫じゃあるまいに。
ラシードさんの言葉に僅かに眉を動かす。
でもそうか、そういう風に視えるなら少し違う。そしてラシードさんにはその違いを分かっておいてもらわないとダメか。
何せ彼は今後、菊乃井でも重要な人材になって来るだろうから。
遮音の結界を張ると、ラシードさんもだけど統理殿下やシオン殿下、ゾフィー嬢の顔がぴりっと引き締まった。
「エストレージャの時は彼らが罪人で、それも騙された故の罪人だったからです」
「騙された故の罪人……?」
エストレージャが大発生を引き起こしかけたのは、彼らの無知と貧しさに付け入り、巨大ゴキブリの卵を彼らに渡した奴らがいたことが発端だった。
結果的には大発生は未然に防がれた訳だけど、そもそも大発生を引き起こすっていうのは死んだとしても償い切れる罪ではない。
けども、彼らは意図して大発生を引き起こそうとしたわけでもなく、寧ろ騙されて自身の命も危うかった訳だ。
それと意図してやった人間とを同じ刑罰、この場合は処刑なんだけど、それをしていいかどうか……っていう。
それに大発生は起こっていない。起こっていない以上、起こした時と同じ罰というのも重すぎる。
そして何より、同じような事を何処かのダンジョンで、菊乃井の民が心ならずも、起こしてしまった時の救済処置として「前例」を作っておかなくてはいけなかった。
「前例?」
きょとんとラシードさんが呟く。
「そう、前例。審判というのは前例に倣うべしっていうところがありまして。菊乃井で一度前例を作ってしまえば、それ以降似たような事件が起こった時、前例に倣う判決が出やすいんです。この場合『処刑には能(あた)わず、強制労働等に従事させるべし』ですね」
「強制労働って、別にエストレージャは強制労働なんか課せられてないだろう?」
それは見方による。
彼らはロマノフ先生達の元でエルフィンブートキャンプを受けて、一廉の冒険者になって、そのお蔭で名望は得られた。
しかし、その名望は私の名誉に転化されるし、この先どんな栄光を掴もうとも、それは私や菊乃井の評判となるし、存在自体菊乃井と私に縛られるのだ。
その人生の何もかも、私に捧げることになる。
「例えばどこかで王侯貴族のような暮らしをしていても、彼らは私に騎士の誓いを立てた以上『戻って私に尽くせ』と一言私が言えば、そうせざるを得ないんですよ。彼らの生殺与奪は私の心のままです」
「……」
「あの時、私はまだ改革の『か』の字にも手を付けられていなかった。ここで騙された彼らを処刑するのは簡単だ。でも処刑したとして、領民の好感を得られることはないだろうけど、反感を買う可能性は大きい。彼らに温情を示したことで得られる領民の好感度を重視しました。彼らが復讐を遂げられなくても、私は民に無為に命を落とさせる人間ではないという証明になりますからね」
「それなら、今回は?」
「今回彼らは罪を犯したわけではないし、菊乃井には彼らのような冒険者の救済措置がある。救済措置はそもそもこういう事態のために作ったのだから、それを利用すればいい。私が動くのは、現行の法令では対処できない事が起こった時だけです。でもそれだって、そこで対応出来る仕組みを作れば、次に同じことが起こった時にはもう前例に倣って解決できますしね」
「なるほど」
難しい顔でシオン殿下もゾフィー嬢もラシードさんも頷く。
しかし統理殿下はあっけらかんと。
「壮大な後付けだな」
ケラケラと朗らかに笑う。
「エストレージャに関して言うなら、死なせるのが嫌だったんだろう? 俺だってそういう事情なら何とか汲んでやろうと思うさ。素直じゃないなぁ」
「べ、別に、そういうんじゃないです!」
何言ってんだ、この人。
そういう眼で統理殿下を見る私に、ゾフィー嬢やシオン殿下から生温い視線が注がれる。何ていうか「解ってるよー」みたいな。
ラシードさんすら、私の肩をポンと叩いて「素直になれないんだな?」みたいな視線を寄越す。
あの時のやり取りを知ってるロマノフ先生まで、笑いを噛み殺している。
違うって! そんなんじゃないってば!
でもそういう反論をすると、やっぱり「またまたぁ」って顔をされる。
なんでなんだ? ラシードさんなんか、私に結構痛めの脅しかけられて「はい」か「解った」しか言えない状況にされたんだぞ……?
怪訝そうな顔の私と、生温い視線の殿下方とゾフィー嬢、ラシードさんのおかしな睨み合いは、けれどノックの音で終わりを告げた。
「もってきたー!」
「ただいま」
「ただいまー。確認してきたよー」
開いた扉から入って来たのはレグルスくんとラーラさんとヴィクトルさん。
レグルスくんは頼んだ通り、用紙を握りしめていた。ただし、二枚。
「お帰りなさい」と声をかけると、まずレグルスくんから紙を受け取った。二枚の内訳は一枚が「緊急保護費特別減免制度」申し込み用紙で、もう一枚は初心者冒険者講座の受講申し込み書。
ラーラさんとヴィクトルさんが、シャムロック教官と彼に説明を受けている三名を一瞥する。
「まんまるちゃんの考えている通りだったよ」
「宿屋のレストランで彼らの特徴を伝えて、知らないかって尋ねたんだよ。そうしたら偶々隣り合ってここのダンジョンの話をしたっていうパーティーがいてね。案の定初心者冒険者講座の卒業生だった」
「やっぱり」
溜息を吐くと、ヴィクトルさんとラーラさんが肩をすくめる。
そりゃ卒業生だったら、装備は
その卒業生パーティーも、まさか菊乃井に来たばっかりの新人冒険者が、初心者冒険者講座を受けないとは思ってなかったらしく、その辺の説明はしなかったそうだ。
彼らはヴィクトルさんやラーラさんに、今回の話を聞いて凄く意気消沈したとか。
自分達の話が原因で、一つの冒険者パーティーが全滅することになるなんて思ってなかったそうだ。
それは当たり前だし、その事に罪悪感を覚える必要はないって、ヴィクトルさんもラーラさんも慰めたらしい。
冒険者ってその辺は自己責任だからね。
そんな話をしていると、話が終わったのかシャムロック教官がこちらに視線を向けた。
「彼ら、菊乃井の救済処置を利用するそうです。それから初心者講座も受けることになりました」
「そうですか、では手続きをしましょうね」
てな訳で、レグルスくんから書類を受け取って、必要事項をサラサラと記入していく。
彼らのサインがいるんだけど、字を書けるか尋ねたら三人とも首を振った。
なら拇印で結構。
彼らの名前……坊主頭の少年がグレイ、軽装の少年がビリー、ローブの女の子がシェリー……を書いて、そこにそれぞれ血判を押してもらった。
「さて、お三方。あとはご随意に」
にこっと笑えば、二人の殿下とゾフィー嬢が同じく笑う。
冒険者三人も「お手柔らかに」と引き攣った笑みを浮かべた。
後は阿鼻叫喚。
「痛ぁー!」とか「ぎゃぁぁぁ!」とか「うぉぉぉぉぉ!」とか賑やかだなぁと思っていると、ラシードさんが「なぁ」と声をかけて来た。
「なんです?」
「さっきの、エストレージャの時の話。何で教えてくれたんだ?」
「そんなの、貴方も私の政策の柱になるからですよ」
「え?」
驚く彼の顎を思いっきり掴んで目を合わせ。
「良いですか? これから先菊乃井は議会制を目指します。貴方が魔物使い達の集落を形成して、そこの長に収まっていたら、議会が出来た時にまず魔物使い集落代表として選ばれるのは貴方だ。そういう人には、私と同じくらいの立ち回りをしてもらわないと困るんです」
「……解った。もっと色々考えられるようになれって事だな」
「そう。私は街の代表になるだろう奏くんや紡くんにも同じことを望みます」
より良い世界を望むのであれば、仲間は絶対に必要なんだから。
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