第364話 クッキングショータイム!

 どんなものでもそうだけど、物を作るとなると準備がいる。

 ジャミルさんと次男坊さんが求めているモノを作るには、スパイスだけでは足りない。

 なのでそれをメモに書いてロッテンマイヤーさんに渡して、探してもらっている間にジャミルさんにへ応接室に行ってもらって、私は普段着に着替える。

 それで応接室に行くと、もう調べ終わったのかロッテンマイヤーさんも来ていた。

 先にソファーにかけてもらってるジャミルさんと相対するように座れば、すっとメモが渡される。

 ざっと目を通す。


「あー……うん、これなら作れるかな?」

「本当デスカ!?」

「はい。ええっと、ジャミルさんカルダモンとクローブ、シナモンとバニラビーンズはお持ちなんですよね?」

「ハイ、勿論」

「それなら今からでも作れますから、やりましょうか」

「エ!? イインデスカ!?」

「ええ。でも今からやっても飲めるのは多分明日ですけど」


 それでも構わないかと尋ねれば、ジャミルさんは大きく縦に首を振った。

 という訳で、行く前に一応料理長に「今行っても邪魔じゃないか」というお伺いに行ってもらうと「楽しいことをなさるんですな?」とお返事が。

 うん、まあ、楽しいよ。

 そしてこれって多分商機だ。だってうちには料理長がいる。後はそれをどうやって流通させるか、なんだけど……。

 でもそれだって、今から作るものが美味しく出来なきゃ意味がないんだ。

 来てもいいっていう返事は貰ったので、ジャミルさんと一緒に厨房へ。

 ジャミルさんにも菊乃井の厨房で使ってる大人用エプロンを付けてもらって中に入る。勿論私もエプロンを付けるけど、これは料理長が私のために用意してくれたやつだ。


「お邪魔しますよ」

「はい、どうぞ」

「旦那様、どうぞ!」

「いらっしゃいませ、旦那様!」


 声をかけると中にいる料理長や見習いのアンナさん、カイくんが声をかけてくれる。

 アンナさんはレグルスくんの家でも厨房の見習いをやっていて、ここでも料理長から色々教わってるそうだ。カイくんは妹のゲルダちゃんと屋敷に働きに来てくれてるんだけど、なんとゲルダちゃんは偶々鼻歌がユウリさんの耳に届いて菊乃井歌劇団にスカウトされて。

 将来彼は妹がいずれ活躍するだろう歌劇団の、その専用劇場近くにレストランを構える夢のためにここで腕を磨いているのだ。

 その三人がにっこり笑う。


「さて、旦那様。今日は何をなさるんで?」

「スパイスを使った飲み物を作ろうと思って」

「ロッテンマイヤーさんから聞かれたものは全てありますよ」

「うん、じゃあやろうか」


 そんな訳で開始。

 ジャミルさんにはカルダモンとクローブ、シナモンとバニラビーンズを用意してもらう。これのお代は後で払うと言ったら、作ってもらうので今回は無料って事になった。

 次にうちからはレモンとお水と大量の砂糖。

 必要な分量の砂糖を用意してもらうと、見習いの二人の目が点になった。


「なにこれ、こんなに砂糖使うんですか?」

「うん、お水と同量位」

「ひぇぇ、お高そう」


 うん、そう。今までこれを作ろうと思わなかったのって、お砂糖の量が半端なく多くてお値段が怖かったからなんだよね。

 カルダモンに鋏や包丁で切れ目を入れて、中の種を取り出す。バニラビーンズも同じく、包丁で種を取り出した。

 レモンは二つ。一つは輪切りにして、もう一つは果汁をとって、その絞った後の果実も輪切りだ。

 鍋に砂糖と同量の水を入れるんだけど、大体図ってもらったら400グラムくらいかな。こっちは単位が前世とほぼ同じだから計算が楽でいい。

 あとは砂糖と水の入った鍋に種を取ったカルダモン、クローブ、スティックのままのシナモン、種を除いたバニラビーンズ、輪切りにしたレモンを入れてコトコト煮るだけ。

 アンナさんが、レモン果汁を入れた器を手に首を傾げる。


「果汁はどうするんですか?」

「それは鍋が沸騰して、少し煮詰めたあと。粗熱が取れたら入れてください」


 そう言えば「解りました!」と元気に返す。

 鍋が煮立つにつれ、シナモンやバニラ、クローブの匂いが強くなってきて、カイくんがちょっと顔をしかめた。


「うわぁ、なんか薬みたいな匂いですね……」

「最初は薬として売り出されたみたいですよ」

「どこでですか?」

「異世界で、ですね」


 私の言葉に、料理長が興味深そうに首を傾げる。


「なるほど、異世界。変わったことしますな、向こうさんは」

「ね。スパイスでジュース作ろうって思うんだから。でも料理人さんて研究好きが多いから、そのせいかもですね」

「はは、確かに。何とどれを組み合わせたら旨くなるかを考えるのは楽しいですしね」


 料理長が顎髭を撫でながら穏やかに言う。

 この人は私の突飛な行動に笑う事はあっても難色を示すことはほぼない。それどころか面白そうに付き合ってくれるし、結果美味しいものが食卓に沢山出てくる。


「料理長、ついてはちょっと相談があるんですけど」

「はい? なんでしょう?」

「明日にならないとこれは飲めないんですよね。それで炭酸水と普通のお水を冷やしておいてほしいのと、ポムスフレをおやつの時間に出してもらいたいんです」

「……何か、仕掛けがあるんですね?」

「はい。菊乃井にまた一つ名物ができますよ」

「お任せください」


 にっと顔を見合わせて、料理長と笑う。

 その様子に、ジャミルさんが手を上げた。


「私モ加エテクダサイ。アト、次男坊サンモ!」

「勿論ですよ。でも全ては明日、このシロップが完成してからです」


 ってな訳で、こちらも作業は持ち越し。

 鍋は少し煮詰めて、粗熱が取れ次第レモン果汁を入れる。その後は清潔な保存容器に移して、一晩冷蔵庫で保存すれば出来上がりだ。

 作業についてそう説明すれば、後は料理長やアンナさん・カイくんがやっておいてくれるという。

 有り難くお任せして、ジャミルさんと応接室に戻ろうとすると、玄関近くでげっそりした雰囲気のラシードさんとばったり。


「どうしたんです?」

「どうしたも何も、俺、本当に考えが甘かったんだなって……」

「ああ、頼んでましたからね」

「うん。ルイさんも説明してくれたし、ルイさんから頼まれたってエリックさんやヴァーサさんにも懇々と」

「それはそれは」


 少し落ち込んだようなラシードさんに、私は肩をすくめる。するとジャミルさんが「ドウシタノ、坊ッチャン?」と、宥めるようにラシードさんの肩に触れた。


「いや、ほら、実家に帰るって話だったじゃん? でも俺、それで雪樹に帰るんじゃなくて、あそこで肩身の狭い思いをしてる人を引き連れて、菊乃井に移住しようと思ってさ。ここでは弱くても生きる術があるんだし」

「ソウナノカイ?」


 尋ねるジャミルさんに、ラシードさんは頷く。

 雪樹の厳しい環境で暮らすには強くなくてはいけないけれど、そうでなくても生きる術が他の所にはある。だからその道を示したいのだと、ラシードさんはジャミルさんに話す。

 その移住が実現すれば、小さくても集落ができるだろう。その集落の長として、連れて来た一族の人々と菊乃井の住人が融和して暮らしていけるようにするのが自身の役目。それだけじゃなく、人の上に立つのであれば当たり前にしておかなければいけない覚悟や、知っておかなければいけないことがあって、それを今学んでいるとも。


「でも、諸々話しても母ちゃんが納得してくれるかは分かんない。だけど何がどうでも、二番目の兄貴はきっと俺を排除する方向で動くと思う。それをぶん殴れれば、多分、分はある……んじゃないかと」

「そのための準備が、ありがたくも一緒に来てくれた絹毛羊の坊ちゃんだし、星瞳梟の雛ですよ。分かりましたか?」

「それはもう、十分に」


 苦く笑うラシードさんに、私は少し肩をすくめる。

 そう言えばあの羊の坊ちゃんは、こちらに来た初日に颯に向かって突進して、ポニ子さんの怒りの踵落としを食らって涙目になっていた。その光景を見た星瞳梟の雛は賢くも、瞬時に菊乃井家動物ヒエラルキーを察して「お兄ちゃん、この小さなお姉さまに逆らってはダメなのだわ」と言い聞かせていたという。

 二匹の名前は坊ちゃんがナースィル、雛がハキーマだそうな。

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