第358話 いざ、ピクニック!

 アースグリムの渓谷に、毛刈りに相応しい晴れの日が来たようだ。

 星瞳梟(スターアイズオウル)の翁(おきな)さんとの約束を果たすため、毎朝アースグリムに行って確かめてくれていたラーラさんから、「今日かな」という言葉があったんだよね。

 アースグリムも季節は夏に向かっているから、ある程度雪は消えて過ごしやすくなっているらしい。

 だから今回の毛刈りピクニックには、約束を交わした時にいたえんちゃん様以外のメンバーに加えて、タラちゃんとござる丸、それからラシードさんの使い魔の魔女蜘蛛(メイガス・タランテラ)・ライラも同行する。

 イフラースさんの使い魔の奈落蜘蛛(アビス・タランテラ)、名前をアメナというんだけど、その子はお留守番。一日旅行に行くより今ハマってるレース編みを究めたいんだそうだ。

 私達人間と同じく、魔物たちにも特性というか性格がある。

 タラちゃんは大人しくて賢いけど、締めるとこは締める頼れる感じ。

 ござる丸は快活で子どもが好きなのか、レグルスくんや奏くんだけじゃなく紡くんやアンジェちゃんとよく遊んでる。

 颯はちょっとマシになったけど相変わらずヘタレ、でも愛妻家。

 グラニはポニ子さんの性質を受け継いだのか、優しくて穏やかだけど勇猛果敢だ。自分より大きな菊乃井のダンジョンに出る階層ボス的モンスターに突撃して、その腹のど真ん中に穴を開けた上に頭を蹴って粉砕させてると聞く。

 火眼俊猊(かがんさんげい)のポチは図体がかなりデカいのに甘えん坊で、食事の時には子猫の大きさになって魔力をくれる人の指を吸ってゴロゴロ鳴くんだよ。

 ラシードさんのアズィーズも大概甘えん坊だけど、こっちは大人に近づいて来たからかちょっと落ち着いて来た。でもやんちゃなのは変わらないみたい。同じくラシードさんの蜘蛛ライラは面倒見が良くて、アズィーズの遊び相手を務めている時もあるそうだ。

 イフラースさんのガーリーはしっかり者で、何事も優等生なんだとか。お留守番のアメナは凄くマイペースで、だけど「これぞ」と思った事は究めたい一意専心派なんだって。

 アメナのそういう高い集中力はEffetエフェPapillonパピヨンの生産力向上に大いに貢献してくれてる。

 という事で、事前にヨーゼフに毛刈りの方法を教えてもらってたから、こちらは準備万端。本当はヨーゼフに一緒に来てもらいたかったんだけど、今日はウチに新しい牛さんが来ることになってたからそっちのお迎えに行ってもらう事にしたんだよね。

 そんな訳で、料理長が作ってくれたお弁当を持ってばびゅんっと飛んできましたアースグリム!

 前に来た時は雪で覆われていたけれど、短い夏を楽しむように緑が大地を覆ってる。

 そういえば、此処の冒険者ギルドのマスターだったご婦人が、今は王都の冒険者ギルドの長になってた筈。

 尋ねた私に、ラーラさんが頷いた。


「そうだよ。彼女は王都に赴任してる。今は違う人がギルドマスターになってるよ」

「どんなひと? いじわるしないひと?」


 ラーラさんの答えに、ひよこちゃんが小首を傾げる。そこは一番大事なとこだよね。

 ラーラさんはクスっと小さく笑った。


「ああ、大丈夫。というか、キミ達一回会ってるよ」

「え? そうだっけ? 覚えてる、若様?」

「えぇ……誰だろ?」


 奏くんが小首を傾げえるのに、私も少し考える。

 あの時会った人って、そんなにいない。ベルジュラックさんとマスターと村長さんくらいだけどな。

 指折り数えると、ヴィクトルさんが「その人」という。

 紡くんが「はーい!」と元気に手を上げた。


「そんちょーさん!?」

「そう、村長さん。昔冒険者ギルドで働いてたから復帰したんだって。村長の仕事は息子さんが継いでるそうだよ」

「ははぁ」


 なんでも、村長さんはあのギルドマスターの副マスターを務めてたことがあって、ルマーニュの役人にも言うべき時は物を言える村長さんだったとか。

 息子さんがその気質を受け継いで立派に村長をやっていけるようになったから、自身は優雅に隠居して、趣味で冒険者業に復帰しようと思っていたところに今度の騒動。そしてアースグリムのギルドのマスターだった人が王都を仕切ることになった。じゃあ新しいギルド長の事を支えてやろうと考えてたところ、「まだるっこしい事言わないで復帰して。年上の私が隠居できない大仕事やらされてるんだから、アンタだって隠居なんかさせないんだからね!」って爽やかな笑顔で押し切られたそうな。

 そうだよ、皆働けば良いんだ。私だって働いてるんだから、老いも若きも男も女も皆働け!


「鳳蝶君、薄く毒が漏れてますよー」

「は!?」


 ロマノフ先生が声を上げて笑う。

 うっかりうっかり。

 他所の貴族に対しては「気さくで優しい」ってイメージで売り込んでるんだから、うっかり毒を吐いちゃいけない。

 抑えめにしとかないとな。

 お口を手で塞いでいると、奏くんが私の脇腹を突く。

 くすぐったくて身を捩ると、かぱっとした笑顔でもう一度奏くんが私を突いた。


「若様って出来る人が出来る事をやんないと厳しいけど、働き過ぎるとそれはそれでダメっていうのおもしろいな」

「私は私がしたのと同じくらいの忙しい思いを、他人がしてないのが妬ましいだけだし。それに同じことやれって言われても出来ないし・したくないから、働き過ぎの人には休憩しろ・休めって言うだけだよ」

「よく言うよ。別に同じような苦労しろとか全然思ってないくせに」

「そりゃ立場が違うもの。人それぞれ苦労とか悩みの重さは違うから、そこに大小軽重はないよ。でも出来る事を出来る人がやらないと誰の何の望みも叶わないから、変えられるかも知れない人には働いてほしい。それだけ」

「ようはただ仕事しろって言うんじゃなくて、やれることを丁度良くやれってことだろ?」

「そう、とも言う」

「へそまがりだなぁ」


 そう言って奏くんは突いていた手を、くすぐる感じに変えてくる。やめて―!

 ゲラゲラと笑っていると、レグルスくんがにやにやしながら「にぃにのかたきー!」と奏くんを擽り始めた。そしたらソレを見ていた紡くんとアンジェちゃんも参戦して、なんか悔しいから私はワキワキと手をラシードさんに伸ばす。


「お!? ちょ!? なんで俺を巻き込むんだよ!?」

「そこにいるから!」

「理不尽!」

「貴族ってのは理不尽な生き物なんですよ、知らないとは言わせない!」

「知らねぇーよ!? いや、知った! 今知った!」


 わちゃわちゃと団子になって遊んでしばらく、ポンポンと手を打つ音が聞こえた。


「さてさて、そろそろ移動しましょうか」

「楽しい事はいい事だけど、これから力仕事をするんだから体力残しとかなきゃね」

「翁とは渓谷で待ち合わせだからね。いって真珠百合の様子も確認しよう」


 先生達の言葉に皆で「はい!」と元気よく返事をすると、紡くんとアンジェちゃんはアズィーズに乗せてもらう。

 冬はレグルスくんも乗せてもらったけど、その時から大きくなったし大丈夫というので今回は徒歩。



「あのね、ひよさま。つむ、だいこんせんせーにいいこときいたよ」

「うん? いいこと?」

「うん。あのおはなのみ、くろいのもあるんだって」

「そうなのか」

「アンジェ、そのくろいのほしいなぁ。えんちゃんのぬいぐるみのおめめにするの」


 アンジェちゃんの言葉にちみっこ達の目が一斉に私を向く。

 真珠百合の実はたしかに縫いぐるみの目にするにはいい大きさと形をしている。でも、この間そんなの見たっけ?

 首を捻ると、ぽんとブラダマンテさんが手を打つ。


「その黒い実は希少種らしくて、見つけるのに条件があると聞いたことがあります」

「そうなんですか。じゃあ、闇雲に探しても見つからないかもしれませんね」


 どっちにしろいかない事には、何も始まらない。

 そんな訳でまた先生達の魔術で、渓谷にばびゅんっと飛んだ。

 到着したそこは、前に来た時と同じく赤や青や緑、黄色や薄桃の鮮やかな花が揺れている。


 「おうおう、よく来てくだされたのう」


 バササと大きな羽音。

 見上げれば、瞳が星の輝く夜空のような大きな梟が現れた。

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