第307話 不信と信仰の狭間

 地面に額を文字通りこすり付けて威龍さんが土下座するのを、私は無感動に眺めた。

 まあ、予想通りだった訳ですよ。しかも良くない方の。


「誠に申し訳なく……!」

「いや、うん。想定内の事なんで……。というか、末端の貴方に詫びられても、正直何もならないと言うべきですか」


 威龍さんに確認を取って貰ったところ、穏健派の長老は最初しらを切って「古の邪教との繋がりなど知らなかった」と言っていたそうだ。しかし、そこに私の事を占った巫女さんのような人がすっ飛んできて「真実を告げよと神託を下したのに、嘘を吐くとは何事か!?」と武神より新たな神託……というよりお叱りの言葉を賜ったと告げると、一転「知っていた」と白状したとか。

 保身に走る気持ちは解らなくもない。だけど、それを知ってこちらが許すかどうかはまた別物なんだよね。

 そしてこの期に及んで、自分たちが出て来ず、末端の威龍さんに任せてる辺りで、もうこれは手切りやむなしだな。

 そう考えて、周りを見回せばロッテンマイヤーさんも、先生方も、ルイさんやエリックさん、ヴァーサさんも同じように考えているのか、表情が硬い。

 ルイさんは威龍さんが帰って来たことから、わざわざ朝早くに呼び出したんだけど、火神教団の革新派がルマーニュの貴族と繋がってるらしいって情報があったから、二人にも声をかけて一緒に来てくれたんだよね。

 四方八方、なんでまっとうに生きられるやつが、まっとうに生きようとしないのか。

 いや、まっとうに生きられる立場の人間が、そういう生き方をせずに圧力をかけるから、結局弱い立場の人たちが歪むんだ。

 人間は一人で生きられない。相互作用しあって生きてるんだけど、その作用が悪いほうに行くとそんなことになる。

 悔しいかな、今の私にはそれを自覚するだけで精いっぱいだ。

 問題が何かしら持ち上がるたびに、自分だけじゃ何にも出来ない無力さを思い知らされる。ちくしょう。

 ぐりぐりとこめかみを揉む私を見て、ロマノフ先生が口を開いた。


「鳳蝶君の言葉通り、後ろ暗い事があったから真正面から接触してこなかった訳ですね」

「!?」


 冷たい声音に、威龍さんがハッとした表情を見せた後、今度は額を強く床に打ち付ける。結構な音がして、私はロッテンマイヤーさんに目配せした。

 ロッテンマイヤーさんが、威龍さんを止める。私が止めてもいいけど、ここで優しくしたってなぁ……。

 まあ、いい。これで穏健派に対する方針は決まった。

 とりあえず威龍さんは置いといて、私はルイさんやエリックさん、ヴァーサさんに視線を移した。


「ルマーニュの貴族社会は、古の邪教を容認するんですか?」

「いいえ、まさか」

「ありえません。あれはどこの国家からも敵として遇されています」

「いくら彼の地の貴族に性根の歪んだものが多くとも、古の邪教を容認するほどではない筈です」


 三者とも否定する。三人ともルマーニュの貴族に愛想つかしてた訳だけど、そんな三人でも繋がり自体は否定するほど、ルマーニュでも古の邪教は受け入れがたい存在ってことか。

 とするなら、火神教団の革新派と手を組んでるルマーニュの貴族は、古の邪教と火神教団の革新派の繋がり自体は知らないのかも知れない。いや、知ってても知らなかった振りぐらい出来るけどね。貴族ってそんなもんだ。それはルイさんやエリックさん、ヴァーサさんも解ってることだからか、彼らの表情はとても硬い。


「なら、古の邪教は取り合えずおいて、ルマーニュ王都のギルドの後ろ盾になりそうな貴族って、検討つきますか?」


 尋ねると三人とも顔を見合わせてから頷くと、エリックさんが代表するようで、口を開いた。


「私とユウリの命を狙った貴族がいたのを覚えておられますか?」

「ああ、公爵家……でしたっけ?」

「はい。おそらくは、そこかと」


 重々しくルイさんもヴァーサさんも頷く。

 エリックさんとユウリさんを助けた時の件は、蛇の道は蛇って事で、先生方にお任せしたんだよね。

 っていうか、これ落としどころ間違えたら大変なことになるな。

 私は三人に向き合った。


「今はまだ、そこまで手出し出来るほどの力が私にはありません。三人とも無念でしょうが、こらえて下さい。必ず機会は作ります」

「何をおっしゃいます。ルマーニュのギルドの不義を暴き、他国の監視の目が入るだけでも民にとっては喜ばしいことです」

「そうです。大きな不正は必ず正される。それが目に見える形で成されるだけでも、民には心強い方」

「ルマーニュに諸外国が注意を払っていることを、王家や貴族も意識すれば民に無体な真似もし辛くなるでしょう。我らではできなったことです」


 ルイさんもエリックさんもヴァーサさんもそう言ってくれるけど、抱えた無念はベルジュラックさんと同じだろう。でもまずは手の届くとこからだ。

 でだ、更にここに今、無念を抱えた人がもう一人現れちゃった訳だけど。もしかすると、二人になるかな?

 私は大きく深呼吸してから、威龍さんに声をかけた。


「で、貴方はどうします?」

「……え?」

「え? じゃないですよ。 貴方の身の振り方を聞いているんです」

「某の、身の振り方……?」

「ええ。だって命がけの任務を課しながら、上層部は貴方を裏切ったわけだ。何とも思わないんですか? それとも貴方にそんな仕打ちをしても仕方ないような大儀が、穏健派の長老達にあるとでも?」

「それ、は……」


 私の言葉に威龍さんが顔を上げる。額を強かに打ち付けたせいか、真っ赤になっているのが痛々しい。

 でも本当に痛いのは物理的な事じゃないだろう。

 私の、帝国貴族の寝所に無断侵入なんて問答無用で極刑でも別段おかしくないような任務に就かされた挙句に、彼は上層部から裏切られていたんだ。信仰は兎も角忠誠は揺らぎ始めているだろう。

 信じていたものに裏切られる。それはどうしようもない無念のはずで。

 私は彼と目を合わせるべく屈むと、握りこまれて震える威龍さんの手を取った。握りこんだ手のひらに爪が食い込んでいたのか、威龍さんの手は血に汚れていた。


「威龍さん、私、決めたんです」

「何を……ですか?」

「ルマーニュ王都の冒険者ギルドもですが、火神教団も叩き潰します」

「!?」


 驚きに威龍さんの目が見開かれて、握っていた手がひかれるけれど、私は身体強化の魔術も使って、その手を逃がしてやらない。

 彼の泣きそうに潤んだ目を見据えながら、殊更穏やかに声をかけた。


「私は貴方方に罠を張りましたが、どうしてそんな事が出来たかわかりますか?」

「……街の様子に気を張っていたと

「ええ、そうです。でもね、それだけじゃなくて」

「……?」


 沈黙。そりゃそうだ。こんな事突然言われたって訳が解らないだろう。威龍さんも困惑して、瞬きを繰り返していた。

 その様子に、私はレグルスくんの言う「悪い顔」で笑う。


「私にも貴方が菊乃井に来る数日前、ご神託があったんです」

「ごしん、たく?」

「はい。『数日以内に』・『余の関りのあるものが近々厄の原因になる』と直接」

「そ、それは……」

「それだけじゃなく『あれはあれで役に立つゆえ見逃してきたが、目に余る』・『粛清せよ』とも仰っていましたね」


 まあちょっと順番とか違うし、省略した部分もあるけど、大体イシュト様はこんな事をおっしゃっていた……筈。

 私の言葉を咀嚼して、威龍さんの顔色が段々となくなっていく。

 あともう一押しかな?

 そう思ってちらりと顔を上げると、ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんが遠い目をしてる。ロッテンマイヤーさんは心配そうに、口元を手で押さえていた。

 さて、背中を蹴とばそうか。

 吐息と一緒に「オープン」と小さく囁くと、中空に私のステータスが現れる。

 あるだろうなー、と思ってたんだけど、あったんだよねー……。


「我が、武神の……イシュト様のかんなぎ……?」


 威龍さんの声が、部屋に大きく響いた。

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