第305話 やって来た、解決の糸口

 時刻はと言えば夕食前。

 晩餐会や夜会でもない限り、普通はこんな時間にお客さんを呼んだりしないし、当然アポなしで突撃してくることもない。

 時間が時間だから、先にひよこちゃんにはご飯を食べてもらうことにして、私はお客様の応対をしてくださってるラーラさんと、訪ねていらした大根先生の元へ。

 二人はエリーゼが準備してくれた応接間で、お茶を飲んでいるという。

 ロッテンマイヤーさんに先導されて部屋に入れば、ラーラさんが私を見つけてたち上がった。それを見てラーラさんの対面に座っていた人も立ち上がる。


「お待たせしました。えぇっと……」

「うん。こちらが君たちの大根先生」


 そう言われて立ち上がった人をみると、その人はどことなくロマノフ先生に、いやソーニャさんに似た面差しで。

 名乗ろうとしたら、いきなり顔を近づけられた。


「まるくないじゃないか」

「へ……?」

「ちょっと、叔父様!?」


 ずいっと綺麗な顔がドアップで、迫ってきて思わず一歩下がる。

 お耳が尖ってることと、独特な雰囲気、そしてラーラさんの叔父様ときたらエルフなんだろうけど、エルフって距離感バグってない?

 その人は驚いて固まってしまった私の手を取ると、さわさわと頭を撫でだした。


「ラルーシュカ、前から言おうと思っていたんだが、可愛いものや気に入ったものを『まんまるちゃん』と呼ぶのはどうかと思うぞ? この子なんかまったく丸いところが……いや頬っぺたはまろいけれども、相対的に丸くないじゃないか」

「いいじゃないか。ボクは可愛いものは全て『まんまるちゃん』と呼びたくなるんだから」

「お前もなんというか、独特の感性だな。アリョーシュカといいヴィーチェニカといい、何でそんなに独特なんだ?」

「一番の変わり者な叔父様に『独特』って言われるなんて、なんだかなぁ……」


 なんだかなぁはこっちなんだけどな。

 大根先生ことラーラさんの叔父様に撫でられるままになっていると、ラーラさんにまで撫でられる。本当にエルフの距離感って解んない。

 撫でられるままに遠い目をしていると、不意に二人の手が止まる。


「っと、申し訳ない。君、いや、貴殿が菊乃井伯爵ですな?」

「あ、はい。私が菊乃井家当主・鳳蝶です。あの……大根先生?」

「左様、吾輩はフェーリクス。性は捨てた故、フェーリクスでも大根先生でも好きに呼んでくれたまえ」


 真っ白な髪に、同じぐらい白い肌、金の瞳のその人が口をへの字に曲げて言う。

 真剣な様子のその人とラーラさんの間で視線をさ迷わせると、ラーラさんが肩を竦めた。


「その人、ボク達の叔父さん。象牙の斜塔に所属する魔術師だよ。大賢者って呼ばれてる」

「大賢者!? 私とレグルスくん、そんな人を大根先生って呼んでたんですか!?」

「大根先生で良いよ。大賢者よりもよほど気の利いた呼び方じゃないか」


 大根先生……フェーリクスさんが口の端を仄かに上げる。

 ラーラさんの叔父さんという事で、フェーリクスさんは人間には基本的に他のエルフより友好的ではあるけれど、そもそもエルフとも他種族とも距離を置いているらしい。

 所属している象牙の斜塔からして、俗世とは距離を置いて知識の収蔵・研究に努める魔術師集団だとか。

 姓を捨てたっていうのも、フェーリクスさんとお父さん――ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんのお祖父さんに当たる人と折り合いが悪くて、それが元でエルフ全体と折り合いが悪いそうだ。ただし兄弟や甥・姪だけは別。仲良くしているからこそ、私達兄弟とマンドラゴラの観察日記を通じて交流をしてくれてたらしい。

 で、今日の突然の訪問も、やっぱりマンドラゴラ……ござる丸にあるそうで。


「数日前に質問のあった件だがね」

「ござる丸、いえ、マンドラゴラから繊維を取ることは可能なのかと、可能だったとしてござる丸を傷つけずに出来ることなのか、ですよね?」

「そう、それなのだがね。まず繊維を取れるかという話だが、斜塔に集められた文献を引っ繰り返して資料を見つけた結果、答えは『是』だ。そして二つ目の質問なんだが、これは君……貴殿の解釈次第だ」

「あ、君で大丈夫です。で、私の解釈次第?」


 妙な言い回しに私は僅かに首を捻った。

 解釈によるっていうのは、例えばござる丸が自然に脱皮するのを待たず、無理に皮を剥くとかそんな事だろうか?

 本人? 本大根? どちらでも良いけれど、ござる丸が痛い思いをするのは許容できない。私としてはそこは譲れないと言えば、フェーリクスさんが目を伏せて苦い顔をした。


「ふむ、痛いといえば痛いかも知れぬが、気にしないものは気にしない。その類のことなのだ」

「痛いと言えば痛いし、気にしないと言えば気にしない……?」


 よく解らないな。判断しかねていると、応接室の扉が小さくノックされ、外からひょいっとレグルスくんと、彼とてを繋いだござる丸が顔をだす。

 すると、表情に乏しいフェーリクスさんの頬が少し緩んだ。


「おや、ひよこ君とござる丸君かね?」

「そうです。レグルスくん、入っておいで?」


 手招きすると、にぱっと笑顔でレグルスくんとござる丸がソファまでやって来た。それから元気に自己紹介すると、フェーリクスさんが大根先生である事をラーラさんに教えられて、顔を輝かせた。


「こんばんは、いらっしゃいませ! だいこんせんせー!」

「うむ、こんばんは」

「ゴザルゥ」

「ああ、よろしく」


 レグルスくんともござる丸とも握手して、なんだかほこほこの雰囲気のなか、フェーリクスさんがポンッと手を打つ。


「そうだな、この件は当事者に聞いてみよう」

「え?」


 そういうとフェーリクスさんはござる丸と視線を合わせるために床に膝を付いた。


「ござる丸君、吾輩と君のご主人は、とある実験のため、君の一部を欲している。しかしそれを提供してもらうと、君は痛い思いをするかもしれない。それも採取した時だけでなく、採取前の状態に戻るまでずっとだ。だが、君のご主人は君に痛い思いをさせたくないという」

「ゴザッ!」

「ふむ。いや、よく考えた方がいい。いくら主のためになろうとも、辛い事は辛い事なのだ。それが判るから君のご主人も迷っておられる」

「ゴザ……。ゴザルゥ?」


 ちょっとよくわかんないけど、フェーリクスさんと話が通じているようで、私もレグルスくんもラーラさんもその様子を固唾を吞んで見守ってる。

 そんな中、ござる丸が「ゴザゴザ?」と身振り手振り交えて、フェーリクスさんに何を尋ねたのか、くっとフェーリクスさんが唇を僅かに震わせた。


「その……欲している部分は……うーむ」

「ゴザ?」

「いや、腕根や脚根ではないよ。そんなところでなく……その、だね」

「ゴザゴザ?」

「いや、胴部分でもない」


 なんだか物凄く言いにくそうだけど、もしかしてもっと命の根幹にかかわる部位なんだろうか?

 いや、でも「元の状況に戻るまで」ってフェーリクスさんは言ったんだから、そこは再生可能な場所のはず。でもマンドラゴラの生体なんてほぼほぼ解っていないらしいから、命の根幹部分でも完全に失われさえしなきゃ、再生可能とか?

 ドキドキしながらフェーリクスさんの次の言葉を待っていると、苦り切った顔で彼はござる丸に語り掛けた。


「その……葉っぱを根こそぎ」

「ゴザ……ゴザ!? ゴザルゥゥ!?」


 それまで静かだったござる丸が、頭のフサフサした葉っぱを指してジタバタし始める。

 もしかして葉っぱって、マンドラゴラにとって物凄い大事な器官だったするのかな? いや、でもケルピーにも少しだけ、胸を張りながら「どやぁ」って感じの雰囲気出しながら上げてたよね? 胸が何処か判んないけど。

 私の頭は疑問符で一杯。だけどレグルスくんは違ったようで「あー、そうだよねぇ」なんて頷いていて。


「どういうこと、レグルスくん?」

「ござるまる、おハゲになっちゃうのしんぱいしてる」

「へ? おハゲ?」

「ああ、ゴザルは葉を全部刈り取られて、ツルツルにされる、と。それは嫌かもしれないな、ゴザルはああ見えてお洒落好きだから。それは精神的に痛いかな?」

「うん。おハゲにされたら、はっぱをふぁさってできなくなるもん」


 レグルスくんとラーラさんが意気投合してるけど、私には全然分からない。むしろ源三さんに頼んで長くなりすぎた葉っぱを刈ってもらおうかと思ってたぐらいだし。っていうか、葉っぱをふぁさってさせるのはマンドラゴラ的お洒落なの? なんなの?

 唖然としていると、やがてござる丸がしおしおと心なしか萎びながら「ゴザ……」と力なく鳴いた。


「ご主人のためなら致し方ないと言っているが……」


 そう言うフェーリクスさんも凄く申し訳なさそう。だけどさ、私知ってるんだからね!


「いや、マンドラゴラの葉っぱって、根こそぎ刈り取っても魔力を沢山注いだら一晩でもっさりしますよね?」

「あ」

「ゴザ」


 フェーリクスさんとござる丸が「それだ!」とばかりにハイタッチする。

 これで繊維の件は何とかなりそうだなと思っていると、ぱたぱたと廊下を早足で近づく足音が。

 しばらく待っていると、宇都宮さんが急いだ様子で居間に顔を出した。


「旦那様、例の男性何ですが様態があまり良くないそうで、ブラダマンテ様が楼蘭に助力を仰いだ方が……と街から知らせが……!」

「そうですか……」

「例の男って、邪教の秘薬の?」


 ラーラさんの問いに頷く。すると、ラーラさんがフェーリクスさんを指差した。


「あの人、その解毒薬作れると思うけど」

「うん? なんの話だね?」


 指差されたことを不快に思う様子もないフェーリクスさんに、ラーラさんが「邪教の秘薬を使われたらしい男がいる」とだけ説明すると、フェーリクスさんの顔色が変わる。


「よろしい、その男を吾輩に診察させなさい」


 おおう、どうにかなりそう、かも?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る