第302話 わりと色々洒落にならない
「この場合は信頼値というより、ご機嫌取りですね」
ロマノフ先生がしれっと口にした言葉に、頭に疑問符が浮かぶ。
なんでご機嫌取り?
余計に意味が解らなくて首を捻ると、ヴィクトルさんが苦く笑う。
「君に変に干渉するより、放っておいた方が上手く色々回っていくからだよ。君には神様が沢山味方してるし、野心があるわけでない。それなら機嫌良く好きに色々やらせた方がいいってご判断だね。それで今まで結果は出してるし、問題はいち早く知らせてくるし」
「いや、でも、レクス・ソムニウムの遺産ですよ?」
「それを鳳蝶君が手に入れたということは、広い視野で見れば帝国がそれを手に入れたということでもあります。君が使いこなせるならよし、ダメでも帝国の管理下に巨大な力を置いておける。これは実に重要なことだ」
「陛下は私が謀反を起こさないと、何故そんなに信じられるんですか……?」
自分で言うのもなんだけど、謁見したこともない僅か七つの子どもを、どうしてそこまで信じられるんだろう?
解らなくて呟けば、先生二人が肩を竦める。
「それは君がミュージカルを……というか、文化活動に積極的で、その振興のために権力を欲してるから、ですかね」
「あーたん常々自分でも言ってるじゃん。世界が平和で豊かでないと、劇も音楽も何も楽しめないって。そう言うことが解ってるのに、わざわざ今の安定を崩すとは思えないよね」
まあ確かに、今の帝国は腐敗はあれどまだまだ国力は高い。斜陽にはあるけれど、ここで踏ん張れれば持ち直すことも出来そうだ。
そのテコ入れに私を使う気なのか、もしくはもう使われているのか……。
どちらであっても問題はないけども、それだけが理由っていうのは頷きかねる。
そんな風に思っていると、はふっとヴィクトルさんがため息を吐いた。
「ともかく、この件であーたんが何をしようが、後で報告さえしておけば叱られたりはしないよ。寧ろけーたんからお小言を貰うのは僕の方だ」
「でしょうね」
「え? なんでです?」
ロマノフ先生の相槌の意味がちょっと解らなくて首を捻ると「なんでもなにも……」とヴィクトルさんが引き取る。
「僕の方がユウリと過ごす時間が長いでしょ? 僕はユウリの性格をあーたんより知ってるから、彼がわりと思いついたら即行動ってのを解ってた。なのに優れた魔術師の前では千年の壁なんかあって無きが如しってのを、きちんと理解できるまで教えてなかった」
「つまり、彼が何かを見つけたとして、善意で行動を起こす可能性を予見できたのでは……と。もっと魔術の可能性と危険性を教えて釘を刺しておくべきだったと、言われるとしたらその当たりが妥当でしょう」
「だろうなぁ。その注意を建前に、けーたんもお城見たいって来ちゃう気がするよ」
「おうふ。お泊りいただく場所がないですよ!?」
「そこは、君のご近所のおじさんの所で対処してもらいましょう。ロートリンゲン公爵には私から説明しておきますね」
ひぇぇ、色んな所に波のように問題が打ち寄せてる。
私もロートリンゲン閣下と宰相閣下にはお手紙を書くことにしよう。
がっくり肩を落とすと、足元にウサギがかしこまって座っていた。
「お話は終わられましたか?」
「あ、はい」
「では、飾り棚の鍵を開けます」
そう言ってウサギは、ぺとりと飾り棚のガラス戸に自らの前足を押し当てる。するとそこから魔力が波紋を描いて棚全体を包み込んだ。
ゆっくりとガラスの扉が開いて、中からふわりと杖がひとりでに出て来て私の前に現れる。
驚いていると急に杖が私に倒れてきて。
「ちょ!? あ!? うぇ!?」
「にぃに!?」
慌てて杖をさせようとして手を伸ばせば、杖に付けられた宝玉が虹色の強い輝きを発して目が眩む。
傍にいたレグルスくんも先生も直撃を受けたようで、皆目をシパシパ瞬かせて。
何なんだよ、もう。
ウサギに文句を言おうとして、きゅっと手の中の杖をみると、そこに杖はなくて。
代わりにふよふよと先端が尖った水晶型の虹色の石に鎖が付いた振り子、所謂ペンデュラムが浮いていた。
恐る恐る浮いているペンデュラムを指で突くと勢いよく私の手に鎖が絡む。
「にぃに、それ、なに?」
「わ、解んない……けど……!」
急激に大量の魔力が鎖に吸われていく感触に驚いていると、かっと先端の石が光った。かと思うと一本だった鎖から枝分かれして、九つほどの長くて太い鎖が蛇のようにうねる。なんか、ちょっと……。
「重いよ!?」
じゃらじゃらじゃらじゃら音が煩いし、金属だから重量がかなりある。
何なの、これ!?
ちょっとイラっとして叫ぶと、途端にペンデュラムが大人しくなって元の一本の細くて軽い鎖だけに戻った。
ウサギがちょこちょこと、飛び跳ねる。
「その武器は精霊がすんでおりますので、あまり叱ると落ち込みます。できる子なので褒めて伸ばしてください」
「なん、だと……?」
武器と意思疎通が大切とか、びっくりだ。
ウサギの説明によると、この武器は形を定めた以上他人に譲渡は出来ないそうで、私が危なくなったり戦闘意思を持った時、状況に応じてさっきのように増えるらしい。
よくよく見れば鎖は華奢だけど、所々魔力を込めた小さな宝石がビーズのようにあしらわれているし、先端の虹色の石にも頭には金の飾り、尖った方にも尾を食む蛇の衣裳が彫り込まれた飾りが着けられていた。
「豪華ですね」
「装飾もだけど、かかってる魔術も凄いし、注がれてる技術も桁違い」
「ですね。というか、認められましたね」
「こうなる気はしてたけど、やっぱりなっちゃったね」
先生達の話が聞くともなしに聞こえてぎょっとする。
ぴこぴこと金の髪を揺らしてレグルスくんが二人のお話に加わった。
「ヴィクトルせんせー、にぃにに『ダメもと』っていったよ?」
「そう言わないと、あーたん警戒して触らないと思わない?」
「えぇっと……うん。にぃに、さわらないとおもう」
「だよねぇ。さすがれーたん、あーたんの事よく解るね」
「れー、にぃにのことならわかるもん!」
レグルスくんがきゃわきゃわと両手を上げて答えた。
そうだよねー、絶対に触らなかったと思うよ。
過ぎる力は害にしかならない。制御できない力は暴力に変わる。フレンドリーファイアの問題が片付いてないのに火力を上げるなんて絶対断っただろう。
だけどだ。
この城が私とユウリさんの管理下に置かれることになったのなら、制御装置的な役割を果たす人が必要だし、適性がなくても力を借りられる武器が野放しになるのは避けなくてはいけない。
そう考えれば、私が持つのが一番適性なんだよね。
でも解ってても、私は自分を納得させるためにうだうだ言いたいんだよ!
翻って先生達はうだうだいう暇もなく、私にこれを持たせたかったってことだよね。
つまりこれから先に、こういうものを持ってなくてはいけない程の嵐が来るってことか。
ちらりと先生達を見れば、意図を察してかロマノフ先生が頷いた。
「タラちゃんが簀巻きにした男ですが、捕まっても大人しかったのが昼になっていきなり暴れだしたそうです。制圧するときに怪我人も出ましたが、何より本人の自傷が酷く、治療にブラダマンテさんが呼ばれたそうなんですが……」
自傷が酷かったのは自害のためだったのでは?
そう尋ねると今度はヴィクトルさんが首を横に振った。二人とも随分と表情が硬い。
しかし考えれば、確かにこのタイミングの自傷行為は何となく腑に落ちない。簀巻きにして牢に放り込むときも、自裁したければしろといったのにそうすることもなく、一夜明けてなんで昼に暴れだしたのか……。
そういえばあの男、随分と虚ろな目をしていた。
あれは任務に失敗して殺されそうになっている絶望とかでなく、どちらかと言えば精神攻撃を受けたモンスターや人間の目に近かった気がする。
もしかして。
はっとして顔を上げれば、ヴィクトルさんが静かに目を伏せて。
「僕とアリョーシャ、ラーラにブラダマンテさんから連絡がきた。例の男、もしかしたら古に滅んだ邪教の秘薬を使われてたかも……って」
「邪教の、秘薬……!?」
マジか……マジか!?
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