第294話 広がる波紋の招くもの
最初の期限、三日目が来た。
ヴァーサさんの身柄をどうするかが決まる。
まあ、返せって言ってきたって絶対返さないけどね。
この三日間で随分と旗色が別れてきた。
敵・味方・中立。
敵はルマーニュ王都ギルドと、そこで甘い蜜を吸っていた商業ギルドやルマーニュの貴族達、それに荷担していた冒険者とは名ばかりの破落戸連中。
味方はほぼ全てのまっとうな冒険者とルマーニュ王国以外のギルド、帝国・コーサラ・シェヘラザードの商業ギルド、桜蘭教皇国の司祭さんやら巫女さん達。
中立は帝国・コーサラの貴族達と各国の職人ギルドなんだけど、貴族達はわりと好意的。
これはそもそも両国ともにルマーニュ王国自体へのヘイトが高くて、更に一応の正義が私の側にあるからで、建前を守ってギルドの揉め事に直接的には介入してこない。
その代わりお抱え冒険者達に「今回のこと、解るね?」的に言い含めて彼方此方に行かせてくれてるようだ。
皆さん、やることがお早い。
初動の早い貴族っていうのは優秀な間諜を持ち、強靭な情報網を持つ。
そういう一族は本当に強いから、敵に回すのは下策だ。
送ってきてくれるお見舞い状に丁寧に自筆で返事をしたためて、これまた丁寧にロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんにお届けいただいてる。
いただきましたご厚意はきちんと受け取ってますので、今後ともよろしくお付き合いの程を。
そんな意味を含めて。
で、職人ギルドなんだけど、こっちはちょっと反応が鈍い。
これは仕方ないと言えばそうだ。
なにしろ職人ギルドに
それ専用の素材を使って、熟練の職人が腕を振るわなきゃ、付与効果付きの防具だの何だのは作れなかった。
それなのにEffet・Papillonはなんの変哲もない、そこら辺に転がってそうな安価な素材で、付与効果付きの服だの小物だのを量産してる上に、防具だの何だのよりべらぼうに安く提供してる。
無理して高い防具を買わなくても、Effet・Papillonのシャツ一枚あれば後は皮の胸当てやらだけで事足りちゃう訳だから、自然お高い防具を必要としない層も出てくる。
つまり職人さん達のお仕事を奪ってしまってるってこと。
そりゃあ、好かれないよね。
ただこれは棲み分けの問題だから、菊乃井では初心者冒険者講座で、Effet・Papillonの小物を持っててもその上で稼げるようになったらきちんとした防具などなどを買うことを推奨してる。
服だと限界があるからね。
その辺をきちんと理解してない冒険者は大成しない。
だからうちでは街の防具屋さんで防具を買うことは、一人前の冒険者としての一種のステータスになってる。
他の地域の事は知らんけど。
それにEffet・Papillonが台頭したってムリマさんや、他の名工って言われてる人達は小揺るぎもしてないし。
それがどういうことか解らない連中が、職人ギルドには多いらしい。
無闇矢鱈に目の敵にされかても困る。
言うて、あっちも別段うちと揉めたい訳ではないから、中立なんだろうし。
敵対して来なきゃ、今回はそれでいい。
私は建前上この件には関わっていない事になっているから、ルマーニュへはローランさんとロマノフ先生が返答を迫りに行ってくれている。
その間私は伯爵としてのお仕事をしなきゃ。
手元にあるの菊乃井歌劇団の即位記念祭に向けての課題等の報告書類、それからユウリさんにお願いしていた、レクス・ソムニウム装備のデザイン画の翻訳書だ。
元々歌劇団の中心メンバーはラ・ピュセルだから、ダンスや歌は形になってるけど、お芝居はもうちょっとクオリティをあげたいって書いてある。
ユウリさんは、帝都公演には出来れば短いお芝居も入れたいって思ってるみたい。
うーむ、ユウリさんやヴィクトルさんには頑張って欲しいとこだよね。
ざっと目を通して、星瞳梟の翁さんから貰った、カーバンクルの額石で作られたガラスペンでサインして決済へ回す。
このペン、使い心地が凄く良い。
次はレクス・ソムニウムのデザイン画だけど。
使われている布の原材料は「透明な蓮」から採取された繊維を糸にしてそれを紡いだ布で、効果としては敵意の乗った魔術を吸収し、その布で出来た物を身に付けている人物へと還元するそうな。
つまり攻撃系魔術を吸収して、着用者の魔力なり体力なりにしてくれると!
けれど反面、レクス・ソムニウムの衣装は【反射】と並んで、随分な魔術師殺しだ。
「反射」や「吸収」の付与効果を無効にするには、着用者の魔術耐性を遥かに超える攻撃魔術をぶつけなくてはいけない。
そんな弱点がある以上、着用者は付与効果で魔術耐性をガンガンにあげてくるだろう。
それを破るとなると、かなりの魔術師でなければ……。
いや、でも、味方というか、少なくてもレグルスくんや先生方、奏くん・紡くんにうちの戦うメイドさん達、菊乃井の兵士達には、持たせたい効果だ。
将来ダンジョンからモンスターが溢れてくれば、私だって上級攻撃魔術のフレンドリーファイアが怖いとか言ってられないくらいは解ってる。
それならその時に一緒に戦ってくれるだろう人達には、是非とも【攻撃魔術吸収】の付与効果を持っていてもらいたいんだよね。
晴さん、本当に凄いものを……。
執務室にしている祖母の書斎の、飴色に輝くデスクに手を組んで、その上に顎を乗せる。
目を瞑って、大きく深い息を吐く。
透明な蓮ねぇ。
姫君様なら何かご存知だろうか。
お聞きして見ようかと思っていると、書斎の扉をノックしてロマノフ先生が現れて。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい」
ロマノフ先生はにこやかに挨拶を交わすと、デスクの近くにあるソファへとかける。
エリーゼがすかさず現れて、ロマノフ先生にお茶をお出しすると、音もなく退出。
カップに口を着けて一息吐くと、先生は「飲むそうですよ」と一言。
「おや、随分あっさりと」
「もう少しごねられると思いましたが、何処からか圧力があったようですね」
「それはそれは……」
「その代わり、ベルジュラック君の件はきっちり期限まで待つよう、くどくど言われました」
いや、アンタらじゃないんだから約束は守るわ。一緒にするなよ。
そう感じたのが顔に出たのか、ロマノフ先生が「ぷっ」と吹き出す。
「君の言いたいことは、ローランが歯に衣着せずにそのまま言ってましたよ」
「ローランさんが?」
「ええ。『寝言は寝てから言うか、鏡に向かって吐けよ』って」
なるほど、思うことは一緒だよね。
ともあれ、ヴァーサさんは晴れて菊乃井にお引っ越し。
大手を振って役所にも勤められる訳だ。
そう言うとロマノフ先生が、首を横に振る。
「先程本人に会いましたが、役所だと君が揉め事に介入したと言わしめることになるだろうから、何処か別で能力を活かせる場所がいいと。サン=ジュスト氏もそう言ってましたよ」
「やっぱりそうなりますよね」
ちくせう、儘ならないな。
ヴァーサさんはエリックさんと共に、その能力でルイさんを支えてきた有能人材なんだから、死蔵はあり得ない。
でもエリックさんもルマーニュとのアレソレと、本人の希望を考慮して、菊乃井歌劇団を任せることにした。
菊乃井歌劇団は今や、菊乃井の重要な産業の一つなんだから、エリックさんのように経理に強い人がいてくれて本当に助かる。
それと並ぶ重要なポストと言えば。
「Effet・Papillonをお願いしましょうか」
「番頭をやってもらうんですか?」
「そうなりますね。私にしてもロッテンマイヤーさんにしても、Effet・Papillonにだけ専念は出来ないですし。ルイさんが太鼓判を押す人なら、任せられるかと」
「なるほど。エリック君とも釣り合いが取れますしね」
「です」
頷くと、ロマノフ先生はすっとソファから立ち上がる。
私の決定をヴァーサさんとルイさんに伝えてくれるそうだ。
すっとドアノブに優雅に手を掛けると、不意に先生が「あ」と呟いて、何かを思い出したのか私を振り返る。
「そういえば、街の大通りで珍しいものを見かけました」
「珍しいもの?」
「いや、人というんですかね? 赤い雫型の石の中央に三つ首のドラゴン……『火神教団』のシンボルマークが描かれた根付けを持った人なんですが……二人も。それも朝と昼の時間に」
えー?
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