第286話 飛び込んできた窮鳥(きゅうちょう)
レグルスくん、このところ凄く修行に力が入ってたそうな。
なんで「そうな」なのかって言うと、私と一緒に勉強している時は普段とそんなに変わらなかったんだよね。
でも源三さんとする剣術やヴィクトルさんやラーラさんとする魔術の修行には鬼気迫るものがあったとか。
「ほら、えんちゃん様の件でまんまるちゃんへのダメージをアリョーシャが肩代わりしたろ? あれがかなりショックだったみたいで」
「そこに来て明らかに自分より弱いものが君を守るだなんて豪語するから、爆発しちゃったんでしょうね」
そう言えば私のこと守れてないって、半泣きになってたっけ。
そのレグルスくんは、男性が気絶したのを見て、凄くしょっぱいお顔で私の膝に戻った。
気絶した男性?
今、宇都宮さんとローランさんが付き添って、二人の腰抜かした女性と一緒に医務室ですよ。
残ったヴァーサさんは、私に彼らの無礼を平身低頭で詫びた後、疲れの見える笑顔をベルジュラックさんに向けた。
「久しぶりだ、ベルジュラック君」
「ああ、ヴァーサさんも……。王都に俺の名誉を挽回しようとしてくれてる役人がいたってのは、もしかしてアンタか?」
「ああ。だが結局余計問題になってしまって……すまない」
「いや……」
そう言えばそんな話を、アースグリムのギルドマスターと、ベルジュラックさんから聞いたな。
先生達に視線を向けると、二人とも頷く。
なので「詳しく話してほしい」と告げると、ヴァーサさんがほろ苦い顔で語りだした。
五年前、一族の集落から出てきて右も左も解らないベルジュラックさんの世話をしたのがヴァーサさんだったらしい。
二人の出会いは往来で、ベルジュラックさんが冒険者ギルドの場所をヴァーサさんに尋ねたことから。
一族は世間との隔絶が久しく、その当時ベルジュラックさんは最低限何をするにもお金がいるくらいの知識しか持っていなかったそうで、勿論字なんかも最低限度しか読み書き出来なかったそうだ。
そんな彼を気にしてギルドの登録から、拠点になる宿まで手配してあげたのだから、ヴァーサさんの人の良さと来たら。
だからって二人は特別仲が良かった訳でなく、会えば挨拶やら世間話をする程度で。
「それでどうしてベルジュラックの名誉を回復しようと?」
「それは彼が『盾役として契約を交わした文書がある』と聞いたからです」
私の問いにヴァーサさんがそう答える。
ヴァーサさんの知るベルジュラックさんは「剣士」で、最低限度の読み書き、つまり自分や物の名前を読んだり書いたりは出来るが、契約書なんて固い文書は読めない。
その彼が『盾役』として契約を交わしたというのが、ヴァーサさんからしたら疑問だったとか。
なのでベルジュラックさんの追放について、ヴァーサさんは冒険者ギルドに異を唱えたんだけど、ルマーニュ王都の冒険者ギルドは自治に対する干渉だとして、それをはね除けた。
ヴァーサさんはそれがどうしても納得いかなくて、上司や同僚の手を借り、コツコツと当時のベルジュラックさんの事や王都の冒険者ギルドの内情、ベルジュラックさんと揉めた冒険者パーティの素行なんかを調べあげ、ようやくギルド職員と件のパーティの癒着を突き止めたそうな。
しかし時既に遅し。
ベルジュラックさんの名誉は回復されたけど、彼は国外に出てしまい戻ってこない。
冒険者ギルドは綱紀粛正を求められ、彼らとズブズブだった一部の役人から、要らんことをしたと目の敵にされたヴァーサさんは役所を去らざるを得なくなった。
それを王都の冒険者ギルドが、綱紀粛正の一環として雇い入れたと言うのが表向き。
「裏向きとしては嫌がらせですか?」
「だと思います。私に回ってくる仕事は資料整理と苦情処理ですから」
「なるほど。となると、向こうからの手紙も私を怒らせて貴方を処断させるとか、取引が成立しなかった責任を全て取らせるのが目的ですかね?」
「それは……」
ヴァーサさんが口を閉ざす。
肯定出来ないわな、こんなこと。
でもあちらの目的がそうなら、ベルジュラックさんを連れて戻らなければヴァーサさんは処断される。
にしても、何でルマーニュ王都のギルドはベルジュラックさんにこだわるのか。
疑問を口にすると、ヴァーサさんがちらりとベルジュラックさんを見た。
「……ベルジュラック君の出生が関係しているとしか、私には言えません」
「出生?」
また妙な言葉が出てきたな。
少し考えると、私はベルジュラックさんの頭部のターバンに隠れた部分へと視線をやった。
するとベルジュラックさんも気付いたようで。
「俺が神狼族の末裔だから、従わせれば箔が付くとでも?」
「……!」
神狼族ってボディーガードに向いてるけど、誰にでも従ってくれる訳じゃないらしいもんね。
たしかにその一族の末裔が傍にいたら、箔は付くだろうけども。
ヴァーサさんが息を飲み込み、そして諦めたように肩を落として頷く。
「もうご存知だったんですね」
「ええ、連れてきたその日に教えてもらいました」
へろっとターバンを取って耳とか見せてもらったけど、あれってわりと重大な事だったんだな。
ともあれ、ベルジュラックさんは既に正体を私や菊乃井の冒険者ギルドに明かしている。
それが何を意味するか、ヴァーサさんは解ったようで。
「ベルジュラック君は本当にルマーニュに戻る気がない。ギルドにはそう伝えます」
穏やかに言うと、その顔は疲れが見えるなかにもどこかほっとしたような感じがある。
肩の荷が降りた、或いは手をうち尽くしたゆえの晴れやかさと言うか。
あまり良くない覚悟を決めたようなヴァーサさんの様子に、私も腹を括る。
「ルマーニュに戻るつもりですか?」
「はい」
「処断されるかも知れないのに?」
「それでも……戻らなければ」
「貴方の上司は国を追われたのにですか?」
「ッ!?」
ヴァーサさんが大きく目を見開く。
このリアクションからするに、大当たりだ。
私とヴァーサさんの様子に、ロマノフ先生とラーラさんも「ああ、やっぱり」みたいなお顔。
ひよこちゃんは私とヴァーサさんの間で視線を行き来させる。
「ルイ・アントワーヌ・ド・サン=ジュストは、今菊乃井で代官としてその辣腕を振るってくれています」
静かに告げれば、ヴァーサさんの表情が段々と驚きから喜びへと変化していく。
ふふん、それだけじゃないんだよなー。
そろそろお使いをお願いした、兎耳の受付さんが戻ってくるはずだ。
耳を澄ませていると、バタバタと廊下を走る足音が。
段々と近づいてきて、それから「失礼します!」と大きな男性の声がして勢い良く扉が開く。
室内に転がるように入ってきたのは、歌劇団の事務長・エリックさんだ。
肩で大きく息をしてるあたり、よっぽど急いで駆けてきたんだろう。
「こちらにっ! こちらに、ヴァーサがっ! グスタフ・ヴァーサがきているとっ!!」
「ミ、ミケルセンッ!?」
叫んだエリックさんを見た瞬間、ヴァーサさんがソファから立ち上がる。
信じられないものを見た驚愕から、喜色へと顔つきが劇的に変わって。
「ミケルセン……お前……生きていたのか!? ああ、神様……ッ……!」
呻くようにそう言うと、ヴァーサさんは神様に感謝を捧げながらへなへなと床へと座り込んだ。
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