第276話 人は堀とか石垣とか言うじゃん?
翌々日。
宰相閣下とロートリンゲン閣下を通じて、陛下から直筆のお返事が帰ってきた。
物凄い達筆で「菊乃井の忠節を疑うことはあり得ない。安心するように」というお言葉と共に、私の憂いについても「さもありなん」と認められていて。
その対応として、件の魔術は菊乃井からの献上品として皇帝陛下お預かりになる。
皇帝陛下のお預かりってことは、要するに陛下の許可なくては何人たりともあの魔術は使えないってことだ。
ただし例外として、ソーニャさんとエルフ三英雄、宰相閣下、そして私はその限りではないと一筆賜る事ができたんだよね。
有事の際には帝国のために、遺憾無くその才を発揮せよとの思し召しだそうな。
つまり、有事があったら私は問答無用で駆り出されちゃうってことだよ。
おまけに、ちょっと費用を出してあげるから、菊乃井で遠距離映像通信魔術やそれがこもった布を安価で使えるように研究しなさいと来たもんだ。
流石皇帝陛下、その辺りは厳しい。
まあね、ダンジョンと砦と街の役所、そして私の執務室を魔術で繋いで、有事の連絡網を試そうと思ってたのを先読みされたよね。
ともあれ
ついでに陛下も菊乃井の砦で行われるエストレージャ対バーバリアンの試合と、菊乃井歌劇団のショーを観たいと仰せになったそうで、あちらとも献上した布で接続実験済み。
宰相閣下やロートリンゲン閣下も興味津々だったから、ソーニャさんは布を貸出することにしたそうな。
「陛下も宰相様もロートリンゲン公も、皆ワクワクしちゃって! 本当に仰々しいんだから!」
「いや、でも、宣伝には使わせていただけますし、そもそも使われてる魔術が高度だから転写の心配もありませんし」
「けーたんにはもう解析されちゃったから、使えるようになるのも時間の問題かな」
「ケイは魔術に関してはボクらに近いからね」
「その彼をして、自分の幼少時より遥かに使えると言わしめた鳳蝶君ですからね。そろそろ転移魔術やら召喚魔術に挑戦してみましょうか?」
「なんと……我らが御大将は帝国一の魔術師からそのような高い評価を……」
ソーニャさんのぼやきに、ヴィクトルさんが肩をすくめ、ラーラさんが頷くと、ロマノフ先生がにこやかに私のお勉強科目を増やす。
そこに砦の責任者たるシャトレ隊長の感嘆の呟きが加わって、私はちょっと白目。
そう、魔術の使用許可と研究を仰せつかった足で、私と先生方とソーニャさんは、街の役所と砦に早速布を取り付けに来たんだよね。
街の役所にはルイさんと、都合良くユウリさんとエリックさんが、菊乃井歌劇団の収支報告に来たとかでいて。
生放送の準備が整ったことと、そのために開発した魔術と布はちょっと転用したら諜報活動にも使える技術だから危ないことを陛下にお伝えしたこと、それに纏わる色々を説明しておいた。
ルイさんもエリックさんも、私の行動に理解を示してくれたんだけど、ユウリさんはちょっと首を捻った。
「なんで危ない使い方ばっかなんだ? 気付かれずに覗けるってことは、人の目が行き届かないとこの見張りにも使えるし、小さいものに付けたら土砂崩れとか起こった時に、僅かな隙間に潜り込んで巻き込まれた人間がいないか見に行けるってことじゃん」
そうだ。
確かに前世でそんな使い方もしていた。
防犯カメラに災害救助用のスコープだったか。
はっとした私の頭を撫でながらユウリさんは「技術は使う人間次第だからな」と、口角を上げたんだった。
そんで役所のルイさんの執務室に布を設置してから、砦にばびゅんっと飛んで今ココ!
突然やって来た私達に目を白黒させつつ、シャトレ隊長が応対してくれた訳。
「……確かに技術は使う者次第ですな。火も料理を嗜む人間が使えば良い食事を作り出し、悪魔の手にあれば地獄を作り出す」
「はい。私は料理を嗜む側の人間であり続けたいと思います。そのために技術を研究すれば、悪魔の手に渡った時の対処方も作り出せることでしょう」
「ごもっともなお言葉」
胸に手を当ててシャトレ隊長は同意してくれた。
ってことで、ここからは実験。
防犯カメラみたいなものは、実は欲しいと思ってたんだよ。
エストレージャとバーバリアンの試合と、歌劇団の慰問ショーは遠距離映像通信魔術を使って菊乃井の街の広場でも観られるようにする。
それに伴って出店の許可を出したし、宿屋には近隣から予約の問い合わせが殺到しているそうな。
人の流れが多くなれば、それだけトラブルも起こりやすくなる。
それを防止するためのシステムに防犯カメラはうってつけかな、と。
「具体的にはタラちゃん達に協力してもらうのと、
「人形奇術とは……?」
首を傾げるシャトレ隊長に、アレコレと先生方がお話してくれる。
両親を粛清した時のあらましは大体伝えてあるけど、その過程の細かいとこ──デミリッチの退治方とかは省いたんだよね。
「力押しとは聞いていましたが、まさしく力押しでらしたのですな……。縫いぐるみにも歌わせて、魔術の効果を増幅させたとは」
シャトレ隊長は感心したように言ってくれるから、バックコーラス隊欲しさの発動だったのは黙っておこう。
防犯カメラを設置するところって、だいたい人の目の行き届かない場所だ。
小さな隙間や天井なんかだよね。
んで、そういう隙間に入れるタラちゃんの子分の小蜘蛛ちゃん達に協力してもらって、遠距離映像通信魔術と人形奇術をかけた縫いぐるみをそんな場所に置いてもらう。
そして縫いぐるみの位置から見える景色を役所や衛兵の詰所に設置された布──ユウリさんが「スクリーンでよくね?」って言ってたからスクリーンに写して見張るって感じかな。
因みに遠距離映像通信魔術は、ユウリさんのいた世界の外国語で「天井桟敷・観覧席」を意味する「ガレリー」と名付けられた。
「人形奇術だけでも使いやすくするには時間がかかるし、ガレリーだっけ? それも使いやすくするには時間がいるだろうからね」
「取り急ぎやれるのは、菊乃井の街の衛兵さん達の死角を潰すくらいかしら」
「そうですね。行く行くは災害救助や防犯だけでなく、普段の通信に使えるようになればいいかな」
そうなれば、もっと情報は広まるし、見えるものも多くなる。
人の知る事の出来る世界が、広く深くなるんだ。ワクワクするよね。
だけど、差し当り今は。
「ここの設置作業が済んだら、今度こそロッテンマイヤーさんとルイさんの衣装作りを終わらせますよ!」
「ソーニャばぁばも頑張るわ!」
えいえいおー!
ソーニャさんと気合いを入れて拳を振り上げると、ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんも同じく拳を握る。
シャトレ隊長も、ぽんっと手を打った。
「ああ、エストレージャの三人から聞いております。お二人の婚礼衣装をご用意になるとか」
「はい、そうなんです」
「ならばもうご存知かもしれませんが、サン=ジュスト殿の服の寸法ならここで解りますぞ」
「へ? 本当に?」
意外な言葉にシャトレ隊長を凝視すると、こくりと彼は頷いた。
ルイさんはやっぱり働き者で、砦との連携が回復した後、何度か相互理解を図るために、ここを訪れていたそうな。
それで演習風景を見るだけでなく、自身も予備の兵装を身につけて参加していたらしい。
「その折に貸した装備のサイズが記録に残っております」
「その記録、見せていただいても? ロッテンマイヤーさんはメイド服があるので何とでもなるけど、ルイさんはぶっつけでやるしかないかと思ってたんです!」
「勿論。慶事ですし、自分としても、僭越ながら彼の御仁を友と思っております。友を祝福することならば、協力させていただきますとも」
友という言葉に、私はそっと目を細める。
人と人の繋がりこそが、菊乃井を守る硬い盾なのかも知れないと思いながら。
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