第263話 風が吹いたら桶屋が儲かるって言うけど

 このアルスター地域には、独特な特産品があるそうな。


「アルスターの冒険者ギルドのマスターに黒ずくめクンと密猟者達を預けたんだけどさ」


 ラーラさんが垂れた前髪に指をくるくる巻き付けながら言うことには、偶々その時冒険者ギルドにアルスターの街の長がいたそうだ。

 斯々然々、これこの通りと黒ずくめの人と密猟者達を見せてことの次第を説明すると、見る間にギルドマスターも街長も青ざめてしまい。

 特に街長はお腹を痛そうに押さえながらギルドを飛び出して行ったかと思うと、戻ってきた時にはラーラさんが抱えている細短い大根を持ってきたそうな。


「でね、これがその特産品。この辺りは寒くて中々植物が育たなくて、この大きさで近年希に見る大きさなんだって」

「ああ、これ、マンドラゴラモドキだね。大根にしては栄養があるけど、それだけって言う……」


 マンドラゴラモドキって、マンドラゴラが大根モドキな姿なのに、えらい微妙な名前だな……。

 だけど、なんでこれを持たされたんだろう?

 首を捻っているも奏くんが「ああ」と呟いた。


「これでごきげんなおしてくださいって言う?」

「そ。絹毛羊の王の怒りは氷と稲妻の嵐を呼ぶって言われてるからね。王の怒りを解くために、なけなしのマンドラゴラモドキを託されたのさ」


 しかし、ラーラさんの腕の中にあるのは、どう見て辛味大根くらいにしか見えない大きさな訳で。

 ブラダマンテさんが痛ましそうに胸の前で手を組んだ。


「この大きさは……成長不良にしても、あまりに小さいのでは?」


 その問いに答えたのは翁さんだった。


「この辺りは一昨年だったかその前辺りだったかから不作でのう。絹毛羊の王も、日が中々射さぬ事を気にしておったよ。雪原に住むといっても、やはり暖かい方が住み良い故なぁ」

「なるほど、そうですよね」


 私が頷くと、翁さんの胸のふさふさが動く。

 すると、えんちゃん様が首をふるふると横に振った。


「吾は手抜きなどしておらぬぞよ。注いでも注いでも、何故かこの辺りは神威が行き届かぬことがあるのじゃ」

「穴の空いたバケツに水を入れているみたいな感じですかね?」

「うむ」


 えんちゃん様が重々しく頷く。

 穴の空いたバケツ、か。

 入れても入れても一杯にならないそれを想像していると、閃くことが。

 その人は『落とし穴でも空いてるのか!? 何でだよ!?』と、憤りも露に叫んでいたではないか。

 ハッとして私は皆の顔を見回した。


「ユウリさん、その頃に異世界から落ちてきたんじゃなかったです?」

「あ!」


 ヴィクトルさんが声を上げると、ロマノフ先生も真顔で頷く。

 何の事か解らないという顔のえんちゃん様やブラダマンテさん、ラシードさんとイフラースさんに、アンジェちゃんと紡くんが小鳥のように首を傾げた。


「ゆーりさん、アンジェのおねーちゃんのせんせーよ?」

「ユーリさん、わたりびとだよ。ピセ、ピュセルのおねぇちゃんたちのせんせー」


 菊乃井歌劇団の演出家であるユウリさんは、異世界からこちらに転移してきた渡り人だ。

 その人が渡ってきた頃と、アースグリム周辺の不作が始まった頃前後はまま一致する。

 それにユウリさんが落ちたのはルマーニュの北の森って言ってなかった。

 短絡的だけど、えんちゃん様の神威は、ユウリさんが落ちてきた異世界へ通じる穴に吸われてるんじゃないのかな?

 そう話すと、ロマノフ先生が頷く。


「この辺りが不作だった時期と渡り人の来訪時期が重なってるかどうか、帰ったら調べてみましょうか」

「うむ。吾も姉様達にお願いして、その異世界と通じる穴とやらを調べてみよう。人が落ちてくるだけじゃと放っておいたが、違うなら捨ておけぬぞよ」


 凛々しくえんちゃん様が請け負って下さる。

 もう一つ気になるんのが、異世界から落ちてくる人が、そのまま異世界にいたら死んでいるだろう人ってことなんだけど。


「これも物凄く短絡的ですが、えんちゃん様の司るのは生命ですよね?」

「うむ、そうじゃ。生あるもの全て吾の神威を受けておるぞよ」

「異世界に通じる穴から落ちてくる時、その穴に吸われたえんちゃん様の神威が、異世界の人の失う筈の命を守って生き延びさせた……とか?」

「!?」


 本当に物凄く短絡的だけど、死ぬ筈の命がこちらに来る時点で、この世界に『誕生』するって判定され、えんちゃん様の力によって守られる、とかはありそうだよね。

 その辺も調べたら解るかも知れないな。

 独り言に近い呟きを拾って、ブラダマンテさんはえんちゃん様に跪いた。


「なんと尊いことでしょう。そのお力が、陰で命あるものをお救いくださっているんですね。私、誇らしゅう御座います」

「で、でも、本当にそうかも解らぬぞよ? それにそうだったとしても、吾がやろうと思ってやったことではなくて、勝手にそうなったことじゃ」

「そうかも知れませんが、貴方様が独り寂しくても悲しくても、それでもひたすらにお役目をこなしてくださったお陰で、救われた命があるのでございます。それを誇らしく感じるのは、貴方様の巫女として当たり前かと」

「そう、かや? 吾は頑張っていたかや?」

「はい。お声を掛けていただいた幼少の頃から、お傍を離れてデミリッチに囚われるまで、ずっとその姿を見てきましたもの!」


 ひしっとえんちゃん様とブラダマンテさんが抱き合う。

 主従の結束が強くなった処で、ツンツンと私の肩をラシードさんがつついた。

 目を向けると、ラシードさんが私の耳に唇を寄せる。


「やっぱり、えんちゃん様って、その……」

「秘すれば花ですよ」

「……俺には教えてくれないのか?」


 眉を落としてしょんもりした雰囲気を出されると、なんか意地悪した気分になるから美形ってやつは困る。

 彼の後ろに控えるイフラースさんも、実はラシードさんの華やかさが目隠しするけど、穏やかな整った顔立ちだ。

 二人揃って迷子の子犬みたいにしょんもりされると、何にもしてないのに罪悪感が沸く。


「帰ったらタラちゃんのこと含めて、一切合切教えますからちょっと時間をください」

「ん、解った」

「良かったですね、ラシード様!」


 和気藹々。

 だけどイフラースさんはラシードさんに話せない秘密を抱えてる。

 それを一切ラシードさんに悟らせない辺り、イフラースさんはわりと曲者なのかもしれない。

 すっと目を細めて二人を眺めていると、ぎゅっとレグルスくんが手を握ってきた。


「にぃに、おはなのみとれたよ!」

「おお、そうだった!」


 皆に実を摘めたか尋ねると、そここしこで「是」と変事が返る。

 翁さんがバサリと翼を広げた。


「ではお若いの、ついてきてくだされ」

「はい」


 すっと羽ばたいた梟と、メェメェ鳴く子羊を先導されて雪原を歩く。

 今度はえんちゃん様とアンジェちゃんがガーリーに乗って、レグルスくんと紡くんがアズィーズに乗って、なんだかキャッキャウフフして。


「つむねー、さすらいのスナイパーかめんなのー! ユーリさんがかんがえてくれた!」

「アンジェはねぇ、まほーしょーじょ・プリティアンジェなの!」

「れーはあいとせいぎのししゃ・ひよこかめんだぞ!」

「そうなのかや。面白そうじゃのう!」


 あー、前世ではそんな正義の味方ごっこあったっけ?

 聞くともなしに聞いていると、奏くんがにかっと隣で笑う。


「アイツらこの間から一緒にやりたいって言うから、まぜてやってるんだ」

「そうなの?」

「うん。前まではおれとひよさまとアリス姉でやってたんだけど、仲間は必要だからな!」

「へぇ、どんなことしてるの?」

「うん? そうだな、決めゼリフ考えて、ポーズも考えてやってる。ユウリさんが異世界にもそんなのあるって言ってて、ポーズとかアイツらの名前とか考えてもらった」

「そっかー。楽しい?」

「それなりにな! 一番はりきってんのはひよさまだけど」


 ああ、レグルスくんは英雄に憧れてて「ごっこ遊び」してるって、宇都宮さんが言ってたもんな。

 奏くんや宇都宮さんはそれに付き合ってくれてて、今度はその遊びに紡くんとアンジェちゃんが加わって、ユウリさんが異世界の「戦隊ごっこ」の知識を授けてくれたんだろう。

 何にせよ、私が遊んであげられない分、友達と楽しく過ごせてるならなによりだ。

 うんうんと頷いていると、エルフ先生達が何だか生暖かい眼で私を見ていて。


「どうしたんです?」

「いや、なんでもないです」

「うん。ひよこちゃんたちが楽しいそうで何よりだなって」

「そうそう。ただネーミングセンスはお兄ちゃん譲りなのかなって」


 ロマノフ先生もラーラさんもヴィクトルさんも、何だかちょっと笑いを堪えてる感じ。

 っていうか、ネーミングセンスとは?

 不思議に思って奏くんを見ると、奏くんはぶんぶんと首を否定系に動かした。


「ちがうぞ。あれはユウリさんが異世界ではあんな感じの名前でパーティ組んでるって教えてくれたんだ。解りやすいからいいかなって」

「うん? どういうこと?」

「だからパーティネームみたいなもんだよ」


 つまり「なんとか戦隊なんとかかんとか」って屋号みたいなのを付けてるってことか。

 本格的なごっこ遊びなんだな。

 遊ぶときも全力で遊べって言われてるみたいだし、そういうことなんだろう。

 私は納得して、ついでに「どんな?」と尋ねると、奏くんが胸を張った。


「『菊乃井戦隊ひよこファイブ』だ!」


 おぉう、御当地ヒーローが知らない間に爆誕してた件。


「いい名前じゃん、覚えやすいよ」

「だろ?」


 ニカッと笑い合うと「気が合うね」と、二人でがっちり握手する。

 そんなこんなをしているうちに、翁さんと子羊に導かれ針葉樹の森へと到着した。

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