第262話 森の長老の言うことにゃ

「なるほどのう……」


 大きな岩場で、これまた大きな梟が頷くように瞬きをする。

 夜空に星を散りばめた虹彩の梟は、ツンドラの森の長老・星瞳梟の「おきな」と名乗った。

 年経た魔物だから「翁」なんだそうな。

 どのくらいお年寄りかというと、なんと帝国が二個師団派遣しても倒せなかったドラゴンを、ロマノフ先生が仕留めたのを見物してたってくらい。

 ロマノフ先生はといえば、「ああ、大きな星瞳梟がいるなと思ってたんですよねぇ」って。

 それは置くとして。

 翁さんを囲って何があった説明すると、梟が倒れた黒ずくめの男を一瞥する。


「その男は訳ありのようじゃな」

「出頭を嫌がるくらいですしね」

「ふむ。そう言えば最近、人間がアースグリムと呼んどる街で騒ぎがあったと聞いておるが……関係者かの?」

「さあ? 何にせよ最初に罠にかかった子羊を保護したのはこの人ですし、どうしたもんでしょうね?」

「うーむ。まあ、人間のことは、人間の決まり事に則って対処するのが良かろうよ」

「そうですよねぇ……」


 それが無難だよね。

 そんな訳で、ラーラさんが黒ずくめさんと山賊たちを纏めて転移魔術でアースグリムの街に吊れていくことに。

 ラーラさんとアースグリムの街の冒険者ギルドの長は顔馴染みだそうだから、黒ずくめの人を預かってもらうよう頼んでおくと言ってた。

 んで、その間に私達は翁さんとお話続行。

 翁さんが何故この花園に飛んできたかってことなんだけど。

 翁さんが言うには、絹毛羊と星瞳梟は種族として共生関係にあるそうな。

 絹毛羊はやっぱり羊なんで季節で毛の量が変わるそうなんだけど、野生の羊だし毛が伸びたら伸びっぱなしで、夏になるとその毛のせいで皮膚炎とか起こす個体もいるそうだ。

 そこで人間の言葉が話せる個体が必ず何年かに一度生まれる星瞳梟が間を取り持ち、人間に毛刈りをしてもらうっていう関係。

 有史以前からそんな関係が続いていて、元々アースグリムの街はその星瞳梟が見込んだ毛刈りの人が住み着いて出来た集落らしい。

 だから星瞳梟と絹毛羊を敬ってる人達が多いんだとか。

 それで密猟とか、あの山賊達袋叩きにされるんでは?

 いや、うん、法に則って裁いてください。

 で、共生関係というからには星瞳梟にも、絹毛羊と行動するメリットがある訳で。

 それは何かっていうと、絹毛羊が星瞳梟の巣の役割と、守護者を担ってくれているそうな。

 星瞳梟ってそもそも繁殖率低いから、絹毛羊としては人と話せる個体を維持するために守りもするし、巣箱にもなろうってことなんだろう。


「何を隠そう、この翁もずっと以前の絹毛羊の王の背で育ったのじゃよ」

「へぇぇ、凄いですね……!」


 だけど大きな羊のふかふかの毛の中に、もふもふの梟の雛がいるとか、凄くない?

 めっちゃ可愛いやつじゃん!

 想像するだに和む。

 で、種としても翁さん個人……個梟としても、絹毛羊の王様とは仲良し。

 その子どもとも当然仲良しだ。

 この日、翁さんは何年か前に毛刈りを任せた人間から呼び出され、「もう自分も歳だから早いこと後継をさがしてくんな」という話をされて。

 歳月の流れにちょっと落ち込んだから、気晴らしに真珠百合の実を食べようと近くを飛んでいたそうな。

 春とは名ばかりの冷たい風に吹かれながら飛んでいたら、馴染みの子羊の警戒と助けを呼ぶ鳴き声が聞こえてきたので、すわ一大事と飛んできてみれば。


「途中で助けを呼ぶのを止めるわ、何か食したのか旨い旨いと喜んどるわ。訳が解らんまま飛んでおったら、凄まじいまでに神々しく、暖かで、命が沸き立つような力を感じての。力の一端に触れただけの儂ですら、歓喜で胸が熱うなったわい」


 ほうほうと胸を膨らませる翁さんに、私もえんちゃん様もちょっと複雑な顔になる。

 これ、翁さんにはえんちゃん様の正体なんかお見通しなんだろう。

 そこに言及しないのは、何となくえんちゃん様がお忍びなのを察してのこと、かな?

 兎も角、こちらは話せる事情は全て話した。

 翁さんはふるふると身体を震わせる。


「兎も角、絹毛羊の王の子が無事で良かったわい。このやんちゃ小僧は王の一粒種じゃ、何かあったらそれは恐ろしいことになるとこだったぞい」


 うあー、聞けば聞くほど危機一髪じゃん。

 ガーリーやアズィーズに遊びをせがんで、めぇめぇ可愛く鳴いてるあの子羊を、もしも助けられずに密猟者に連れ去られでもしてたら、この辺り一帯に稲妻が轟き、ブリザードが吹き荒れてたんだから。

 皆それを悟ったのか、若干表情が硬い。

 そんな私たちはを見回して、翁さんはほうっと大きく鳴いた。


「よし、では、お若いの」

「はい?」

「真珠百合の実を一人十個ほど摘み取って、儂の後についてきてくださらんかの?」

「え、ええ、構いませんが?」

「恐らくこの騒ぎは、空気を伝って絹毛羊の王に届いておるじゃろ。子羊を親元に届けてやってくださらんか? なぁに、この神聖な力の籠った真珠百合の実を土産にすれば、王もお前さん達を歓迎するだろうさ」


 うーん、行くしかないんだろうな。

 必要だったとは言え、花園を荒らしちゃったのは確かだし、何より王の一粒種の子羊ちゃんを害したのは人間。

 人間同士でケジメを付けますんでどうかご容赦を……ってお願いしとかないと、絹毛羊達の人間への信頼とか揺らぎそうな気もするし。

 となれば、翁さんが橋渡ししてくれるなら、その方がいい。

 ロマノフ先生の方を伺うと、先生も頷く。

 他の皆も見回せば頷いてくれたので、翁さんにはラーラさんが戻り次第の出発でと声をかけると、翁さんもバサバサと羽を震わせて「そうしよう」と答えてくれた。

 そんなら、真珠百合の実を摘もう。

 絹毛羊の王様へのお土産だけじゃなく、ロッテンマイヤーさんとルイさんの衣装に使う分も一緒に。

 翁さんにも「他に必要な分がある」と伝えれば「採り尽くさなければよいよ」と返ってきた。


「それにしても、婚礼衣裳のう」

「はい。二人、幸せになることを誓う儀式のようなものですし、綺麗な衣裳を門出に作ってあげたいので」

「善きかな善きかな」


 ほうほうと笑うように翁さんが胸を揺らせば、ふっくらとした冬毛がふわふわ動く。

 もふりたい。

 そう思っていると、傍で真珠百合の実を摘んでいたレグルスくんと目が合う。


「どうしたの?」

「にぃに、だいじょうぶ?」

「うん。ちょっと痛かったけど、飴玉で治ったからもう全然大丈夫」

「れー、にぃにのことまもるっておもってるのに、ちっともまもれてない……」


 じわっと青い瞳に涙が溜まっていくのが見えて、私は慌ててレグルスくんの両手を握った。


「そんなことない。レグルスくんがいてくれるから、私は頑張れるんだよ? レグルスくんが私を『凄い』って誉めてくれるから、レグルスくんが『凄い』と思ってくれる人でいようと思うんだから」

「れーがいるから?」

「レグルスくんがいてくれるから」

「れーもにぃにがれーのこと『すごいおとうと』っておもってくれたらうれしい……」

「うん。レグルスくんは私の凄くて可愛い弟だよ」

「れー、もっとがんばる!」


 ぐすっと洟を啜ると、レグルスくんは涙を自分の袖で拭う。

 それから顔をあげると、にっと笑った。

 すると、翁さんがまたほうほうと胸を揺らす。


「善き善き。小さいの、頑張るんじゃぞ」

「うん!」

「よしよし、そんな良い子には後で良いものをやろうな?」

「よいもの? なぁに?」

「内緒じゃよ」


 ぱちんっと翁さんのウィンクが飛んでくる。

 梟ってウィンクできんの!?

 喋るのも衝撃だけど、ウィンクも中々衝撃だな……。

 そんなことを思っていると、背後がしゃららんっと光った。


「ただいま」


 戻ってきたのはラーラさんで、手には大根が抱えられていた。

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