第211話 突撃ラッパが鳴り響く時

 菊乃井は雪深いから、普通に郵便なんかだすと、夏には十日で帝都に着く筈の物が、冬だと早くてもその倍はかかる。

 なのでよほど大事な案件は、ギルドの速達で送られるのが冬の常識だ。

 私が父に出した手紙は正規ルートだから、まだあちらの手には渡っていない。

 その間に王城である母を陥落させないといけない訳なんだけど。

 犯人確定の話し合いから三日の間に、二通手紙が来た。

 一つは次男坊さん。

 時候の挨拶や誕生日プレゼントのお礼に紛れて、コーサラの海底神殿からもお守りを売る打診があった話とそのお礼が書いてあった。

 次男坊さんから派遣されてきたアリサさんは、エリーゼから教わったことを、ちょいちょいギルド経由で次男坊さんのところに送っているそうで、その成果の孤児院の子供たちが作ったミサンガが見本として、手紙に同封されてて。

 中々に見事な出来映えなんで、そのように手紙に書いておいた。

 売るからには中途半端な物は出せないもんね。

 そしてもう一通は、ロートリンゲン公爵から。

 ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんが使者に立って、閣下に色々ご説明くださったようで「後見は任せなさい」と仰って、その旨をきっちり書面で下さった。

 それから文末には帝都では冬になると厄介な風邪が流行るから「こちらに来るなら気を付けなさい」とも。

 高熱が出て関節が痛くなるっていうから、インフルエンザかな?

 二人の他にも、帝都にいるソーニャさんから魔術通信が。

 ロマノフ先生から今度の話を聞いたそうで、神殿などなどをいくつか見繕ってくれたそうな。

 父も母も有象無象引っくるめて、放り込める場所を探してくれたってことだ。

 菊乃井の神殿に放り込めるよう、ルイさんには手配してもらってたんだけど、より遠くに追放げふんごふん出家してもらったほうが領民は安心するだろうって言われてたんだよね。

 凄くありがたい。

 夜にはいつも通り氷輪様も訪って下さって。

 事件のご報告も兼ねて、母に宇気比を使うことお話すると、一つ重要なことを教えてくださった。

 それは宇気比で罰が下ったものは、償いが済むまでは他から命を奪われることも、自裁することも許されず、呪いを受け付けない体質の者は、その者が大切に想う者に呪いが降りかかるのだそうな。

 サイクロプスの時に言わなかったのは忘れてたからとのこと。

 神様は宇気比をやったところで死なないし、人間には興味なかったしで、思い出したのはサイクロプスがどうしているか気まぐれで覗いてみたかららしい。

 因みにサイクロプスはわりと元気に生きているそうだ。

 その他にも解ったことがある。

 セバスチャンがどうしてイルマがレグルスくんの誕生日プレゼントを選ぶことになったのかを知っていたか。

 あの男、蚊型の魔物を別邸に放っていたそうだ。

 魔物使いは自身の使い魔と感覚を共有できる。

 それで盗み聞きしていたんだろうって、飼い主に解らないような方法で蚊を捕まえて来てくれたラーラさんの言だ。

 なんでそういうことしてるんじゃないかと思ったかっていうと、ヤツはこの本家にも一昨年の両親とロマノフ先生とロッテンマイヤーさんの話し合いの後蚊を仕掛けようとしたから。

 その蚊をロマノフ先生がヤツの目の前で凄くいい笑顔で叩き潰して以来、うちには何にも仕掛けてきてないそうだ。

 小さい子供しかいない家にそんなことするんだから、父の別邸にやらない理由はないよね。

 そうでなくたって、別邸は元々はレグルスくんのお母上のご実家で、色々あって売りに出されていたのを父が菊乃井伯爵家別邸として買い上げたものだそうで、周りの屋敷とは古くからお付き合いがあったらしく、イルマがグチグチ愚痴ってるのを井炉端会議で沢山のメイドさんが聞いていたんだって。

 「ちょっとお小遣いを渡したら、簡単にお喋りしてくれたよ」ってラーラさんが呆れてた。

 愚痴る方が愚痴る方なら、喋る方も喋る方だよ。

 絶対別邸周辺の御屋敷から紹介状持ってきた人は雇わないんだからね!

 ……っていうか、先生方の動きが早すぎて目が回りそう。

 そう溢すと、ロッテンマイヤーさんが凄く困った顔をして、実はちょっと前から周到に準備してて、私が決断すれば全部動く程度に整えていたっていうじゃん?


「そりゃそうですよ」


 パカパカ走る馬車の中、隣に座るロマノフ先生が肩をすくめた。


「鳳蝶君はご両親に代わって統治実績を積んでからと思って焦ってなかったんでしょうが、私達にはどうも彼らが、その間なんの失敗もしないではいられないような気がしてましてねぇ」

「うぐ……!」


 そうだよねー……。

 これは私の方が甘かったんだ。

 立場が悪いのが解ってるなら、大人しくしてるだろうって楽観的に考えてたんだよね。

 まさか共食いするとか思わないじゃん。うへぇ。

 現在、菊乃井から馬車ごと帝都の外れに転移してきて、菊乃井帝都邸へと移動中だ。

 付き添いに帝国三英雄が来てくださるとか豪華なんだけど、更に豪華なのは私が着てる毛皮のクロークと髪に付いてる髪留め。

 なんとこのクローク、エルフ一の裁縫の腕前を持つソーニャさんが、誕生日プレゼントとして作ってくれたんだよね。

 レグルスくんにはひよこのポンチョ、奏くんには森に紛れる色彩のポンチョをいただいたから、きちんと二人に渡さないと。

 いない二人の分も含めてお礼を言ったら「朔日に間に合わそうとしたんだけど、材料が中々見つからなくて」と申し訳なさそうに言われちゃった。

 でも凄く暖かいし、菊乃井の冬はまだ雪深くなるからとても嬉しいって伝えたら、ソーニャさんも笑ってくれたっけ。

 それから髪留め。

 これねー……。

 長くなった髪を後ろで纏めて髪留めで留めてるんだけど、これ……。

 最初にロマノフ先生から差し出された時には、物凄く豪華な箱に入ってて、おめめが飛び出るかと思うぐらい驚いた。

 箱自体はロマノフ先生が何処かのダンジョンで拾った物らしいんだけど、その中に翠のガラスのような羽根の蝶が鎮座していて。

 透けるほど薄い羽根に触れると、いきなり私の魔力をちょっと吸い取って羽ばたいて、長くなったから後ろでひっつめておいた髪にしがみついた。

 不思議な細工物にびっくりしていると、ロマノフ先生から「ムリマが一つだけなら出来ていると言ったので」って言われて何の事かと思ったんだけど、これ私の武器の一部らしい。

 あと四つ同じ様な蝶が揃って、五つで一つの武器なんだとか。

 しかも五つ全てが独立した武器にもなるらしく、魔力を通すと勝手にふよふよ飛んで、私の魔術を遠くに届けることが出来るそうな。

 前世でもたしかこんな技術があった気がするけど、ドローンとかラジコンとか、そんな名前じゃなかったかな?

 透ける羽根は古龍の逆鱗で出来ていて、胴体は爪やら牙やら、触覚は髭だそうで、お代は聞かない方が心臓に優しそうだ。

 この翠の羽根は、姫君の古龍・盤古の逆鱗だそうで、これ単体でも【常時回復(魔力・体力)】・【状態異常無効(心身)】・【絶対防御】・【貫通】・【攻撃力上昇(魔・物)】・【防御力上昇(魔・物)】・【敏捷上昇】等々が付いてるという。

 残りの四つが揃うと、多分もっと恐ろしい効果になる筈で、銘も「プシュケー」と付くそうな。

 滅多に手に入らない素材が使いたい放題で、オマケにインスピレーションも溢れ出て、気がついたら二日の朝にはこの一個が出来上がってたと、物凄く早口で捲し立てられたんだって。

 無理を承知で受け取りに行ったロマノフ先生も、ムリマさんのあまりのテンションにちょっと引いたらしい。

 そう説明された瞬間、白目剥いて倒れそうになったのは、私が悪い訳じゃないと思うんだよね。

 帝都の大きな門を潜り抜け、大通りを道なりに、貴族の邸宅が固まっている住宅地へと馬車は進んでいく。


「あーたん、サン=ジュスト君がサインの必要な場所に付箋貼ってくれてるって」

「あ、はい。二枚一組の計四枚ですね」

「うん。お上に提出用と、受領印押して菊乃井で保管用ね」


 ヴィクトルさんが鞄から取り出した書類を確認している間に、馬車はどんどん目的地に近付いて、馬が嘶いたかと思うとピタリと止まった。


「まんまるちゃん、用意と覚悟は出来てるかい?」

「はい、勿論」


 昨日ギルド経由で「明日そっち行くから逃げんなよ?(意訳)」って手紙を届けてもらった時に腹は括った。

 かたりと馬車の扉が開く。

 荊の巻き付いた鉄門が重苦しく、私の前を塞いでいた。

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