第207話 明かされていく薄暗さ

 じっとテーブルの上に置かれた皮袋を見ていても、キラキラ目映い輝きが眩しいだけでなんの解決にもなりゃしない。

 ロマノフ先生が、真剣な表情で大きな息を吐いた。


「ムリマにいくつか牙や爪を渡すのと、材料をほぼこちらで準備することを条件に鳳蝶君の武器を作ってもらいましょうか」

「うん。良い機会だと思うよ」

「こんなことがこれからもあるだろうしね」


 ヴィクトルさんとラーラさんも同じような表情で頷いたけど、なんでさ!?

 いや、それよりムリマってあのムリマ!?

 慌てて先生方に待ったをかける。


「待ってください! ムリマってあのムリマさんですか!? いや、それ以前に武器とかって……!」


 私には武道の才能はないって、先生もブラダマンテさんに言ったじゃん!

 恥ずかしいから皆まで言わないけど、武器を操るなんて無理。

 相手を切るより自分が怪我するってば!

 そんな気持ちを込めてロマノフ先生を見ていると、ヴィクトルさんが首を横に振った。


「武器って言ったって、バーバリアンから貰ったような魔力消費を抑えられて、尚且つ魔力を溜めておけるアクセサリーだよ」

「や、でも、良いものを戴いたばっかりなのに?」

「魔術師はああいうものを沢山持ってるもんなんだよ。僕だって普段はマグヌム・オプスを身に着けたりしないけど、近しいものを身に付けてる」


 ヴィクトルさん曰く、魔術師にとって魔力は矢みたいなもの。尽きないように沢山溜めておくのがセオリーなのだとか。

 それに私の魔力量だと、バーバリアンの三人から貰ったパームカフを一ヶ月ほど身に付けていたら、あれに付いていた石が魔力で満杯になってしまうという。

 となると、折角削れた余剰魔力が勿体ない。だからこの際、そう簡単に満杯にならない容量の物を作ってしまえってことみたい。

 それで何でムリマが出てくるのさ?

 びたんっと疑問が顔に張り付いてたのか、今度はラーラさんが肩をすくめる。


「ムリマ以外に古龍の逆鱗を加工できる職人が思い浮かばないからだよ」

「鱗なら兎も角、鳳蝶くんも覚えがあるでしょう?」


 そうなんだよねー。

 鱗なら私にも砕いてビーズにすることはできたけど、逆鱗は砕く処かやんわり魔力を受け流されて、その受け流された魔力をタラちゃんがモシャモシャ食べてたっけ。

 と言うか、私が逆鱗に手を出したのバレバレなのね。

 まあ、理由を積み上げられたら納得するより他ないんだけど、やっぱり素直に頷けない。それはとりもなおさず、費用のせいな訳で。


「でもムリマさんに依頼するとなると、お高いですよね……。そんな費用、菊乃井に用意できると思えないっていうか……」

「頂戴した牙や爪、鱗をいくつか渡したらお釣りがきますよ」


 おぉう、つまり私がいただいた物ってそれくらいの代物なのね。怖い。

 てか、よくそんなアレソレな素材クローゼットに隠してたよね。めっちゃ雑で申し訳なくなってた……。

 というわけで、古龍のモロモロは先生方にお任せすることに。

 ムリマさんには会いたいけど、今はそれより優先しなくてはいけないことがある。

 先にそちらを片付けたかったけど、先生としては古龍のモロモロが山ほどお家にある方が落ち着かないからと、ムリマさん家に三人で飛んで行った。

 昼には帰ってくるそうなので、私はその間にアンナさんに証言を頼んでおこう。

 アンナさんは回復してから、本人の希望とうちの求人状況を鑑みて、厨房で料理人見習いとして働いている。

 ポテポテと歩いて厨房へと到着すると、中から絹を裂く悲鳴が聞こえて。

 慌てて飛び込むと、床にダイブするアンナさんを、卵を確保しながら支える料理長の姿があった。


「大丈夫ですか!?」

「わ、若様っ! 卵をっ!」

「ちょっ、ちょっと待ってね!」


 片手に卵を抱えて、もう片方に軽そうな女の子って言っても人間を抱えて、まるでダンスのフィニッシュポーズみたいな無理な姿勢を強いられたら、いくら熊みたいに逞しそうな料理長でも、腰やら足やらがヤバいだろう。

 厨房に遠慮会釈なく踏み込んで、料理長の抱えた卵を素早く受け取ると作業台へと置く。

 すると料理長は空いた片手も使ってアンナさんを起き上がらせた。


「大丈夫かい?」

「は、はいぃぃぃっ!」


 ほぼほぼ悲鳴に近い返事にアンナさんを見れば、真っ青な顔。対して料理長は柔く苦笑いしていた。


「料理長も大丈夫ですか?」

「はい。ありがとうございます、若様」

「アンナさんも無事?」

「はい!」


 思いっきり肩に力が入ったような返事に、料理長がアンナさんの肩を出来るだけ優しく叩く。


「あのな、お前さん力みすぎだよ」

「それは……」

「失敗するのが怖いのかもしれんが、したところでそれはそれだけだ。取り返しのつかんことはほぼほぼないぞ。それより怪我する方が困るよ。今は手が足りんのだから」

「も、申し訳ありません!」

「だから、力みすぎだって」


 料理長が「ね?」と私を見る。

 その通りだから頷いたけど、それでもアンナさんの表情は浮かない。

 もしかして、宇都宮さんみたいにこっちは怖いとこだって刷り込まれてるのかな?

 だとしたら誤解は解かないと。

 説明するために口を開く前に、アンナさんがおずおずと両手のひらを差し出す。

 料理長と二人できょとんとそれを見ていると、アンナさんは目を潤ませた。


「ば、罰の鞭打ちもきちんと受けますから、追い出さないでくださいまし!」

「「む、鞭打ち!?」」


 料理長と叫び声が重なる。

 失敗は誰にでもあることなんだから、 鞭打ちなんて酷いことするわけがない。

 慌てて料理長と二人で、そんなことしないとアンナさんに伝えれば、今度はアンナさんがきょとんとした。


「だ、だって、私、転びそうになって、ご迷惑をおかけして……」

「そんなの鞭打ちするほどのことじゃないぞ!?」

「だけど、あちらでは失敗したら……」


 あっちってレグルスくんの実家だよね?

 どんな職員教育してんの!? ダメじゃん!

 思わず白目を剥いて倒れそうなのを叱咤して、料理長と顔を見合わせると、料理長は今まで見たこともないような厳しい顔をしていて。

 アンナさんの手を、その厳つい両の手で包み込む。


「あちらの事は知らんが、ここでは若様がそんなことは許さないから安心しなさい。第一、舌と手は料理人の大事だ。簡単に差し出したらいかん!」

「でも……」


 アンナさんが戸惑う。

 その様子に料理長が私の方を見て頷いた。

 でも私も前世の記憶が生えるまでは、皆に当たってたし!

 テンパりながら口を開く。


「その節は料理長にも大変アレソレしちゃって謝りきれないけど、今は絶対そんなことしないし、させないよ!?」

「あー……ありましたね、そんなことも。いや、それは良いんですよ、あれは私らも良くなかったんですから。じゃなくて、今は絶対に許さないって聞いたろ?」

「へ……あ、はい! あ、あの、ありがとうございます」


 目を白黒させながらアンナさんはどうにか頷いた。

 とりあえずこの話はここまで。

 あちらの使用人教育に関しては疑問が出たけど、それはちょっと置くとして。

 アンナさんにこれからの方針を伝えると、少し躊躇いつつも証言をすることに同意してくれた。


「ありがとうございます。菊乃井の主として、貴方のことは全力で守りますから安心してください」

「は、はい。イルマさんはどうなるんでしょう……?」

「司法の判断によりますが、極刑にはならないようにこちらも手を尽くします」


 私の言葉に少しだけアンナさんがほっとしたような表情になった。

 アンナさんはイルマのことは「好きではないけど憎めないひと」だと思っているそうだ。

 確かに意地悪だし、折檻もされたけど、あまりにアンナさんが落ち込んだら慰めてくれたし、ここに来る時には「ドジだから気を付けなさい」って言葉とお札をくれたらしい。

 躓いたり、ぶつかったり、物を落としたりの失敗は日常茶飯事だったアンナさんだったけど、出発する前の二、三日はその頻度が異様に多かったからだそうだけど。

 いや、ちょっと待って。


「出発の二、三日前って、もしかしてもうレグルスくんのプレゼント預けられてたんでは!?」

「はい、そうです。なんでお分かりに……?」

「なんでって……」


 私が知っているプレゼントにかかっていた呪い──すなわち、何気ない不運を装った小さな不幸を招かれることを告げると、アンナさんは顔色を失った。


「いつもよりよく転ぶと思ってたら……!」

「ここに来てからじゃなく、その前から呪いは発動していたみたいですね。それがアンナさんの元からの不運に紛れて解らなかった……と」


 と言うことは、イルマの手元にあった時も、彼女に小さな不幸をもたらしていて、それを厭ってアンナさんに出発の二、三日前に呪いのかかったプレゼントを渡したのかも。

 なんという性の悪さだ。

 アンナさんの話では、使用人に対して折檻していたのもイルマだという。

 ふっと思い立って、私はアンナさんに声をかけた。


「アンナさん。レグルスくんのお母様は折檻のことはご存知で?」

「いえ、ご存知なかったと思います。一度アリスちゃんが折檻されたのを見て、イルマさんに注意してましたから」

「なるほど。それでも折檻は無くならなかった?」

「はい。その……奥様から見えない場所を……」


 つまり、レグルスくんのお母様はメイドの一人も御し得なかったのか。

 家の奥向きのこと──使用人の監督はその家の女主人の役割だったはずだ。しかし、女主人の意向を無視してメイド長が幅を利かせているということは、まったく女主人が機能していないってことでもある。

 翻ってもう一人の女主人、私の母の方はどうなんだろう?

 この本家は私の支配下で、女主人の役割はやれるところはロッテンマイヤーさんが代行して行ってくれている。

 帝都の別邸の方は、正直よく解らない。

 解らないが、母の従僕である蛇のような男は、内心は別として見える場所では母を立てていたように思う。

 まあ、そう見せていただけかも知れないが。

 ともあれ、極刑にはならないならと、アンナさんは日和ることなく証言してくれると請け負ってくれた。

 そんな訳で、お昼前帰ってきた先生方やレグルスくん、ブラダマンテさんと一緒に昼食を取る。

 それからレグルスくんはロッテンマイヤーさんと宇都宮さんと相談して、今度は宇都宮さんと一緒に源三さんのお家に遊びに行って貰った。

 奏くんがアンジェちゃんと弟の紡くんと一緒に、源三さん宅で待っててくれているそうな。

 そしてレグルスくんがお土産を持って出掛けるのを見送って、再び祖母の書斎へ。

 先生方とブラダマンテさん、それからロッテンマイヤーさんが見守るなか、飴色のテーブルに件の短剣が置かれる。


「それでは、始めます」


 静かな書斎に、私の声がよく響いた。

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