第197話 めでたくなさが限界突破なり、おらが春

 「正月は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」という警句を読んだのは、謎かけ問答が得意だった一休さんというお坊さんだそうな。

 お坊さんは、こっちでの神官さんとかそんな存在……って理解。

 あっちとこっち、宗教全然違うもんね。

 それにしたって身体に骸骨を被るって流行ってるのかな。

 そういえば前世でも骸骨がブームになったというか、死を連想させるものを身近に置くのが流行った時期があって。

 そういうのって「Memento・mori死を想え」っていうんだったような、違うような。

 にたりと笑う骨の不気味さに思わず遠い目をしていると、咳払いが近くで聞こえる。

 横を向くとロマノフ先生が、こちらを見ていた。


「気持ちは解りますが、現実逃避してる場合じゃありませんよ」

「ああ、はい……」


 私、あの手のグロテスクなの苦手なんだよね。

 うっかり思考が明後日に向いたのが、ロマノフ先生にはお見通しだったようだ。

 骸骨を被った女性はなんだか、遠目に見ても具合が悪そう。

 最初は立っていたのが、私達が声の届く範囲に近づいた時には踞ってしまっていた。

 その光景にヴィクトルさんが肩を竦める。


「うーん、憑依か……。これはあーたんの父上が何か仕込んできた線が薄くなってきたかなぁ……」

「そうなんです?」

「うん。呪詛って色々種類があるんだけど……」


 ヴィクトルさんの説明によると、呪詛は術を人に直接かけるものと、物にかけて間接的に干渉するものがあるそうで。

 憑依というのは、直接的にも間接的にも使える複雑な呪法で、ターゲットや依り代となるものにリッチやレイスみたいなアンデッド系モンスターを文字通り憑依させることで相手を呪うやり方だ。これは余程呪術者が高位でないと出来ない危険な術だとか。

 だから憑依の術を使うのは非常に難しく、それこそ貧乏伯爵家の婿養子当主風情が手を出せる金額ではないらしい。

 だけど物には抜け道というか、憑依の呪具は世の中に結構出回ってる。

 何故かっていうと、言い方は変だけど「天然物」というのがあるのだそうで。


「天然物っていうのは、文字通り自然に出来た物のことなんだけど」

「自然にリッチやレイスが宿るんですか!?」

「うん。リッチやレイスになった人物が生前強い執着を抱いていた物に宿る、つまり憑依するっていうのはよくあることだからね」

「作為的にやった憑依と違い、自然と宿ったレイスやリッチが放つ呪いは無差別で、狙った人物が呪詛されるかは一種の賭け。出たとこ勝負の呪詛ですね」

「つまり私を狙うつもりでレグルスくんも巻き込まれるってことです?」

「そういうこと」


 それがなんで父が何も仕込んでない証拠になるんだろう?

 唇を尖らせると、頬っぺたをロマノフ先生にもちられて。

 不服を込めて先生を見ると、先生は首を横に振った。


「憑依の呪具はね、ちまたに大っぴらに出回ってるんです。何故かというと、憑依の呪詛に感受性が低いというか、それを受け付けない体質の人が一定数いまして……」

「呪いの感受性が低い……受け付けない体質のひと……?」

「はい。何故か受け付けないタイプというか。そういう人にとっては、リッチやレイスが憑依していようと、単なるその物でしかないんです。死んでまで執心するような物は、大概良い物だから、あとは推して知るべしですよ」


 良い物は高値で売れるから、呪われた物、つまり呪具と知らずに売っちゃうのか。

 ん? ということは。


「え? じゃあ、父が憑依の呪いを受け付けないタイプのひとで、知らずにそういうのを買っちゃって、良いものだからレグルスくんにあげよう的な?」

「かもしれないって推測が出来るよね」

「反対に、そういう推測をこちらがするのを計算して、わざとレグルスくん宛にした可能性もなきにしもあらず……」


 うげ、話がより複雑化したぞ。

 いや、だけど、呪いを受け付けないタイプはいたとして、その物の売り買いに関わる人間全てがそういうタイプばかりじゃない筈。

 現にその物を持ってきた使者のお姉さんは、凄く気分が悪そうにしてる訳だし。

 だとすると、関わった人間の多くが体調を崩したりした物=呪具の図式が成り立つのか?

 そんな曰く付きのモノを売ったら、店として信用がなくなる。

 悪意がない限りはきちんと「そういう物」であることを、貴族相手に商売をするなら話していておかしくない。

 そうなると、父が何も知らず呪具を作るのは買い求めたって推論は成り立たなくなるのでは?

 私がそう言うと、ロマノフ先生が手を叩いた。


「良いところに気がつきましたね。でもね、そうとも言えないんですよ」


 悪戯っぽく笑うと、ロマノフ先生が視線をヴィクトルさんに投げる。それに遠い目をしながら、ヴィクトルさんが口を開いた。


「レイスとかリッチになるような人ってね、大概高位の魔術師だったり呪術師だったりするんだよ。だから簡単に祓われたりしないよう、自分でそれに憑いてるって解んないような隠蔽の魔術を施せるんだ」

「えぇ……」


 高位の魔術師やら呪術師が本気で隠蔽の術を仕込んだなら、それは同じくらい高位の魔術師や呪術師でないと見抜けないと聞いたことがある。

 その抜け道を塞ぐのが鑑定のスキルだったり、その効果を付与された道具だったりする訳だけど、それなら売る側が意図的に鑑定結果を誤魔化した場合、買う側も同じ物がないと、それが憑依されたものかどうか解らないということに。

 それなら話はやっぱり振り出しだ。


「父が知らずに買ったか、解ってて買ったかの二択なのは、変わらないってことですね」

「そうですね。でも知らずに買った物なら、また分岐が発生します」


 分岐。

 その言葉の意味を少し考える。

 父が解っていてやらかしたなら、父が悪いで話は済んだ。

 けれど父が知らずに買ったなら、父にそれを売り付けた者がいる。

 そして父に呪具を売り付けた者にしても、それと解らなかった場合と、解っていて売った場合の二択に。

 父に呪具を売った者も何も知らなかったなら、父の行いはもらい事故のようなもので、あの人が迂闊だっただけだ。

 しかし、父に呪具を売った者が、呪具と解っていて売ったのであれば、更に選択肢が増える。

 それは──。


「狙いはやっぱり私……?」

「或いはEffetエフェPapillonパピヨンの職人か……。いずれにせよ邪魔だとは思われてるでしょうから」

EffetエフェPapillonパピヨンは今、社交界で流行の最先端を作ってるし、冒険者達の間でも凄く持て囃されてる。なのに商業ギルドからは独立してるし、利権を持つ君が統治する菊乃井領にも商業ギルドはないし、菊乃井領の商店街に入り込む余地もない」


 ヴィクトルさんが肩を竦めて言葉を紡ぐ。

 菊乃井の商店街はみな結束が固いから、他所からいきなり利益を独占しようとするような振る舞いを決して許しはしない、と。

 加えてロマノフ先生は、商業ギルドがEffetエフェPapillonパピヨンの品物を取り扱うなと加盟する商会に通達したところで、冒険者ギルドが冒険者の用具に関しては窓口になるからこちらにはなんの打撃にもならないという。


「社交界、貴族に関して言うならロートリンゲン公爵やマリア嬢……皇室に顔が利く方々が窓口になっていただいているから、手出しが出来ませんしね」

「ましてEffetエフェPapillonパピヨンも、その利権を持つあーたんも、皇帝陛下と妃殿下に覚えがめでたいと来たらねぇ?」

「商業ギルドだけではないですよ。去年発布された職人の利権を守る法律で、大半の貴族は搾取が許されなくなったことを根に持っています。その利権保護の契機になったつまみ細工を献上したEffetエフェPapillonパピヨンと、その利権を持つ君に含むところがある貴族は多いでしょう」

「おぉう……」


 なんという生臭いわ、きな臭いわだろう。

 もしも、父が騙されてて、その背後は解っててやったなら、レグルスくんは完全なトバっちりじゃないか。

 それにまた絶句する。


「え? もしかして、それも計算?」

「君が憑依を受け付けないタイプでも、レグルス君がそうとは限らないし、反対もあり得る。どちらも奇跡的に受け付けないタイプでも、兄弟のうち弟だけに父親がプレゼントを贈ったとなれば、普通は兄弟の間に蟠りができてもおかしくない」

「ましてあーたんとれーたんの関係は、社交界でも有名だ。だってお父上が涙ながらに『レグルスを人質にされてる』なんて話して、ロートリンゲン公爵に論破されて恥掻いてたもの。お陰であーたんの株は上がったけど、れーたんのことを何も知らないのに悪く言う人も出てきてる」

「あンのクソ親父ぃぃぃっ! 余計なことばっかりしやがってぇぇぇぇぇっ!」


 私の絶叫が森の中に木霊する。

 するとそれが聞こえたのか、女の人に覆い被さっている骸骨がケタケタと笑いだし、辺りに不気味な靄が立ち込めて。

 踞っていた女の子は「ひぃっ」と悲鳴を上げると、とうとうパタリと倒れてしまった。

 慌てて駆け寄ろうとすると、ロマノフ先生に腕を取られる。

 仰ぎ見ると、先生は真剣な顔をしていた。


「出ますよ」


 「何が?」と問う前に、倒れた女の子の身体から骸骨がひゅっと空へと飛び出すと、黒い靄がそこへと集まり始めた。

 その靄を確認すると、ジャヤンタさんが倒れた女の子を担ぎ上げ、カマラさんとウパトラさんもそれを手伝いながらこちらに走って来る。


「よう、鳳蝶坊!」

「えっと、こんにちは?」

「ごめんなさいね。ワタシじゃ何が憑いてるかまで見えなくて」

「まあ、なんであれお嬢さんが解放されて良かった」


 ジャヤンタさんの腕の中のお嬢さんを見ると、顔色は悪いし気を喪ってるみたいだけど、表情は凄く苦しそう。

 息は規則的だけど、どうなんだろう。

 同じくお嬢さんを見ていたヴィクトルさんが頷いた。


「憑き物が落ちて、少しは楽になったみたいだけど、相当辛かったみたいだね。早くお屋敷で休ませたいとこだよ」

「そうですね……と言いたいところですが……」


 ロマノフ先生が見つめる先には、黒い靄が何かの形を作ろうとしている。

 ずずっと地を這うような気味の悪い音がしたかと思うと、集まった黒い靄がぐるぐると渦を巻いて。

 ピタリと渦の動きが止まった刹那、ケタケタと骨を鳴らしながら嗤うローブを纏った王冠を戴く骸骨がその中から姿を現した。

 背中に悪寒が走り、冷や汗が滲む。

 森を包む雰囲気も、胸がつまるほど不穏で気持ちが悪い。

 あの骸骨は、なんかヤバい気がする。


「デミリッチ……!」


 ヴィクトルさんの呟きに、俄にバーバリアンの顔が強ばった。

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