第186話 新風、光る

 その日の夕食は、ロッテンマイヤーさんや奏くんも交えて、レーニャさんの話に花を咲かせた。

 思い出を笑って話せるようになった三人を見届けると、ソーニャさんは奏くんを迎えに来た源三さんとちょっとお話して、それから「また来るわね」と柔らかく微笑みを浮かべながら、お土産の蜜柑を持って帰っていった。

 先生たちは若干げっそりしてたけど。

 それで私はというと、いつもと同じく寝る前にご訪問下さった氷輪様に、ソーニャさんや先生たちから聞き取った育児のアドバイスを纏めたメモをお渡しして、姫君の「ロスマリウスを訪ねよ」という伝言をお伝えしたんだよね。

 すると氷輪様は物凄く嫌そうな顔をしつつ、ため息を吐いた。


「どうなさいました?」

『いや、昔から海のには忠告されてはいたのだ。「艶陽の気性はこどものそれ、きちんと見てやれ」とな。それを受け流しておいて今更……と思うと……』

「ああ……」


 それは訪ね難いなぁ。

 ベッドに腰かけて苦悩されるお姿を見るのは、もう何度目だろう。

 何か他に口実があって訪ねるなら、そのついでにさらっと育児の経験談を聞けるのかしら?

 首を捻ると、そう言えばと思うことがあった。


「あの、氷輪様。実はですね」

『うん?』


 この秋の中頃、イゴール様と考えた「ミサンガをお守りに!」企画が、そろそろ始動する筈だ。

 まずは販路をイゴール様の神殿に限定するんだけど、他の神様にもご賛同いただけたならその神様の神殿でもミサンガお守りを売ってもいいようにしていただければ……と考えていると、氷輪様にお伝えする。


『それで?』

「はい。それでロスマリウス様も大きな神殿を地上にお持ちですので、ご協力いただけないかお話しに行きたいと思っていたのですが……」


 そこまでいうと、氷輪様がうっすらと口の端をあげた。


『我に使い走りせよと?』

「いえ、そんな……」

『良い。切っ掛けとして使わせてもらう。助かったぞ、鳳蝶』

「こちらこそ。厚かましい願いをお聞き届けていただいてありがとうございます」


 お礼申し上げるのにぺこりと頭を下げると、わさわさと頭を撫でられる。

 そういえば去年から伸ばしっ放しだし、そろそろ切った方がいいかな。

 なんて思っていると、頭を撫でていた手がぴたりと止まる。

 顔を上げようとすると、頭上から『切るな』と一言。

 なんのこと?

 疑問だからの頭を上げると、そこにはもう氷輪様はいらっしゃらなかった。


 それから三日後、私は執務室替わりにしている祖母の書斎で、冒険者ギルドのマスター・ローランさんの訪問を受けることに。

 なんでもきな臭くてギルド預かり案件になったカトブレパス討伐が、やっぱりきな臭い案件だったとかでその報告に来てくれたんだよね。

 書斎にも応接セットはあるから、そこで先生たち三人とたまたま年末のイベントのことで来ていたルイさんに立ち会ってもらうことしにすると、ローランさんは「ちょうど良い」と豪快に笑った。


「ちょうど良いってどうしたんです?」

「ああ、ほら、大晦日に合唱団が歌ってくれるイベントを催すと聞いてな。うちの倉庫に眠ってた魔力を通すと光る石が、なんかの役に立たないかと思って相談に行こうとしてたんだ」

「コンサートは夜に開催する予定なので、足元を照らすのに使えるかもしれませんな」


 ローランさんの申し出に、ルイさんが頷く。

 そう、今年はラ・ピュセルの年越しコンサートをやろうかって事にしたんだよね。

 去年は私の歌を氷輪様が、魔術と一緒に領民に届けてくれたけど、今年も祝福の歌を届けたくて。

 そういうイベントをするには予算がいるし、警備やらもいる。

 ルイさんと役所にその辺りを相談したら、翌日には実行委員会みたいなものが作られてた。

 ルイさん曰く、ラ・ピュセルが動くならお金になるし、お金になったら税収が上がるので、バックアップは当然の事だそうな。

 理解があるお役人さん、ありがたや。

 なので、その光る石の件は後日また冒険者ギルドに寄らせてもらうとして、だ。

 ついでだから、ルイさんにも聞いてもらおうか。


「それで本題ですけど」

「ああ、カトブレパスな」


 エリーゼが淹れた紅茶で口を湿らせると、ローランさんが厳つい表情に変わる。


「密漁の類いだったらしい。金持ちがああいうモンスターを剥製にして飾るのに欲しがるだろ?」


 そうなんだよー、なんかさー、お金持ちの間では巨大で強いモンスターを討伐して、それを剥製にして飾るのが一種のステータスなんだよね。

 でも私はそういうの苦手。

 学問としてモンスターの弱点やらを研究するために死体を使うなら兎も角、飾るのってなんか怖いもん。

 とはいえ、狩った動物を剥製にして飾るのが富の象徴ってのは前世にもあった話みたいだし、どこの世界にもあるのかも。

 ローランさんの言うには、討伐が終わって関わった冒険者や旧男爵領の冒険者ギルドを調べてみたら、特にカトブレパスに関する依頼が出ていた様子がない。

 それなら何処かからの直接依頼で冒険者が動いたのだろうけれど、ダンジョン内や獣にちょっと毛が生えたようなモンスターと違って、カトブレパスのような危険なモンスターを討伐する時は、狩り場に設定された場所の領主に許可を受けねばならない。

 それは討伐に失敗した時に、今回みたいな大騒ぎになるからなんだけど、ロートリンゲン公爵領の領都にある冒険者ギルドを通じて公爵に確認したところ、そんな許可を与えたことはおろか許可を求めて来た者もいないそうだ。

 これ、後ろに何処かの貴族が絡んでるとかないよね?

 少しの嫌な予感を払うように首を振ると、私はこれからの処理について訊ねることにした。


「それで討伐したカトブレパスは今どうなってるんです?」

「それは菊乃井の保管庫の中だ。討ったのが菊乃井側から来た冒険者だったしな」

「はあ、なるほど。うーむ、ロートリンゲン公爵へお返ししましょうか? 正規の手順で討たれたものではないですし。カトブレパスに止めをさした冒険者さんには、こちらから対価をおだしするとして」


 私がそう言うと、「それなんだがよ」とローランさんが前のめりに私に近付いた。

 アップで見るとド迫力。

 お顔の厳つさに怯んだ私に気がついたのか、ルイさんがジロッとローランさんを見ながら、咳払いをする。


「お、申し訳ない」

「ああ、いえ。で、どうしたんですか?」

「ああ、カトブレパスを討った奴なんだが、カトブレパスは要らんから『初心者冒険者セット』をもっと流通させてやってくれって」

「え?」


 思いがけないローランさんの言葉に訳を訊ねる。

 頭を掻きながらローランさんが教えてくれたことによると、カトブレパスを討った中堅冒険者は何度か初心者冒険者の教官役を務めてくれたひとらしい。

 カトブレパスが暴れた日、菊乃井の冒険者ギルドにその一報が入った際、その人は誰よりも先にギルドを飛び出し、カトブレパスが旧男爵領から来た冒険者達と交戦状態のまま突っ込んだ街外れの森に駆け付けたそうだ。

 何故かっていうと、その森には彼の教え子たる初心者冒険者パーティーが、採取の依頼を遂行するために入っていたのを知っていたから。

 しかし教え子を救わんと駆け付けた彼が見たのは、彼が教えた通りにヒット&アウェイを繰り返して、カトブレパス相手に負けない・死なない戦いを繰り広げていた教え子達の姿だったそうだ。

 教え子達は言った。

 自分達が退けば森から街は一直線、旧男爵領から来た冒険者達は石化の呪いにかかって放って置けば死んでしまう。ここは踏ん張り処だ。幸い初心者冒険者セットには状態異常無効が付いた防具がある。それなら教官が教えてくれたように、死なない戦い方をして時間を稼ごう。そうすればきっと教官や、他の経験豊富な冒険者達がきっと助けに来てくれると信じて戦っていた、と。

 実際、最初に駆け付けた教官役の彼だけでなく、他にも経験豊富な冒険者がカトブレパス討伐に乗り出して来ていたし、サンダーバード・晴やエルフの三英雄も駆け付けてきた。

 そうして教官役の彼は教え子を守るために死力を尽くし、とうとうその一撃がカトブレパスの首を落としたのだ。

 戦い終わってみれば、教え子は誰一人欠けることもなく、経験豊富な冒険者や英雄と肩を並べて戦い生き残った経験を積んで、一回りも二回りも成長を遂げていて、誰も彼もが「教官のお陰で生き延びた」と敬意と信頼の籠った目を向けてくる。

 そんな状況に教官役の彼は、労うローランさんの前で咽び泣いたそうな。

 中堅と呼ばれるほど長く続けた冒険者生活で、こんなに誰かから感謝され敬意や信頼を寄せられたことはない、と。


「そんでやっこさん、腹括って『大成もしなかったしがない中年の経験が、若い奴のためになるなら』って、うちのギルド専属の初心者講習の教官になってくれるってよ」

「そうなんですか」

「ああ。『もう自分のためだけに生きるのは止めて、誰かを守るために生きる』ってな。手始めにここだけのじゃなく、色んな場所のひょっこどもを守るために、もっと初心者冒険者セットを色んな場所に流通させて欲しいんだとさ。その金になるなら、カトブレパスの権利なんぞ要らんと言ってる」


 ここはローランさんと教官さんの申し出を有り難く受けよう。

 代わりと言ってはなんだけど、ワインセラーからロッテンマイヤーさんに選び出して貰ったボトルを、私はローランさんへと渡す。


「初心者冒険者セットを他の所にも普及させるよう、私も努力します。それはそれとして、菊乃井に来る全ての初心者冒険者の師になる方の、新たな門出に祝福と敬意を込めて。その方にお渡しくださいな」

「はっ!」


 禍福は糾える縄のごとし。

 こうして菊乃井に新たな風が吹き込んだ。

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