第180話 おねだりに作法はあるのか?
緊張気味のヨーゼフの口を借りて、颯と呼ばれる事になったケルピーは、どうにかこうにか私にポニ子さんをお嫁に迎えたい挨拶を済ませ、ようやくポニ子さんの旦那さん(真)になった。
で、背中を撫でてやると、颯は馬具をヨーゼフに外して貰って、一足先に妻と子の待つ厩舎へと「一人で行けます」と帰っていった。
それで私は中庭に迎えに出て来てくれた皆さんへと、リビングに戻って姫君様からのお沙汰をご説明。
斯々然々……と話せば、ロマノフ先生が大きな息を吐いた。
「なんというか……今回は鳳蝶君の人脈が火を噴いたという感じですね」
「だね。もしも氷輪様がお出でにならずに、ケルピー……颯だっけ? あの子が怪我でもしようもんなら、百華公主様と艶陽公主様との間で大喧嘩だったんじゃない?」
肩を竦めるヴィクトルさんに、ラーラさんとロマノフ先生が首を縦に動かす。
「あり得るね。そうなると人界も天候とか大荒れになったんじゃないかな」
「世界は救われましたね」
姫君様は確かに颯を助けようとしてくれていたらしいし、そうなると艶陽公主様と諍いになってたかも。
神様同士の争いは人界にも凄く影響して、やれ大嵐だの大津波だの、飢饉だの地震だのと大災害が起こるって神話の本にも書いてあったっけ。
ひぇぇ! 危なかった!
そういうことも加味して、姫君様は氷輪様に重々お礼申し上げるように言われたんだな。
肝に銘じておこう。
それはそうとして、颯が馬具ごとうちに来た事は、イゴール様にも申し上げておかなくては。
イゴール様にも颯の件では協力いただいたし。
その証の馬具もうちに来ちゃったけど。
そういえば、協力っていったら、今朝ソーニャさんと会った時、颯とヨーゼフにおまじないをしてくれたって言ってたよね。
あれも颯が頑張れた要因なんだろう。
「ソーニャさんも、おまじないしていただいてありがとうございます。お陰様で無事に帰ってきました」
「ああ……そんな畏まってお礼を言われるようなことしてないわよぉ。だってケルピーちゃんには『あっちゃんが、カッコいい父親の生き様をケルピーちゃんは見せてくれるって期待してる』って言っただけだし、ヨーゼフちゃんには『あっちゃんはヨーゼフちゃんを信じてるって言ってた』って伝えただけ……。あと馬具の敷物にケルピーちゃんの家族の毛を使った織物を用意してるとか、ケルピーちゃんのご飯になるマンドラゴラの葉っぱに普段の二倍くらい魔力を注いで内側から強化かけてあげてる……とか、そういうことを教えただけだもの」
む、それは私が遠距離通信でソーニャさんに話したことなんだけど、マンドラゴラに魔力を思いっきり注いだとか敷物にポニ子さんやグラニの毛を織り込んだとか、そんなことまで話してない……ような?
氷輪様やイゴール様にも馬具に携わっていただくから、颯の家族の毛を混ぜる話はしたけども、マンドラゴラの葉っぱの話はしてない筈だ。当然ソーニャさんにもしていないだろう。
「なんで知ってるんですか?」
ちょっとムッとしたような声が出て、自分でもびっくりした。
慌てて怒ってる訳じゃないことを示すのに、手を振るとソーニャさんはにっかりと笑う。
「言ってないことを他人に当てられちゃったら、驚くわよねぇ」
「あ、はい。いや、それも、なんで解ったんですか……?」
「それはあれよ、年の功」
凄く綺麗な、それこそ人間なら三十路そこそこのお姉さんに見えるひとから、年の功とか言われると「それどんな意味だったっけ?」ってなるんですけど。
目を点にしていると、ロマノフ先生が首を横に振った。
「鳳蝶君、その人はエルフの中でも一二を争う曲者です。気にしたら負けです」
「まあ、母親に対してなんて言い種なのかしら!」
「貴方の息子だからこそ言えるんですよ」
髪をかきあげて苦い顔をするロマノフ先生に、ヴィクトルさんやラーラさんも苦笑しながら頷く。
先生のこんな表情、凄く珍しいよね。
いつもは悠然としてる先生も、親御さんの前だと子供なんだなぁ。
大人しく隣に座ってるレグルスくんを見ると、やっぱりその顔は興味津々って感じで、目が輝いてる。
でも、そうか。
先生たちにも今の私やレグルスくんや奏くんみたいな時分があったんだ。
当たり前のことなのに、なんだか不思議。
この風景を見たら、奏くんはなんていうだろう?
そういえば、今日はまだ奏くんは来ていない。
どうしたんだろう?
気になって後ろに控えていたロッテンマイヤーさんに声をかける。
するとそっとリビングを退出して暫し。
「源三さんが今しがた来られて、今日は弟さんが熱を出して、その看病をするから来られなくなったと……」
「ありゃ……弟くん、大丈夫かな?」
「昨日から咳をしていたそうで、風邪のようです」
「そっか、お大事にって伝えてもらえるかな?」
「承知致しました」
美しくお辞儀すると、ロッテンマイヤーさんは再びリビングを退出する。
源三さんの所に行ってくれたんだろう。
「後でボクが源三さんとカナの家に様子を見に行くよ。カナはボクの弓の弟子だし、風邪なら薬ぐらい作ってあげられるだろうし」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
ラーラさんは厳密にはお医者さんじゃないけど、人の体調管理とかはプロって言っても差し支えないもんね。
でも、あのクソ不味い薬湯飲まされるのか……。
頑張って、弟くん。超頑張って。
そんな訳で今日は奏くんは来ない。
となると、ソーニャさんだ。
奏くんにも会いたいって言ってたし、私も大事なお役目が大丈夫なら、一泊くらいしてもらっても……と思うんだけど。
じっとロマノフ先生を見ていると、私の視線に気がついたのか、そっと目を逸らされた。だけど、ロマノフ先生が視線を逸らした先には、レグルスくんがいて。
こてんと小さく首を傾げて、上目遣いで「だめなの?」と、目だけで聞いてくるスタイルはレグルスくん必殺のオネダリポーズだ。
これされると私も弱いんだよね。
だけど、流石は百戦錬磨のロマノフ先生。
ぐっと息を詰まらせたけど、また目線を逸らして、レグルスくんのお願い光線に耐えている。
うーむ、私もソーニャさんのお話聞きたいな。
先生たちの子供の頃の話とか、凄く面白そうだもん。
なので、ここは私もレグルスくんに加勢しよう。
改めてソーニャさんに向き直る。
えぇい、どこまで通じるか解んないけど!
「その大事なお役目は、一日も休んではいけないものですか?」
「本当ならそうなんだけれど……。でも連絡すれば多分大丈夫……かな」
「じゃあ、連絡して許可が出たらお泊まりなさっては? それでは駄目ですか、先生?」
レグルスくんの真似して首を傾げて、上目遣いで先生を見る。
ちょっと、似合わないこと甚だしくて、羞恥心で色々焼き切れそうなんですけど!
じぃっと見ていると、ヴィクトルさんとラーラさんがこほんと咳払いをした。
「アリョーシャ、折角伯母さんが来てくれたんだから、一日くらい良いと思うよ!」
「そうだよ、家主のあーたんが良いって言ってるんだし!」
「あ! 裏切りましたね、ヴィーチャ! ラーラ!」
私が内心、羞恥心で転げまくっているのを察してくれたのか、ヴィクトルさんとラーラさんが加勢してくださる。
レグルスくんも味方が増えたからか、ロマノフ先生とジリジリ距離を詰めて、更にじっと先生を見つめた。
私もレグルスくんの傍まで行くと、二人並んでじっと先生を見る。
「駄目ですか?」
「ぐっ……そんな手管を何処で教わってきたんですか?」
手管って、大袈裟な。
でも先生、公爵閣下の所で交渉の時は、子供の子供らしいところをフルに活用しなさい的なことを言ってたじゃん。
じゃあ、教えたのは先生だよね。
そんな感想も込めてじっと見ていると、ロマノフ先生の首がガクッと折れた。
「……役所にちゃんと確認とって、文章で回答を貰ってくださいね」
「勿論よ! ありがとう、あっちゃん、れーちゃん! 息子が折れたわ!」
「ありがとうございます、先生!」
「ありがとーございます、せんせー!」
きゃーっと歓声を上げるソーニャさんに、三人は微妙な顔だけど、とりあえず良かった。
レグルスくんもニコニコだし。
そんな訳で、ソーニャさんは役所に手紙を書くと、使い魔にそれを運ばせた。普通なら二、三日かかるらしいけど、ソーニャさんの使い魔は特殊で半時間もあれば手紙は届く仕様になっているそうな。
仕組みは今の私では無理だけど、使えるくらいになったら教えてくれるそうだ。
その使い魔が帰ってくるには時間がかかるだろうから、その間にソーニャさんに家の中を案内することに。
ソーニャさんの言ってたサンルームも、祖母の書斎も見てもらった。
特に書斎に入った時には、ソーニャさんはびっしり詰まった本棚を見て「あれから頑張ったのね」と、ぽつりと溢されて。
なんでもソーニャさんが書斎に招かれた時は、祖母も若くて本棚の本も疎らだったそうで、いくつか領内統治に参考になる本を祖母に紹介してくれたそうだ。
それが全て本棚には納められていて、繰り返し繰り返し読んだのだろう。
表紙に補整の跡がいくつもあって、その本を手にとってソーニャさんは祈るように抱き締めていた。
ソーニャさんはサンルームでも「姿も中身も、とても素敵な若奥様だったのよ」と、肖像画の祖母を見て懐かしそうに笑った。
過去と未来が重なる。
ソーニャさんは先生方や私たちに会いに来ただけじゃない。
きっと祖母にも会いに来たんだ。
サンルームに注ぐ柔い日差しを受けるソーニャさんの背中は、どこか寂しそうだった。
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