第166話 サンドリヨンと舞台の魔法使い
ルマーニュ王国の南部は、帝国文化の影響をわりと受けていて、ルマーニュ王都より実は華やかなんだそうな。
その劇場で昨年、芝居の一座がその歴史に幕を下ろした。
「ぼくの父は座長でしたが、母が身体を壊してからは思うように興業を打てなくて、不満が溜まってたようで……それで女の人を他所に作ったのだろうって……」
お母様が身体を壊したのはアンジェラちゃんの産後間もない時期に、お父様が無理矢理舞台復帰させたせいで、弱っていた身体を更に弱らせたのが原因だとシエルさんは憤る。
そんなある日、お母様は風邪を拗らせてシエルさんとアンジェラちゃんをおいて、虹の橋を渡って行って帰らぬ人となったのだ。
「でもその後すぐ……一ヶ月も経たないうちにカミラ……一座の花形なんですけど、カミラが新しいお母さんだって……」
「喪が開けぬうちになんということを……」
そこからはまあ、シンデレラも真っ青な継子いじめの末に、なんとこの継母とそれに唆された父親が、とんでもないことを言い出した。
「劇場主が劇場を貸してくれないから一座は解散に追い込まれたって、二人で言うんです。それで、ぼくに劇場主さんと……その……」
「枕営業してこいって言われたのかッ!?」
ダンッと拳をユウリさんがテーブルに叩きつけると、その音に驚いてアンジェちゃんがビクッと身体を跳ねさせる。
その肩を抱いたシエルさんも、怯えた様子で。
「ユウリさん、二人が怖がりますから……」
「あ、悪い」
「でも、なんて酷いことを……」
呟けば、膝に乗ったレグルスくんが手を伸ばして、私の眉間に触れる。
ああ、またシワがよってたのね。
そっと擦る指を捕まえると、ぎゅっと手を握り返される。
「で、でも、劇場主さんはいい人で、そもそも劇場を貸さないのは父さんのやりようを嫌ってたからだし、その……言いにくいけど、母さんのいない一座には人が入らないからって」
だけどそれをそのまま伝えたところで、大人しく二人が納得する筈もなく。
更に花形だった後妻からすれば、自身を否定されたのと同じこと。
更に継子いじめは激しさをまし、とうとう二人は家を追い出されたのだ。
そこからは色々と苦労しながら生きてきたと、事情聴取で聞いた通り。
女の子二人、しかも一人は幼児の旅は、様々なひとに助けられたという。
そして最後に出会ったのがエリックさんとユウリさんで、二人は我が身を省みず自分達を守ってくれた。
「そうやって色んなひとに助けられてここまで来たのに、贅沢なんか言っちゃバチが当たるとは思うんです。でもぼく、お芝居が好きなんです! もしも、もう一度お芝居が出来るなら、どんな役だって構いません! 草や木や、犬やら馬の足でもいい! お願いします!」
物凄く深く腰を折り曲げて、何度も「お願いします」と繰り返すシエルさんにならい、アンジェラちゃんも解ってないんだろうけど一緒にペコリと腰をおる。
こんなに熱心にいうんだから、本当にお芝居が好きなんだろう。
「頭を上げて」と、声をかける前に、ユウリさんがテーブルから立ち上がり、シエルさんの頭を上げさせた。
そして真っ直ぐに立たせると、隈無く全身を観察する。
それから大声で「あー!」とか「らー!」とか、発声を繰り返させると、ユウリさんは顎に手を当てて考え込む。
「ユウリさん……?」
「オーナー、この子、確保でいいか? 合唱団のお嬢さん方は芝居は素人なんだろ? これから募集するにしても、団員に経験者が全くいないのといるのとじゃ大違いだ」
「あ、はい。歌は兎も角、お芝居の人材育成はユウリさんに丸投げする形になると思いますので、思い付いたことは逐次なんでもヴィクトルさんと相談してやってもらえれば」
「了解だ、オーナー」
ニッと綺麗な顔に不敵な微笑みを浮かべて自分を見るユウリさんと、彼の言葉に頷く私の間でシエルさんは忙しく顔を動かしていた。
「……と言うわけで、歌劇団計画が前に進みそうです」
「ふむ、なれば一先ずは誉めおこう。今後も励むがよいぞ」
「はい」
シエルさんを確保した翌日、私とレグルスくんは朝の日課に来ていた。
なのでここ数日の怒濤の展開をお話しすると、姫君は満足げに上げられた。
いつ見ても綺麗。
私にとってこの世で一番の美貌はやっぱり姫君だわ。
一人頷いていると、姫君がふわりと絹の団扇を閃かせる。
「それにしても渡り人か……。珍妙なものを引き寄せたのう」
「珍妙なって……」
凄い言い方に苦笑すると、隣でレグルスくんが「はい!」と手を元気に手を上げた。
「なんじゃ、ひよこ?」
「わたりびとって、ほんとにかえれないですか?」
「ふむ……」
「あの、そもそも渡り人って、本当に時空に空いた穴から落ちてくるんですか?」
姫君が眼を伏せると、長い睫毛が頬に美しく複雑な影を落とす。
そう言えば、ネフェル嬢が眼を伏せた時にも彼女の頬に芸術的な陰影が浮かんだけれど、あれとはまた違った趣だ。
姫君様がひらりと団扇を翻す。
「あれは人界では人間が穿ったと語られておるようじゃが、それこそ妾に言わせれば驕りよのう。あのようなもの、人の手でなるものか」
「え? じゃ、じゃあ……!」
「あれはこの世の創造主たる、妾らの親神が穿ったのよ。何故そのようなことをなしたかなどは知らぬ。なにせやった本人は
「親神様……!? そのような方がいらっしゃるのですか?」
「いるにはいるが、そなたの師のエルフでも知り得ぬような太古に眠りについた。あのような穴を残しての」
なんてことだ。
っていうか、謎が深まるだけで、なんの解決にも答えにもなってない。
モヤッとしていると、「それよりも」と姫君が柳眉を上げた。
「そなた……海のとも、縁を繋いできたようじゃの?」
「あ、はい。その節はロスマリウス様へのお声がけ、ありがとう御座いました。お陰様でとても楽しく過ごせました」
「ありがとーございました!」
レグルスくんと二人揃ってお辞儀すると、姫君はくふりと唇を上げられる。
しかし、そのすぐ後で不愉快そうに団扇をバタバタと動かされた。
「それは重畳と言いたいところじゃが……。そなたら、海で何をしてきやった?」
「なに……とは? 泳いだり?」
「カニさんとタコさんたべました! おいしかったです!」
「そうか、美味であったか。ひよこはそれでよいわ」
そう仰ると、姫君はレグルスくんを招き寄せて、ふわふわの綿毛みたいな金髪を撫で付けた。
しかしその目はジト目ってやつだし、視線がぐっさぐさ刺さってくる。
つまりご不興は私のせいですか、そうですか。
思い当たる節って言ったら、アレしかないよなぁと当たりをつけて、柔らかい草の上に跪く。
「あの~、姫君様……」
「なんじゃ?」
「えー……その、この度ロスマリウス様よりご加護をいただくことになりまして……」
「それよ!」
姫君の鋭い声にレグルスくんが一瞬肩を跳ねさせたけれど、構わず団扇で私を指す。
すると、レグルスくんが不思議そうに首を傾げた。
「ひめさまー、れーもごかごもらいました。だめ?」
「おお、ひよこよ。そなたもであったの……。いや、まあ、加護されるのが悪いことではないのじゃ。妾が気に食わぬのはの、あやつ、そなたの兄に自分の娘だか孫娘だかを宛がうつもりでおるからじゃ! 妾の許しもなく、勝手に!」
「えっ!? お嫁さんとかいらない……」
思いっきり飛び出した本音に、慌てて口を塞ぐと上目遣いに姫君を見る。
すると、姫君は私の言葉をどう思われたのか「そうであろう」と、重く頷かれた。
「あやつめ、そもそもそなたが無意識に使うのは水属性の魔術なのじゃから、本来の属性は水。つまりは自分の眷属じゃとぬかしおった」
不愉快そう、ではなく、正真正銘不愉快な様子で、姫君が肩から掛かっている肩巾を握りしめると、雑巾を絞るようにギリギリと締め上げていく。
美人が目をつり上げて怒ってるって、凄まじい迫力だし、ギリギリと絞まってる肩巾にちょっと違うもの、例えばロスマリウス様の首とかが重なって、超絶怖い。
「なぁにが、『我が娘か孫娘とめあわせて、正式に一族に迎え入れる。ついては一応保護者のお前に話をつけておこうかと思って』じゃ!」
姫君のお手に握られた肩巾が益々雑巾絞りされて細くなっていく。
恐れ戦いていると、それに気がついたのか、姫君は肩巾から手を放し、軽く咳払いをした。
「ともかく、そなたを見つけたのは妾なのじゃ。それを横から出てきて掠め取ろうとは、厚かましいにも程があるというものよ」
「その、私は、姫君様とご縁をいただいたからこそ、イゴール様や氷輪様、ロスマリウス様ともご縁をいただくことができたのだと……」
「そなたがそのように思っているのは、妾も知っている。これは妾とロスマリウスの問題よ。兎も角、そなたの相手は妾が然るべく用意するゆえ、そう心得るように」
そっちも遠慮したいんですが……。
なんて姫君に申し上げる勇気なんか、あの締め上げられる布を見た後で湧いてくる筈もなく。
喉から乾いた笑い声を絞り出す私を、レグルスくんが何だか複雑そうな顔をして見ていた。
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