第159話 見えてくるもの、まだ見えないもの
突然の面会要求に、救護室の中がしんと静まり返る。
けれど、その沈黙を破ったのは紅茶色の髪の少年だった。
「その前に……助けてもらったお礼を言おうよ、ユウリさん……」
「あ……そうだな……すまない。助かった、ありがとう」
「ありがとうございます」
「ありあとぉごじゃます……」
折り目正しく三人とも頭を下げる。
でも助けたのは私じゃなく現場の兵長達だし、冒険者たちや先生達で、そもそもの依頼を出したのはルイさんだ。
だからお礼はその人達に言って欲しいと伝えて、頭を上げてもらう。
すると紅茶色のお兄さんに凄くぽかんとされた。
「兵士にお礼って……」
「だって頑張ってくれたのは現場の人達だし、先生たちですし、私なんにもしてないですから」
ユウリと呼ばれた黒髪の人もあんぐりと口を開けて驚いてる辺り、私のこの対応は珍しい部類なんだろう。
他所は他所、うちはうち。
他所のことは今は問題じゃない。それより問題なのは、このユウリという人と、エリックと呼ばれた青年が、なんでここの代官をルイさんが務めてるのを知っているのか、根本を言えばこの人たちはルイさんの知り合いなんだろうか。
それが解るまでは彼を呼べない。
ルイさんは初めてあったとき、ルマーニュ王国で冤罪をかけられたって言ってた。
彼らが追っ手でない保証は何処にもない。
ロマノフ先生とヴィクトルさん、ラーラさんに目配せすると、すっと鬼平兵長とラーラさんが救護室から出ていく。
ルイさんの元に向かったのだろう。
なので、椅子をユウリさんに勧めると、丁度カフェから飲み物が届いた。
レグルスくんが、小さい女の子に話しかける。
「ねー、おなまえは? れーはねぇ、レグルスっていうの」
「……アンジェラ」
「あ、ぼくはシエル」
「アンジェラとシエルねー、よろしく。おちゃのもう?」
「おちゃ……アンジェおなかすいた……」
「アンジェ……」
ツンツンとシエルさんの裾をアンジェちゃんが引く。
困った顔で「お金がないんだよ」と呟くのが聞こえると、ローランさんが豪快に笑った。
「よしよし、おっちゃんが何か旨いもん食わしてやろうな!」
「わぁい! おいたん、ありあとぉ!」
「あ、で、でも……!」
「ここでお前さんらをちゃんと保護しないと、契約違反で俺が若様とお代官に叱られらぁな。まあ、飯でも食って一息つきな」
「にぃに、れーもいってくるね!」
そう言うとレグルスくんとローランさんが、シエルさんとアンジェちゃんを連れて救護室から出ていく。
するとヴィクトルさんがその後ろを守るように着いていく。
救護室にはユウリさんと眠るエリックさん、ロマノフ先生と私だけになった。
「失礼ですが、何故サン=ジュスト氏の名を?」
「……俺は直接知らない。知ってるのはエリックから聞いてるからだ」
ルイさんの直接の知り合いはエリックさんの方なのね。
エリックさんはまだ目覚めない。
ルマーニュ王国から冤罪をかけられたルイさん、そのルイさんを知るエリックさん。
何かモヤる。
そもそもユウリさんはルイさんを直接知らないのに、何故ここで名前を出したんだろう。
それはロマノフ先生も疑問だったようだ。
「ユウリさんと仰いましたね。貴方はサン=ジュスト氏と面識がないのに、彼を呼んでどうするんです? エリックさんはこの状態ですし……」
「俺はただエリックの身柄を引き受けて貰おうと思っただけだ」
「エリックさんの身柄を?」
「ああ……」
頷くと、ユウリさんは整ったハーフアップの髪を解くと、気持ちを落ち着かせるためか、再び結い直す。
そうして覚悟を決めたように、大きく息を吐いた。
「俺とエリックはルマーニュ王国から逃げて来たんだ」
「え……?」
思わぬ言葉に息を飲むと、「俺がエリックから聞いた話だけど」と静かにユウリさんが事情を語りだした。
エリックさんはルイさんがルマーニュ王国の官吏だった頃、直属の部下だったそうな。
二人は大変な能吏の上司部下コンビだったようで、平民だろうが大貴族だろうが、不正には容赦しなかったとかで、かなり恨みは買っていたらしい。
そのせいでルイさんは冤罪をかけられて、捕まる寸前にルマーニュ王国をエリックさんの手を借りて脱出し、音楽仲間のヴィクトルさんを頼って帝国へとやって来て、菊乃井に落ち着いた。
そこまでの話は私がヴィクトルさんとルイさん本人から聞いた話と同じ。
だけど、エリックさん側には続きがあった。
ルイさんはなるだけ恨みを自分に向けさせるようにして、エリックさんの存在を目立たなくしていた節があって、エリックさんもルイさんに庇われていたのが解っていたから、ルイさんがルマーニュ王国を脱出した後は大人しくしていたそうだ。
だけどそれも長くは続かなくて、ルイさんの抜けた穴を塞いでやっぱり不正に目を光らせているエリックさんは徐々に目立っていった。
そして出る杭は打たれる。
今度はエリックさんが狙われる側になったのだ。
命の危険を感じるようになってきたエリックさんは、ユウリさんを連れてルマーニュ王国から逃げる事にしたそうな。
「え? ユウリさんはエリックさんの部下かなんかだったんで?」
「いや、俺は彼の居候だ……」
じゃあなんで一緒に逃げる必要があったんだろう。
首を捻ると、ユウリさんが「俺のせいだ……」と頭を抱えた。
「俺がルマーニュの大貴族の奥方に目をつけられて、それを断ったから……」
「断った……?」
「愛人になれって言われて断った。俺は事情があってエリックの家に居候させてもらってるけど、男娼じゃない……!」
心底苦しそうにユウリさんが呻く。
察するに、容姿端麗なユウリさんを何処かで見かけた大貴族の奥方が彼に誘いをかけて断れた。
それを根に持って、奥方が旦那さんにアレコレ言うのと、エリックさんの働きがその旦那さんに都合が悪かったのが重なった結果、二人ともルマーニュ王国にいられなくなったってとこだろうか。
不潔だ。
「俺を奥方に差し出したら取りなしてもらえるかもって言ったんだ。それなのにそんなこと出来ない、家族もいないんだし、いっそ逃げようって……」
「それでサン=ジュスト氏を頼って来られたんですね」
ロマノフ先生の問いかけにこくりと小さくユウリさんは頷く。
彼が抱えた事情ってのが気になるけど、まあ、おかしな話ではない、かな?
後はルイさんからエリックさん達の話を聞きたいところだけど。
苦悩するユウリさんのこの姿をお芝居とは思えないし、思いたくない。
沈黙が部屋に満ちる。
それに慣れてきた頃、救護室の扉が静かに叩かれた。
入室を求める声はラーラさんので、「どうぞ」と答えればドアが開く。
ラーラさんがするりと入ってきた後ろに、ルイさんがどこか焦っている雰囲気で続いた。
そしてベッドで眠る青年を目にすると「ミケルセン!」と駆け寄った。
「嗚呼」と呻くルイさんを見るに、エリックさんと彼は、ユウリさんの話通りで間違いないんだろう。
ルイさんは振り替えると、ロマノフ先生に頭を下げた。
「ミケルセンをお助けいただき、ありがとうございます」
「いえいえ、お礼は最初に駆けつけた衛兵や冒険者たちに。ああ、回復魔術をかけたのはヴィーチャですので、そちらにも」
「はい、それは後程」
そう言うと、エリックさんに向き直る。
そんなルイさんの様子に、ラーラさんが肩を竦めた。
「気心の知れた部下だったらしいよ。『被害者にエリック・ミケルセンって青年がいて、その連れがエリック・ミケルセンと言えば解る』って言ってたって伝えたら、執務室から走り出ちゃったくらい。道々移動しながら事情は聞いたけど」
ルイさんからラーラさんが聞いたエリックさんの情報は、ユウリさんが話したエリックさんとルイさんの情報とぴったり合致していた。
ヴィクトルさんの目にもおかしな物は写らなかったから、レグルスくんとローランさんに着いていったんだろうし。
これは信用しても良いのかな。
そう思ってロマノフ先生とラーラさんに目を向けると、二人とも頷く。
と、ルイさんが、ユウリさんへと目を向けた。
「君は……ユウリ殿だね?」
「ああ、そうだが……なんで?」
「私がルマーニュを出奔する直前に、ミケルセンから君について相談を受けた。手だてを考える前に、私自身が追われる身となった訳だが……」
おぉう、ユウリさん本人が言う通り何か訳ありっぽい。
成り行きを見守っている私とロマノフ先生の視線に気がついたのか、ルイさんがはっとした顔でこちらを見る。
「この二人の身元は私が保証致します。ですので、私の屋敷に引き取ろうと思います」
だから許可をってことだろうけど、私は首を横に振る。
それに驚いたルイさんが何か言う前に、ロマノフ先生が私の意図を察してくれた。
「ルイさん、貴方は代官として朝早くから夜遅くまで働いています。ミケルセンさんは命に関わる事はないとはいえ怪我人。貴方では世話は無理でしょう」
「それは……」
「うちにはメイドさんがいるし、怪我人の世話だったらうちのが適してますよ」
魔術も使えるのが揃ってるし、対応能力はきっと高い。
私の言葉に「よろしくお願いします」と、ルイさんが深々と頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます