書籍発売記念番外編・冒険者ギルドのマスターは今日も大きな溜め息を吐く

 冒険者ギルドのマスターなんてものをやっていると、色んな修羅場に立ち会うことがある。

 特に菊乃井という街は、去年まで全く領地の面倒も見ねぇような領主と、その下で丸々と肥え太っていた代官のお陰で、そりゃあ様々な問題が持ち込まれたもんで。

 赴任した時には黒々としていた髪に、白いものがちらほらしてきたのはそのせいに違いない。

 しかし、最近の菊乃井は打って変わって実に平和なもんで、前のように盗賊も出なければ、実力が頭打ちになってきた中堅冒険者がのびしろのあるルーキーをいじめたり等の冒険者同士の揉め事もない。

 逆に、中堅は新人に親切になり、新人は先輩に並べて皆敬意を持って接しているようにすら感じる。

 それはこの街に、住民が冒険者に対して親しみと敬意を持って接する気風が生まれたことが影響しているんだろう。

 冒険者なんてもんは、確かにロマンの塊ではあるが、裏を返せば根無し草の風来坊だし、柄の悪い奴ぁ破落戸ごろつきといっても差し支えない。

 貴族の直轄の街だと、鼻摘み者として冷遇されることすらある。

 菊乃井も、去年まではそうだった。

 変わったのは去年の初夏あたりか。

 多分、風変わりなこどもが、エルフの大英雄に連れられて冒険者ギルドの門を潜った日からだ。

 それからみる間に街の空気は変わり、手厚く冒険者を保護する政策が次々打ち出され、ギルドには初心者を育てる仕組みが導入された。

 だけじゃなく、街に新たに生まれた娯楽・菊乃井少女合唱団を通して、冒険者と街の人間が交流するようになって。自分も相手も同じ人間だと気づいたのか、互いに親しみを抱き合うようになった。

 たった一年で、菊乃井の街は、冒険者の間でとても居心地のいい街として知られるまでになっている。


「……ンだけどよ。なんでそんな街でお前らは騒ぎを起こすんだよ!」

「っるせぇっ!」

「スッ込め、オッサンッ!」


 ぼりぼりと角刈りにした頭を掻いて、深々とため息を吐くこちらに、スキンヘッドの筋肉ダルマと、スカーフェイスの厳つい男が叫んだ。

 場所は街の酒場の入り口。スキンヘッドの野郎は、ひっ捕まえた酒場のマスターのひょろい首に鋭い剣を突きつけている。

 スカーフェイスの方は、斧を構えているが、人質は無し。

 まあ、所謂立て籠り事件という奴だ。

 菊乃井はこのところ景気がいい。

 この手の破落戸が流れてきても不思議ではないんだが、基本的に悪さもせずに去っていくのがほとんどだった。

 だって道を歩けばエルフの大英雄に行き当たるし、伝説のギルドマスターに出逢うことだってざら。そうでなくても名のある冒険者が闊歩するのだ。

 自分の実力がちゃんと解る程度に冒険者としての経験を積んでいれば、この街で悪さをしようとはとても思うまい。

 そう思って立て籠り犯を見ると、若僧だわ、赤ら顔だわ、装備も菊乃井で売ってる特殊なものでもないわで。

 つまり来たばかりのニワカなのだろう。


「お前ら……知らねぇってことは幸せなことなんだぞ。悪いことは言わねぇから、とっとと投降しろ!」

「うるせぇっつてンだろっ! 金寄越せ!」

「食料と馬もだ! さもねぇと、コイツ殺すぞッ!」


 酒で気が大きくなって暴れたは良いが、直ぐに衛兵に通報されて酒場を囲まれて、奴等も引くに引けなくなっているのだろう。

 若気の至りといえば、そうだ。

 今だったら、酔った上の狼藉として、所払いくらいの罰則で済む。

 街の住人が冒険者ギルドに駆け込んで来たのも、そういう温情があってのことだろう。

 ぼりぼりと、もう一度頭を掻く。


「だからぁ! いいから、さっさと投降しろって!」


 じゃなければ、大事になる。

 そうなれば厄介なことが増えるだけだ。

 だから出来るだけ穏便に済ませたい。

 その柔らかな対応をどう思ったのか、ゲラゲラと馬鹿二人が笑った。


「オッサン、ブルッてンならお家帰って寝てりゃいいんだぜ? 早く責任者連れてこい!」

「そうそう、俺たちだって貰うもん貰えりゃそれでいいんだからよぉっ!」


 そんな訳あるかい。

 癪に障る小僧どもだが、致し方ない。

 投降しろと、もう一度口を開きかけた時だった。

 ブワッと一際強い風が吹いて、砂ぼこりが舞い上がる。

 ぴゅい~っと調子の外れた口笛に、立て籠り犯がキョロキョロと辺りを見回す。

 ああ、遅かった。

 深く息を吐くと、衛兵達も肩を落とした。


「だ、誰だ!」

「ふざけた口笛を止めろっ!」


 すると今度は高らかな笑い声が頭の上から降り注ぐ。

 それも小さなこどものそれに、立て籠り犯のスカーフェイスがばっと頭上を見上げる。


「「なんだぁ!?」」


 振り返った酒場の屋根の上には、手描き感満載のひよこの仮面を被って木刀を背負った幼児と、仮面舞踏会かと思うような派手な仮面を着けモップを携えたメイド服の少女、その横には三角を二つ並べたような小さな仮面で目元を隠して、弓に矢をつがえた少年が立っていた。

 因みに三人とも唐草模様の風呂敷をマントにしている。


「「…………は?」」


 うん、気持ちは解る。

 うっかり立て籠り犯からでた気の抜けた声に、一同同意だ。

 が、屋根の上の三人は全くお構いなしで。


「きくのいの、あいとへいわをまもるため、せいぎのししゃ・ひよこかめん、けんざん!」

「さすらいのアーチャー仮面、さん上! 悪者め、覚悟しろ!」

「お供のメイド仮面V3、推参です! 悪党は冥土に送っちゃいますよ、メイドだけに!」


 ビシッと腰に手を当てて胸を張るひよこの仮面の幼児を真ん中に、メイド少女とアーチャー少年も、やっぱり胸を張る。

 だが、ポーズが決まった後、ひよこの仮面をかぶった幼児──自称ひよこ仮面が木刀を背中からくるんと回して引き抜き、ポンポンと両手で弄んだ。


「うちゅ……じゃなかった。メイドかめん、なんかいも『メイド』っていうの、ダサくない?」

「あー……それなー。おれもそう思うぞ」

「えぇっ!? ダサくないですよぉ! それをいうなら『正義の使者』はちょっと大袈裟かと」

「んー? じゃあ、『にぃににかわっておしおきだ!』にするぅ?」

「ダメだって。そんなこと言ったら、ひよさまが『ひよこ仮面』だってバレちゃうじゃん。若さまにはナイショでやってんだから」


 いや、バレてる。

 つか、言っちゃってるから。

 はあっともう一度、深くため息を吐く。

 すると、近くにいた鬼瓦のような顔の衛兵が話し掛けてきた。


「ローランさんよ、今のうちに犯人確保すっか」

「あ、ああ。じゃあ人質は任せ……」


 「ろ」と、最後の一音を口から出そうとすると、唖然呆然から立ち直った犯人が吠えた。


「なんだぁ!? ガキはお呼びじゃねぇんだよ! スッ込んで……」

「ひとがおはなししてるのに、よこはいりしちゃだめなんだよ!」


 屋根の上から、ひよこ仮面……どうみても、ご領主・鳳蝶様の弟君であらせられる「ひよ様」ことレグルス様が、立て籠り犯二人に向かって木刀を振り下ろすようにして、空を切った。

 するとボコッとかドカッとか、木刀を振っただけでは普通起こらないような音がして、犯人の足元に大穴が空いた。


「「……え?」」


 一瞬何が起こったのか分からなかったのか、男達が二人は足元に空いた穴とひよこ仮面を三度見する。

 しかし、酔っぱらいというのは状況が正常に判断出来ない生き物らしく……。


「てめぇら! この人質が見えねえのか! ああん!?」

「武器を捨てねぇと、コイツ殺……」


 「す」と言いたかったのだろう。

 しかし、奴らが斧と剣をちらつかせた瞬間、ひゅっと風を切って飛ぶものが二つ。

 その一つは矢で、スキンヘッドが止せばいいのに示威のために掲げた剣を微粒子レベルまで砕き、そのまま壁に刺さった。もう一つは、スカーフェイスの斧に穴を穿って地面に刺さったモップの柄だ。


「おっちゃんら、こっちが話してるときは動かないのが悪者のジョーシキなんだぞ? ちゃんと守れよな!」

「そうですよ! お行儀悪いです!」


 かろうじて顔を隠してるけど、源三さんとこの奏にしか見えないアーチャー仮面と、顔を隠すなら服も変えて、ついでにメイドは止めとけ、正体隠す気があるんかいと言いたいメイド仮面こと、レグルス様付きのメイドの少女。その二人と、己の得物を見比べた犯人のが見る間に顔色を失くす。

 膝から崩れると、腰も抜かしたのか、二人して尻餅をついて座り込んだ。


「だから言ったじゃねぇか」


 つい呟くと、そばにいた鬼瓦のような兵士が労うように俺のポンポンと肩を叩いてくる。

 立て籠り事件もこれで終わりか。

 呆気ない幕引きにホッとしていると、解放された人質のマスターが、ポテポテとこちらにやってきた。

 「ひどい目にあった」と肩を回しているのを労っていると、視界の隅っこで犯人が這いつくばって逃げようとしていた。

 止せばいいのに。

 四度目のため息が出た瞬間、酒場の屋根の上から、ひよこ仮面が横に木刀を一閃させた。

 ヒュッと風を横に切り裂いて飛んだ鎌鼬かまいたちが、犯人二人の頭頂部の髪を刈り取る。


「どーこーいーくーのぉ?」

「「ひぃっ!?」」


 子供の可愛らしい声に、男二人は白目を剥いてその場に倒れた。


「もー! まだなんにもしてないのに、なんでねんねするのぉ!」

「これで五回目だな?」

「でもこれで一件落着ですね!」


 「とうっ!」と三人して屋根から飛び降りると、仮面の戦士たちは忽然と姿を消したのだった。


「調書……どうやって書いときゃいいかな」

「あー……」

「そのまま書いたら、若様が倒れそうだしなぁ……」

「いつも通り善意の協力者にしとこうぜ?」

「だなぁ」


 彼らが来ると、調書に本当のことが書けない。

 書いたら多分、あの弟を溺愛する兄君が「そんな危ないことしないで!?」と気絶するから。

 だから早いとこ投降しろって言ったのに。

 調書を提出する先の――街の新しいお代官の鋭い視線を想像して、俺は本日五度目のため息を吐いた。

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