第140話 浜辺のご飯談議

 で、なんだけど。

 氷柱がぶっ刺さった蟹とタコを、食べるとしてどうしたもんか。

 タコは内臓を除いてから塩で揉んでぬめりを取らなきゃだし。

 とりあえず食べるにしても浜から引き上げないといけない。

 そうなると人手がいるよなぁ、なんて思っていると、ガサガサと隣との境界にある植え込みから、男のひとが現れた。

 マリウスお爺さんが着ていた服と同じ柄のサルエルパンツに、真っ白なタンクトップの出で立ちに、深い海のような眼、何より顔立ちにお爺さんの面影がある。


「えぇっと、ロスさんですか?」

「ああ、蟹とタコをご馳走してくれるってジイさんから聞いて来たんだが」


 瞳と同じくらいの青さのドレッドヘア、胸板の厚さや腕の太さとかジャヤンタさんといい勝負だ。漁師さんって力仕事だもんね。

 ロスさんの言葉に頷くと、私は「あれなんですけど」と氷柱で串刺しになっている蟹とタコを指差す。

 私の指の指し示す先にロスさんは一瞥すると、おもむろに二体のモンスターに近づいた。

 そして様子を伺うように氷柱や脚を見てから、ニカッと笑う。


「やべぇな、これ。氷柱ぶっ刺さったとこから凍結してらぁ!」

「え? もしかして、食べられないですか?」

「いや。上手く刺してあるから、内臓も壊れてないし、なんつうかこのまま浜で放っておいても一日二日は新鮮なままって感じだぞ!」

「なんなんだ、その無駄な超絶的技巧は……」


 「ははは」じゃなくて「HAHAHA!」って感じで豪快に笑うロスさんとは対照的に、ネフェルティティ嬢からはドン引きしてる雰囲気が伝わってくる。

 そんなに変なことなんだろうか。ちょっと凹んでいると、それを察したのかネフェルティティ嬢があわあわと言葉を紡ぐ。


「だ、だって、私はあれに食べられかけたのだ……! それを食すなど……!」


 それは確かに怖いし、こちらの神経が分からないと言われても仕方無い。

 でもなぁ、蟹にタコだし、高級食材って言われたらやっぱり食べたいじゃない?

 それは私だけではないようで、レグルスくんがポンっと手を打った。


「れーはたべてやっつけたらいいとおもうよ?」

「そうだな。食べて血肉にかえたら、それはカニよりおれらのが強いってことだもん。やっつけたことになるだろ?」

「あ、え、そう、か? そういうものか?」


 レグルスくんの提案に、奏くんが乗って、なんだか押され気味なネフェルティティ嬢。

 まあ、言えば蟹は彼女を食べるつもりで捕まえたけど、その蟹もタコから命からがら逃げていた訳で、さらにそのタコを獲ったのは私たちだし、今この空間における食物連鎖の頂点は、一応私たちになる。

 食べないのに殺すのは、食物連鎖の道義に反するんじゃないかしら。

 つらつらとそんなことを言うと「そう、なんだろうか?」と、ネフェルティティ嬢はグラグラ揺れているようで。


「えぇっと、美味しいものは分けて食べたらもっとかなって思っただけだし、本当にダメそうなら無理しなくても」

「い、いや。食べて消化して血肉に変えて恐れを克服すると言うのも、一理あると思う」


 真面目だ。

 凄く真面目なその引き締まった唇に、彼女の覚悟が透ける。

 ならば私がやるのは一つだけだ。


「皆で美味しく頂きましょう!」


 ぐっと握り拳を天に突き上げると「あいよ~」と軽く、何故かロスさんが蟹を脇に抱える。

 そして「ふんっ!」と気合いをいれると、軽々と牛一頭はありそうな大きさの蟹を持って、先にネフェルティティ嬢を助けるために落とした鋏を拾ってから縁側へとやって来た。


「ここでいいか?」

「あ、はい」


 上がり框にドスンッと下ろされた蟹は、確かに氷柱が刺さったところから凍りついている。

 さて、どうやって食べようかな。

 しげしげと眺めていると、何やら外がガヤガヤと騒がしくなる。

 そう言えば悲鳴と轟音はいつの間にか消えていた。

 緊急事態が終わったのかも知れない。

 すると、ロスさんが肩を竦めた。


「時間切れだな」

「え?」

「ここは一応高級宿屋だからな。俺みたいな現地人がいたら、怒られるんだよ。帝国貴族御用達を売りにしてるから」

「私たちのお客さんだとしても?」

「まあ、騒ぎがあったばっかだしな」


 苦く笑うロスさんにちょっとモヤる。

 それを横目に、ひよこちゃんがひょこひょこと、落ちた大きな鋏を拾って私のところに持ってきた。

 観察してみると、身がぎっしり詰まってて、傷んでもない様子。

 なので、私はそれをロスさんに差し出した。


「少ないですが、これをマリウスお爺さんと一緒に召し上がって下さいな」

「いいのか? 爪なんて身がぎっしり詰まってて旨いのに」

「だからです。ご馳走するって言ったのに出来ませんで、申し訳ないです」

「いやぁ、俺はたまたま行きがかっただけだしなぁ」

「でもお爺さんには色々教えていただきましたし」


 遠慮するロスさんに、ひょこひょことひよこちゃんが近付く。

 「おじいちゃんとたべて?」と下から見つめられて、ロスさんは観念したようで。


「解った、ありがたく受けとるよ」

「はい!」


 蟹爪を抱えると、爽やかに笑ってロスさんは生け垣の中へと消えていた。

 ガヤガヤと大勢のひとの気配がする。

 と、ぴょんぴょんと跳び跳ねるようにして、縁側とは正反対にある玄関から、ござる丸を背に乗せたタラちゃんが戻ってきた。

 後から誰かがドタドタと走って部屋に入って来る。

 その音に驚いて玄関の方を全員で見ると、メイド服を着た、ふくよかで羊角のあるおばさんが飛び込んできた。


「ネフェル様!!」

「ばあ、や……?」


 ばっとネフェルティティ嬢が立ち上がる。

 感動の再会ってやつかしら?

 大股で駆け寄るばあやさんに、ネフェルティティ嬢もばあやさんの胸に飛び込むように抱きついた。


「お、お怪我は!? どこか痛いところは!?」

「ば、はあやこそ! ばあやこそ無事で……!」


 ぎゅっとネフェルティティ嬢を抱き締めながら、ばあやさんが嗚咽する。

 抱き締められたネフェルティティ嬢も、おずおずとばあやさんの身体に腕を回すと、ぐすりと鼻を鳴らした。

 と、そのばあやさんの後ろからロマノフ先生やバーバリアンの三人が、部屋へとバタバタ走り込んでくる。

 ロマノフ先生やカマラさん、ウパトラさんは怪我もなく、少し髪が少し乱れた程度だけど、後に続くジャヤンタさんはちょっと苦しそうで。

 よくよく見てみると、ジャヤンタさんは背中に人を背負っているみたいで、その後ろからも二人ほど肩を組んで着いてきてるのが解る。


「鳳蝶坊、ちょっと頼みたいんだけど」

「どうしました?」

「さっきの蟹の襲撃で重い怪我人が出た」


 回復魔術なら得意です!

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