第78話 はじめの一歩を踏み出すために

 私と祖母の間で行方知れずになった美形遺伝子さんは兎も角、私と祖母と母は確かに血の繋がりがあるようだ。

 髪とか目の色がまるで同じだもん、否定のしようがないよね。

 とりあえず、肖像画に傷が付かないように埃を魔術で払って貰うと、ロマノフ先生やヴィクトルさんの手を借りてそれを掲げる。

 綺麗になったサンルームは、生前の祖母が好んだ状態になったろうか。

 まあ、過ごしやすくなったのは確かなので、部屋からタラちゃんを連れてきて虫籠から出してやる。すると跳ねるように飛び出して、辺りを伺うようにしてから、天窓の近くに巣を張り始めた。

 タラちゃんは子供の顔くらいの大きさだけど、だからって巨大な巣を張るわけではないようで、小ぢんまりと六角の糸を張り終わると、そこから糸を使ってサンルームの中を冒険する。絶対に肖像画には糸を触れさせないようにしている辺り、本当に賢い。


 「ところで、タラちゃんの餌は?」

 「あー……禍雀蜂テンペストキラービーやら大毒蛾ポイズンモスだそうです。一度ご飯を食べたら、一年くらいは食べなくても良いらしいですけど、そんなわけにはいかないかなって」


 私だって三食食べるのに、必要がないからって一年に一回とかはどうかと思う。

 ちょっと痛いけど布を調達する必要経費として、冒険者ギルドにタラちゃんの餌を調達してもらうように依頼をだそうか。

 そう伝えると、ロマノフ先生とヴィクトルさん、ラーラさんが円陣を組んでゴニョゴニョと話始めて。

 「そろそろ……」とか「でも運動苦手だし……」とか、多分私のことを言ってるんだろうってのが解ったけど、とりあえず黙っているとやがて三人が顔を上げた。


 「では課外授業です、タラちゃんの餌を調達しに行きましょう」

 「えーっと……?」

 「幸い禍雀蜂テンペストキラービー大毒蛾ポイズンモスも、菊乃井のダンジョンにいますしね。鳳蝶君もそろそろダンジョンや戦闘を見学しても良い頃合いでしょう」


 きょとんとした私がロマノフ先生の言葉に頷けずにいると、横合いからロッテンマイヤーさんが口を挟んだ。


 「お待ちください、先生。若様はその……」

 「戦闘には向かないとは言っても、モンスターがそれを考慮してくれるわけではありません。まして菊乃井はダンジョンを領地に抱えている以上、モンスターの大繁殖による氾濫が起こる懸念があります。それが起こったとき討伐の指揮を取るのは鳳蝶君かもしれない。得意じゃないからやらないで済ませられるほど、平らかな環境ではありません」


 きっぱりと言い切るロマノフ先生の横顔は、いつもの様に柔和な物でなく、少し厳しい。それにロッテンマイヤーさんが息を飲んだのを察して、ヴィクトルさんとラーラさんが間に入ってくれた。


 「まあまあ、そりゃいきなりでビックリだよね。でもさ、いずれはやらなきゃいけないことだし。幸いあーたんは付与魔術がかなり使えるから、防具とかきちんと準備していったら、怪我なんてしないと思うよ」

 「そうそう。アリョーシャだけじゃなく、ヴィーチャやボクも一緒に行くしね。菊乃井のダンジョンは初心者に優しく出来てるから、何だったらピクニックに行くくらいの気持ちで大丈夫さ」


 安心させるように軽く肩を叩くラーラさんに、ロッテンマイヤーさんの八の字になった眉が、少し戻る。

 と、今度はレグルスくんが手を上げた。


 「れーも! れーもいく!」

 「レグルス様、お兄様は遊びに行くんじゃないんですよ。レグルス様は宇都宮とお留守番してましょうね?」

 「やー! れーもいくのぉ!」


 レグルスくんが地団駄を踏んで珍しく自己主張する。

 菊乃井に来る前から、レグルスくんは聞き分けが良くて我が儘らしい我が儘を言わない子だったらしいし、普段はジタバタ駄々を捏ねたりはしない。

 「いけません」と言われれば、多少は残念そうな顔をするけれど、それだけで後を引くことなんてないのに。

 どうしようか考えて、レグルスくんの手を握る。


 「あのね、遊びに行くんじゃないし、どっちかって言うと楽しくないし、怖い思いをするかもしれないんだけど……」

 「やーだー! れーもいくのー!」

 「うーん、お家でお留守番してて欲しいんだけどなぁ」

 「いーやー! れーもいきたいー!」


 じわっと涙目でジタバタするとか、本当に珍しい。こんなのは初めてで、ロマノフ先生に助けを求めて視線を向けると、先生は小首を傾げた。


 「構いませんよ。ピクニックみたいな物だと言いましたし、なんなら奏くんや源三さんも誘いましょうか」

 「ふぁ!?」

 「ただし、準備はきっちりしていきましょう。それから冒険者ギルドに行って、初心者指南講座も受けて、冒険者の仕事とはどんなものか学びましょうね」


 いいの!?

 だってダンジョンに潜るんでしょ!?

 危ないじゃん!

 びっくりしていると、ラーラさんとヴィクトルさんも、首を縦に振る。


 「まあ、ボクらがいて踏破出来ないダンジョンじゃないし」

 「そうそう。何だったら最下層の見学もさせてあげられるよ?」


 気負いない言葉にはっとする。

 そうだった。先生たちは国家認定の英雄で、目茶苦茶強かったんだっけ。

 野良仕事したり鶏追いかけたり、雪合戦したり泥遊びしたり、私が教えたオクラホマミキサーやらジェンカ踊ったりしてる姿のが身近だったから忘れてた。

 それはロッテンマイヤーさんや宇都宮さん、エリーゼもそうだったらしく「そういえばぁ、先生がたってぇ、お強いんでしたねぇ」とかほえほえ頷いてる。

 てか、エリーゼの気配の消しっぷりは宇都宮さん以上に上手い。

 その「ああそう言えば」的な視線にいたたまれなくなったのか、ロマノフ先生が咳払いを一つ。


 「ええ、まあ、そう言う訳ですので、菊乃井ダンジョンツアーを課外授業として開催します。お弁当持っていきましょうね」

 「勿論、現地で手を加えて食べられるものでも構わないんだけど」

 「参加者はボクとヴィーチャとアリョーシャ、まんまるちゃんにひよこちゃん、それからカナと源三さんで決まり?」

 「う、宇都宮もレグルス様の守役として参加します!」


 ラーラさんの言葉に、宇都宮さんが手をあげる。それに頷くと、改めて人数をロッテンマイヤーさんが確認して。

 丁度仕事に来た源三さんと、勉強兼遊びに来た奏くんに確認を取ると、二つ返事で参加してくれることになった。


 「さあ、では鳳蝶君。付与魔術のお勉強も兼ねて、君やレグルス君、奏君の防具を作りましょう」

 「はい!」


 ダンジョンに行くのは二週間後。それまでにどれだけの物が作れるだろうか。

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