第59話 商談はアフタヌーンティーの後で(後)
私が「これ、商売にならないかな?」と思い付いたのは、マリアさんの手紙が着いた今さっき。
法律の上奏が行われたのは、数日前。
そしてイゴール様の知る私は、何やらこだわりの強い職人。
実際の私は職人ぽいところもあるけれど、それより実は実利優先。
イゴール様は、私が職人として自分を利用しに来たイゴール様を警戒したものだと思い、私はまだ営業してないけど大貴族による営業妨害を警戒した。
「そりゃ噛み合わないよね」
「ですね、疑って申し訳ありませんでした」
「いやいや、産業にしようと思ってたところに大貴族の話なんかしたらそうなるよ。だけど逆に言ったら、君でさえそんな警戒を抱くほど大貴族の搾取は酷いってことだろう」
「まあ、聞き齧りですが」
ロマノフ先生の座学でそんな話を前に聞いたことがあって、それがこびりついてたんだろうな。
ロマノフ先生は実物を知っててそんな話をしてくれたんだろうけど、聞いただけの私が大貴族とはそんなものだと思い込むのは単なる偏見だ。私ったら視野が狭いんだから。
反省会は後にして。
イゴール様は『材料がない』って、私が献上を断るだろうと予測して、次男坊から打診が来る前に協力要請に来たそうな。
「法律の趣旨を説明すれば、一も二もなく協力してくれるかなって思ってたし、ちょっとくらい言葉遊びに付き合って貰えるかと思ったんだけど。間が悪かったね」
「ああ、はい。その……アレな姿を見られたので、こちらもちょっと気が立ってました。大変失礼を」
「じゃあ、おあいこってことで。……それで単刀直入に聞くけど、材料があったら協力してくれるのかい?」
「それは勿論」
断る理由がない。
と言うか、つまみ細工を流行らせて、需要を大きくしたいこちらには渡りに船だ。
それに他にも特許取りたいものがあるから、恩を売るじゃないけど小指の爪先くらいの貸しにはなるだろう。
色んな打算を私から感じ取ったのか、にまりとイゴール様が笑う。
「じゃあ、決まりだね。材料は何とか用意するよ。それから協力者として君のお家の存在も、皇帝や皇后に知らせるようアイツに伝えておくよ」
あ、そりゃまずい。
私の出来ることを両親にしられたら、それこそ搾取の対象になる。だから思い切り否定系に首を振った。
「家名は売られたら困ります!」
「え? なんで?」
「私、両親とは断絶状態なんで! 何かお金になりそうなことしてるってバレたら、取り上げられちゃいます!」
「おぉう、心暖まらない関係だね。そこもアイツと共通か……」
いや、全く。
つか、親と仲良しこよしな貴族の家なんてあるんかいな。
アイツと共通って言うと、次男坊も親とはさぞ仲が悪いんだろう。
少しシンパシーを感じていると、イゴール様が首を傾げた。
「じゃあ、産業を起こすってどうやるつもりなの?」
「えぇっと、その、具体的にはまだ何も……いや、最初は私が作った物を貴族相手に売りつつ、そのお金で職人さんを養成して……とか考えてたんですけど……会社を起こすっていうか」
「会社ねぇ……」
「地元の人を職人として育成して、会社が大きくなったら、事務とかにも地元の人を雇えば、菊乃井の領民に還元出来るかなって……」
ぼしょぼしょと話す声に力が無くなっていくのは、それがかなり難しい事だと感じるからで。
勢いで「これなら!」って思ったけど、事業計画も資金もないのに、何で上手く行くって思ったんだろう。
ちょっと恥ずかしくなってきて俯くと、ぽんぽんと頭を大人よりも少し小さな手で軽くつつかれる。
顔を上げるとイゴール様が、優しく目を細めていた。
「……その意気や良し、だよ。まあ、そうだな。とりあえず、会社名決めちゃいなよ。そっちを宣伝してあげるから。あと、資金? それも何とかなるだろうしさ」
「うぇ!? でも……」
「君さ、それ閃いた時『商機だ!』って思ったんでしょ? なら大丈夫。僕の加護がきっちりお仕事するさ」
イゴール様の加護は、商機を見いだせば運や流れを引き寄せるらしい。
言ってしまえば、私がこのタイミングでつまみ細工をちょっとした産業にしようと思ったのも、次男坊に着けた加護が仕事をした結果で、妃殿下の話がマリアさんから入ってきたのは、私に着いた加護が上手いこと結果を出したせいなんだそうな。
「なんだっけ? 『バタフライ・エフェクト』って言うんだっけ。ちょっとした小さなことが、巡り巡って大きな事になるの。僕からしたら、君らにつけた加護なんて、まさに蝶々の羽ばたきくらいのものでしかないのに、この国では大きなうねりになろうとしてる」
「バタフライ・エフェクト……」
確か『カオス理論』の一種かなんかで「ブラジルで蝶が一匹羽ばたくと、それはテキサスで嵐になるかもしれない」とか、そんな話だっけ?
『俺』の親友が好きそうな言い回しだったから、親友が考えた説明方だと思ってたら、実際の学者さんもこんなようなタイトルで講演なさってて驚いたんだっけ。
詩的な言い回しだと思います、はい。
それは兎も角、バタフライ・エフェクトなんて言葉がこの世界にもあったのか。
なんて思ったら違うらしい。
背後から「アリョーシャ、『バタフライ・エフェクト』って知ってる?」「いや、ラーラは?」「聞いたこともないよ」とか、エルフ三人がこそこそ話してて。
それを横目に、奏くんが「はーい!」と元気に手をあげた。
「神さま、それどういういみ?」
「ああ、確か……ここで蝶々が羽ばたくと、世界の裏側では嵐が起こるかもしれない……みたいな。ようはとるに足りない小さなことでも、巡り巡って何か思いもよらない大きなことになるかもしれない、そんな意味だったかな」
「ふぅん、よくわかんねぇのがわかった!」
「そうか。まあ、大したことじゃないよ。異世界の理論らしいから」
なんですと!?
衝撃の言葉に、奏くんとレグルスくん以外、皆固まる。
「異世界の……?」
「そ、異世界の。生まれつき異世界の記憶がアイツにはあるらしくてね。そんな話をしてて、こういうことかって思ったんだよ」
なんてこった。
私と同じく『前世』の記憶持ちか、人格そのままで転生しちゃった人かは知らないけど、やっぱり他にもいるんだ。
どこの異世界だろう。
もし『バタフライ・エフェクト』を知ってるなら、同じ世界だろうか。それなら、もっと協力しあえるかも。ついでに日本人で、死んだ年代が近いなら、更にありがたいんだけど。
少し迷ってから、私はロッテンマイヤーさんに、厨房からカレー粉を持って来て貰うことにした。
ロッテンマイヤーさんが厨房に行っている間に、私は一般的なカレーの作り方を『日本語』と、こちらの言語で紙に
それを添えて、消毒されたガラスの小瓶に入ったそれを、イゴール様にお渡しして。
「これは?」
「カレー粉です。使い方は、その紙に書いてあります。これを次男坊さんにお渡し下さい。異世界の知恵のある方なら、これの使い方が分かるはずです」
「ふぅん……まあ、良いよ。引き受けた」
「それから、会社名は『Effet《エフェ》・Papillon《・パピヨン》』です。今、決めました」
「意味は?」
「異世界の言語で『バタフライ・エフェクト』を指します。それもお伝え下さい」
「心得た。では商談もまとまったところで、僕はアイツに言伝して材料を調達してくるよ」
「承知致しました」
お高い紅茶を飲み干すと、すくっとイゴール様が立ち上がる。すると、そのお姿が段々と霞んで、一瞬光ると、もうそこには誰もいなくて。
まだ少し温度を残す紅茶のカップだけが、そこに誰かがいた証だった。
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