第57話 万病の元とはよく言った
はい、久しぶりに倒れた菊乃井鳳蝶(後もうちょっとで六歳)です。皆さん如何お過ごしでしょうか。
私は今、自分のベッドの上でカボチャパンツ一丁で、ムニムニとお顔やら、ぶにぶにのお腹を揉まれております。
どうして、こうなった!?
いや、倒れたからですよね。解ります。
「まんまるちゃん、眉間にシワが寄ってるよ。リラックスして」
「ひゃい」
無理です。
たぷたぷの顎を細い指が、いい香りのするオイルをまとって、ぐにぐにと無駄肉を揉み込む。
唐揚げのお肉になった気分だけど、ラーラさんごめんなさい。脂身ばっかりの私じゃ、どんなに揉み込んでも美味しくならないです。
まあ、ねー。
難しいこと考えたせいで、やっぱり私は例のごとく倒れた訳ですよ。
それで今回はいつもより早く三十分くらいで目が覚めました。これは魔素神経を鍛えた成果ってやつだと思うのよ。
で、目を覚ますと阿鼻叫喚が待っていた。
まずレグルスくんがひよひよ泣いてて、そのレグルスくんを抱っこしながら奏くんが真っ青。
『おぼえてって言われたことは、ちゃんとつたえた! だいじょうぶだからな!』
そう言って見上げたロマノフ先生とロッテンマイヤーさんは、重々しく頷いてくれた。
なら、多分メモとかしてくれてるだろう。
ほっとしてるとヴィクトルさんが頭から爪先まで、魔術でスキャンしてくれて。
お陰さまで見つかったのが肩凝りと冷え症。それから肩凝りから来る偏頭痛。
そしてラーラさんの言うことには、私が癇癪を起こしやすかったのは偏頭痛持ちだったからじゃないか、と。
『頭が痛いのと肩凝りの痛みを上手く訴えられずに、それがストレスになって、ヒステリックになっていたのかもしれないね』
そんな推論に崩れ落ちたのがロッテンマイヤーさん。
結局、冷え症も肩凝りも肥満が関係している。
病で死にかける前の私は、食べてる間だけは幸せそうだったから、過食を強く止めなかったんだそうな。
せめて憂さ晴らしになればってのが、仇になってしまったんだよね。
本当にこどもを育てるのって難しいわ。
落ち込んだロッテンマイヤーさんを慰めるって訳じゃないけど、ラーラさんによれば、貴族の子女で私と同じ理由で肥えてる子は多いそうだ。
境遇が不憫だから、少しだけおやつを増やしてあげる。その心にあるのは優しさだけど、本人の質によればトータルで悪い方になりやすい、とか。
私は質の良くない方のテンプレートだったわけ。
しかし、そのお陰で過多ではあったけど、ちゃんとバランスよく栄養素を摂ってた側面もあるそうで、だから私のお肌はもちもちのぷるんぷるんなんだそうだ。
で、今ここ。
私は肩凝りと冷え症解消のための、オイルマッサージの施術なう。
気持ち良いんだけど、改めて
特にお腹の無駄肉を摘ままれた時には、あまりにも恥ずかしくて、穴があったら入りたい気持ちだった。まあ、穴なんかないし、カボチャパンツ一丁で逃げ出せるほどの勇気もないんだけど。
とにかく、こういう施術を受けてるときに、客観的に自分の姿を思い浮かべたら魂が飛んでいきそうだ。なので無の境地。
出来るだけ天井には染みはないから、シャンデリアについたガラス玉の数を数えるようにしていると、ラーラさんの指が、今度は頬を揉む。
「ねぇ、まんまるちゃん」
「ふぁい?」
「さっきの話だけど」
「ふぁー?」
「職人の養成と、技術の保護。後は利権の保護と、そのための法整備……。まんまるちゃんは何がしたいのかな?」
何がしたい、と言うか。
私の持っている手芸の技術で目新しい物を、領民の内職に出来るように広めて行きたいだけなんだけど。
だけど、科学がそんなに進歩していないこの世界、どんなものも大量生産は難しく、手作りにならざるを得ない。だからこそ技術者や職人さんが大切なんじゃないかと思う。
特に目新しい技術なんかは生み出すのも大変なら、受け継ぐのも大変。育成コストもバカにならなければ、そもそも技術を技術として確立させるのも大変な訳で。
「つまり、技術を独占する法律が作りたいのかい?」
「いえ、逆です。広く広めて貰って構わない。寧ろ、そうなって欲しい。だけど技術を確立させるために払ったコストを、技術者や職人には納めてやって欲しい。ただそれだけです。何をするにも元手はかかりますから。敬意だけで、ひとは生きていけない」
「なるほど……」
「それに、目に見える報酬は次への意欲に繋がります」
そうやって技術は発展していく。
そのためには技術を生み出す技術者や職人に対して対価を支払うことを約束させ、もしくは対価を請求する権利を保証する、或いは職人や技術者自体を保護する法律が必要なのだ。
だが、これは菊乃井だけの領地法ではなく、国法でなければならない。そうでなくては、菊乃井以外の地で菊乃井の技術者や職人を守れないからだ。
前世、ヴェネツィアングラスと言う、とても美しいガラス工芸があった。
その美しい工芸を産み出す技術が漏れ出すことを恐れた権力者は、それを産み出す職人たちを一つの島に強制的に移住させ、出入りを厳しく監視し、この技術の保護と独占を行ったそうな。
しかし、それでもヴェネツィアングラスの技術を欲した他国に、職人が連れ去られることさえあったと言う。
「私は菊乃井の職人たちにそんなことは課したくないし、強制的に連れ去られたなら法によって取り戻すことも辞しません。どんなに大きな家とだって、正当な手段で戦ってみせる。でもその前に技術を独占せずとも、職人やその保護をする家にお金を払えば済むようにすれば、不毛な争いもせずにすむでしょう?」
「まあ、確かにね」
ヴェネツィアングラスの固有名詞に戸惑ったようだけど、「異世界の工芸品」で納得してくれた辺り、ラーラさんも私が姫君から異世界の知恵を授けられていると、ロマノフ先生から聞いているようだ。
で、問題はその法律のこと。
こう言うのって特許法って言うんだっけ?
前世の『俺』は確かに公務員だったんだけど、特許法とか畑違いすぎてよく解んないんだよね。
公務員って法律に強そうなイメージだけど、実は自分の所属部署関連には割りと強いけど、それ以外はからっきしだったりする。因みに『俺』の得意分野は福祉だったり。
三十路まで生きてても、ふらふら生きてた奴の知識なんてこんなもんですよ。
親友が「ラノベ」って小説を読んでて、設定とか教えてくれてさ。
その中で現代の知識を持っててタイムスリップだかトリップだかして無双するってのがあったけど、実際転生しても中途半端な知識だとこんなだよ。
何の役にもたちゃしない……なんて言ったらバチがあたるな。
少なくてもその知識で今の『私』はご飯食べられたり、周りの人がいかに大事にしてくれてるか、知れたわけだもん。
生きてるだけで丸儲けな上に得してるよ。うん。
それよりも、だ。
特許法だかなんだかな法律が欲しい。
それってどうやったら作れるんだろう。
眉間に寄ったシワを伸ばすように、ラーラさんの指が額に触れてぴたりと止まった。
施術が終わったのかと仰ぎ見た顔に、何だか警戒の色が滲む。
ひやりと、部屋の空気が変わって、ラーラさんが私の脇に手を入れて抱き起こしてくれると、そのまま抱えられてベッドから走り出す。
何が起こったのか目を白黒させていると、ラーラさんの脚が急に止まる。
「まんまるちゃん、何かくるよ!?」
「え? は? なんですか!?」
ぎゅっと私を庇うように抱き締めるラーラさんの頭上、ぐるぐると真っ白な渦が出来たかと思うと、カッと辺りが光って────
「それ、なんとかなるかもよ?」
キラキラと室内なのに星が降る。
天井からは渦が消え、代わりに羽の付いたサンダルに、銀の巻き毛と逆巻く白衣の裾。
「やぁ! 久しぶりだね」
「い、イゴール様?」
「カボチャパンツ、似合ってるよ?」
言うまでもなく私は悲鳴をあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます