第50話 緩やかな変化
季節は巡って、晩秋。冬の足音が直ぐそこまできている。
カレーが出来てからと言うものの、スパイスを使った料理が食卓に並ぶことが増えた。
料理長のカレー研究の一貫だそうだけど、私を始め美味しいものが並ぶなら全く問題ない。ヨーゼフやエリーゼも手を取り合って喜んでた。
こどもカレーの方はレグルスくんも食べられるくらいの甘口だから、出てくると「おいち!」とほっぺに手を当てて喜びつつ、いつもより沢山食べるし、お代わりもしているくらい。
ロマノフ先生に至っては、ヴィクトルさんに連絡して、率先してスパイスを買ってくれるほど気に入ったそうだ。
お陰で街の食堂のフィオレさんにもレシピと一緒にカレー粉を回せるほど、スパイスは潤沢で。
街と言えば、菊乃井はあれから税金を格安にしたことと、ちょっとした美味しいものが食べられるようになったのが合わさって、少しずつ冒険者さん達が滞在してくれるようになったそうだ。
レシピを渡しに行くのを兼ねて街を訪ねれば、ローランさんがそう教えてくれた。
季節が巡るのと同じくらいゆっくりだけど、菊乃井は少しずつ良くなっているのかもしれない。それは私の希望的観測ってやつかもだけど。
街が変わるのと同じく、菊乃井の屋敷にも変化はある。
九の月の中頃に植え替えた白菜が、順調に大きくなって、後もう少しで収穫の時期になりそうだ。
源三さんの提案で、庭の土で育てた苗と源三さんの畑で育てた苗を、うちの庭と源三さんの畑で育てることにしてみたんだけど、どうも源三さんの畑で作ってる分は小ぶりになってしまってるらしい。
反対にうちの庭に植えた、源三さん宅の畑の土で育てた苗は、最初は育ちが悪かったけど、今ではうちの土で最初から育てたのと
「やっぱり土ですかのう」
「うーん、土ですかね」
「こちらのお庭の土で育てた苗を、ワシの畑に植えたのも余り大きくならんですじゃ」
この庭の土は私が弄ってる土で、私には「緑の手」があるから、それが作用してるのかもだけど。
まあ、野菜は味だしね。
大きく育っても、味が大味だったりすると意味がないもん。
「とりあえず、収穫して食べ比べないとですね」
「ですなぁ。ワシの畑は最近上の孫が手伝ってくれてますじゃ」
「そうなんですか」
「弟と折り合いが益々悪くなりましてのう。逃げてきておりますじゃ」
土を確かめるために屈んでるからだろうけど、いつも
何だか
「弟さんとそんなに仲が悪いんですか?」
「いやぁ、あれは弟と言うより親との仲かもしれませんな。何せ弟が小さいから、何をしても兄を叱るもんで。親からすれば先に生まれた分、兄の方が親の話が解るだろうから、解る方へ注意した方が早いと言うだけのことなんでしょうがの。自分が悪さした訳でないことまで小言を聞かされますと、いじけるのは当たり前ですじゃ」
「それはご両親には?」
「二人とも頭では解っていても、どうしても兄の方に『何故解ってくれないんだ』と思ってしまうそうで」
「はあ、でもお兄さんはお兄さんになりたくてなった訳じゃなく、お兄さんがお兄さんになったのは大人の都合じゃないですか。選ばせてくれなかったのに、都合だけ押し付けるのはいかがかと……」
「これは耳の痛い話ですなぁ」
源三さんが苦笑いする。
よく、こどもは親を選んで生まれてくるとか言う人がいるけれど、私はあれはないと思う。
こどもは親を選べないし、親だってこどもを選べない。
ただし、親には親にならないという選択肢がある。
そういう意味なら親は子を「生かす」・「生かさない」という選別、つまり選ぶことができるのだ。
翻って胎児は自殺できない。
だいたい親が選べるなら、うちの両親を選ぶとか、私はどんだけ苦行が好きなんだって話じゃないか。
……いけない。
これは私の
素直にそう謝ると、「なぁんも」と、源三さんは朗らかに笑う。
「それより」と指差されて、腰の付近に視線を落とすと、レグルスくんが私のブラウスの裾を引いた。
上目遣いにこちらを見る目には、うっすらと涙の膜が張っている。
「えー……なに? どうしたの?」
「にぃに、れーのにぃに、いや?」
「んん? 嫌じゃないよ。なんで?」
「だって……『なりたくてなったんじゃない』って」
「えー……今のお話、解ったの!?」
「ちょっとだけ」
あらやだ、ちょっと、私の弟、
どうやらちょっとだけ、私と源三さんの話の内容が解ったらしい。
ただ、解った部分が少しだけだったのと、デリケートな箇所だっただけに、レグルスくんのなかで何か違う理解の仕方になったようだ。
ふわふわ金髪を撫でると、ぐすっと本格的に
「レグルスくん。今のお話はね、私とレグルスくんのお話じゃないんだよ」
「ちがうの?」
「違うよ。それに私は、レグルスくんのお兄さんになりたくてなったんだもの」
「ほんと? れー、いらなくない?」
「要らないとか要るとかじゃなくて……」
要る・要らないとか、そんなことで括ったり出来ない。
「君はね、私の宝物だから」
「れーも! れーも、にぃにだいじ!」
涙と洟でぐしゃぐしゃの顔で、にっこり笑ってレグルスくんが飛び付いてくる。
最近、レグルスくんは背が伸びて、体重もちょっとずつ増えてきたから、受け止め損ねてふらつくのを、源三さんの手が支えてくれた。
持ってきたハンカチで涙を拭いて、鼻をちーんとしてやると、レグルスくんがすりすりと頬っぺたを寄せてくる。
今日も弟が可愛くて幸せです。
ぎゅっぎゅとくっついていると、ガサガサと中庭の植え込みが揺れる。
微笑ましげに見ていた源三さんがそちらに視線を向けると、植え込みの間から宇都宮さんが現れた。
「若様。お客様がおみえですのでお戻り下さいませと、ロッテンマイヤーさんが……」
「お客様?」
「はい、ロマノフ先生が今お相手なさってまして。えっと……しょ、ショスタコーヴィッチ様と……」
ヴィクトルさんがやって来た!?
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