1-6話 21人目の挑戦者
──入学式だけでなく、下校時も初日から波乱続きだ。
長時間続いた入学式が終わり、クラスのホームルームが始まるまでの間、俺は洋式トイレにこもっていた。
入学式途中で『力』が突然発生することはなかったが、川間さんに気付かれそうになり、少々は焦りもあった。
もし新入生達の個別で氏名の読み上げがあったり、新入生宣誓の挨拶代表に菜瑠美が選ばれてたら、確実に菜瑠美のことばかり考えていた反動で、輝き出したかもしれない。この2つがなくて俺にとっては助かった。
改めて手のひらを見つめなおす、一体この『力』は何を秘めてるのか? 俺は菜瑠美みたいに『力』を扱いこなせるのか? それすら不安になってきた。
公園で菜瑠美が使っていた『力』をここで自らの手で試してみたいが、トイレの場所自体狭いし、俺がいる個室だけ明るかったら何か怪しく思われる。
そう考えてた中、トイレに誰かが入ってくる。しかも、喋り声も漏れなくついている。
「男子トイレで他に誰もいないからできる話だけどさ、俺達のクラスにいる天須さん、とてつもなく可愛いよな? 俺、漫画やアニメに出てきそうなでっかい胸した女の子初めて見たぜ」
「同感だ。まさかうちのクラスにリアルロリ巨乳と綺麗な脚を合わせ持った女子生徒がいるなんて、とても思ってもなかったさ。ああいうのをチート美少女というんだ」
話を聞く限りだと1年7組の男子生徒らしき2人が、菜瑠美の噂話をしていた。さすがに菜瑠美のことである以上、気になるばかりだ。
ついでに顔も見たい所だが、彼らは背面中でもあるから今は声だけで察しよう。
「でも、天須さんは確かに容姿端麗なんだけど、何か近寄りがたいイメージあるんだよな」
「なんかそれわかる。天須さんずっとクラスメイトと全く話すことなく、机に座って頬を右手に当てて窓から外を眺めてたな」
クラスの違う俺にとっては、菜瑠美が7組の教室内で何をしていたかという話を聞けるのは、ありがたいことだ。1人でいたいのか、それとも俺とクラスが違ったことにショックなのか?
「まさか、天須さんには既に校内で好きな人がいたりするんじないのか?」
「入学したばかりでさすがにそれはあり得ないだろ、まあ今後以降もそんな奴いたら俺が許さない!」
実はいるんだよな……ここに入学式前に菜瑠美と出会って唇を奪われた上に、よくわからない『力』までも持ってしまった俺が。これじゃ菜瑠美のいる7組には近づけそうになさそうだ。
「俺はただ菜瑠美が気になってるだけで、敵を作るために学校に来てる訳ではない」
7組の生徒2人が立ち去り、ホームルームの時間も迫ってきたし俺もトイレから出るか。一応トイレには入ったし、手だけはしっかり洗っとくか。
「前にいるのは、柳先生?」
「あら、影地くんじゃない? ホームルーム始まる前にトイレで隠れてたなんて?」
トイレから出たら、4組の教室へと向かっていた柳先生とすれ違った。別に隠れた訳でトイレには行ってないし。
入学式では遠目でしか見えなかったショートボブに髪を結びつつ、リクルートスーツ姿にタイトミニスカートとハイヒールをはいた柳先生を間近で見たら、校門と会った時と比べて雰囲気が大分異なっていた。
大人の風格はさっきより持ってるけど、やはり胸は小さいしスーツでもあるから就活中の大学生にしか見えない。
「影地くんまた何か隠し事してるでしょ! 昭和最後の日に生まれて、15歳であるあなたの倍の年齢である私を甘く見ないでよね!」
「は?」
昭和最後の日って1989(昭和64)年1月7日、それに俺の倍の年齢……嘘だろ柳先生今30歳かよ! 若そうな見た目に反して意外と年いってるんだな、三十路ということはつまり柳先生っておばさんじゃねーか!
「ず、随分と若く見えますね……」
「あらそう。今ここで私の年齢をばらしたこと、他の生徒達には内緒よ。わかったね!」
さすがに30の大台になったら歳をばらせる訳ないだろ、なんていうか俺はこの先生とはやたらと縁があるな。まあ担任になったのだから仕方ないし、1年間の辛抱だ。
◆◇
「今日はおしまい、皆さん1年間宜しく頼むわよ!」
「起立! 礼! さようなら」
クラスのホームルームが終わり、俺は教室でカズキや川間さんと共に柳先生について少し話をしていた。
「うちの担任は生活指導員兼女体育教師か、しかも教師でありながら貧乳だしなー、例の子みたいに胸大きかったらよかったのに」
「柳先生、なんか影地くんとのことよく見てたよね」
「令、もしかして柳先生が君のこと興味持ったんじゃないのか?」
「そんなことあるか? あくまでも担任と生徒の関係だぞ」
既に俺は2度柳先生と個別で会ってるし、目をつけてくるのは無理もない。明日以降も今日のようにばったり会わないことだけを祈るか。
「さて、僕達も今日は学校から出るか。令はこの後どうするんだ?」
「せっかく仲良くなれたんだから、ワタシ達とご飯食べに行かない?」
「誘ってくれてありがたいが、今日の俺なんか色々あって学校終わったら直帰すると決めてたんだ。すまないな」
確かに今日出逢った友達からの誘われ事は嬉しいが、今そんなことしてる場合ではない。早く菜瑠美を探して『力』について説明してもらわないといけないが、まだ校内にいるのかな……。
◇◆
とりあえず下駄箱前までは、カズキや川間さんと行動するか。上履きからスニーカーへと履き替えた。
「おいおい、今彼女の18連勝中だぜ」
「このまま学校にいる男子全員を振るって可能性があるかもな」
正門付近で何やら校内の男子達が大勢集まっていた。何の連勝記録かと気になって様子を伺ったが、そこには菜瑠美がいた。
どうやら、話によると菜瑠美に一目惚れしていきなり告白を申し出た男子や、部活からマネージャー或は即戦力としての誘いのことだった。
連勝数は菜瑠美が振った数を示しているようだが、入学式の時にあれだけ存在感を持っていたんだ。同級生だけでなく、先輩達も菜瑠美の的になったという訳か。
「きみきみ、野球部のマネージャーにならないか?」
「いいや、美しいあなたこそ私と共に演劇部の一員として目指そう」
ま、菜瑠美みたいな美少女はどっからでも来るだろうな、この人達も俺から見れば結果が見えている。
「お誘いはありがたいですが……ごめんなさい……あなた達にも興味が沸きません……」
「嘘だ!」
「何故だ……私達のどこがいけないんだ……」
野球部員も演劇部員も駄目、これで菜瑠美の20連勝という訳か。菜瑠美も嫌そうな顔してそうだし、すぐに学校から離れたい感じもしている。この流れで最後に俺が行くべきなのか?
丁度俺は菜瑠美を探していたんだ。今は会いたい気持ちしかないし、菜瑠美もきっと俺のことを探していたはずだ。
「彼女のハートを射止めるのは僕しかいない、ここは僕に……って令!」
「影地くん、まさか君も行くの?」
カズキも行きたがってはいたが、ここは真打ちの俺が行くべきだ。
告白するとかそんなことではない、ただ俺は菜瑠美に話がしたいだけなんだよ。菜瑠美が俺に『力』だけなく、本当に愛も持ってキスをしたのであれば、俺を無視しない訳がない。
「おいおい、今度は1年生があの娘の元へ行ったぞ!」
「あんなチビが校内一の美少女の心を掴めるとは思えんがな、まあお手並み拝見だ」
もう後戻りはできない。学校から出ようとする菜瑠美に声を掛けるしか今はない。
「菜瑠美!」
「……つかさ?」
俺の呼び掛けで菜瑠美は俺の方向へ目を向けた、どうやら菜瑠美は俺を見て少しづつ距離を縮めてきた。すると突然、菜瑠美の方から俺の腕を掴んだ。
「つかさお願い……一緒に来て」
「っておい! 菜瑠美?」
菜瑠美は俺の腕を引っ張りだし、正門から離れようとする。まさか俺が登校時にしたことを下校時に菜瑠の方からやるとはな、かなり強引にはなってるけど。
「もしかして彼女、あの1年生のことを気に入ったのか?」
菜瑠美は先輩達ではなく俺と一緒にいたいようだ、これで振った連勝記録は20でストップとな。にしても相変わらずすごい胸の揺れだ……正直今すぐにでも体が止まりそうだ。
「おい令! 一体どういうことなんだよ?」
「嘘でしょ、影地くん?」
「カズキ、川間さん、すまない。ここじゃ事情は言えない、詳しくは明日話す」
カズキや川間さんに別れの挨拶が出きず、俺は菜瑠美に腕を引っ張られたまま走らせることになり、海神中央高校の1日目が終わった──
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