7.女騎士と女奴隷と銭湯(前編)

「何で正座させられてるかわかるか二人共」

「「……はい」」


 床に正座して縮こまっている女騎士と女奴隷は弱々しくそう返事をした。

 そんな彼女らの前に仁王立ちしていた俺は、ため息を吐いて続ける。


「まぁな、年頃の女は美容にこだわるってのはわからんでもないさ。騎士と奴隷っていうそんなものとは無縁の生活してたとはいえ、この世界に来てそれなりに経ってるんだし。そういうのを気にする余裕もできたのは、むしろ喜ばしいことだと思うぜ」

「……」

「だからそれについてあれこれ調べるのももちろんいいさ。せっかくスマホとPCがあるんだ。変なことに使わなけりゃ、あれだって立派な勉強道具だ。自分から進んで学ぼうとする姿勢は大変よろしい」

「「……」」

「で、今日俺がバイトに行って、その間に『お肌 つやつや』でググったんだっけか? クローラ?」

「……はい」


 力なくクローラは答えた。


「で、あれこれ調べていたら、一際お前らの目を引くような方法がヒットしたってわけだ。それが……これだ」


 俺はちゃぶ台の上に開きっぱなしのノートPCを指差す。

 ディスプレイには、とあるコラムサイトが表示されていた。どうやら女性向けの身だしなみに関する情報をまとめたものらしい。

 今閲覧している記事のタイトルを見てみると……。


『簡単・お手軽にスベスベ肌になる秘訣! 効果抜群のミルク風呂とは?』


 ほぉ、ミルク風呂ですか。大したものですね。

 ミルク風呂は美容の効果が極めて高いらしく、普段の生活で愛用する芸能人もいるくらいです。

 リファもクローラも顔を背けたまま黙りこくっている。

 まるで嫌な現実から逃がれようとするみたいに。


「で、これを見て、即座にお前らはこれをやってみようと思ったわけだ」

「「……はい」」

「……なるほど。これについてはまぁいいよ。何事も実際に試してみようとするのはいいことだ」 


 でもね。

 と一度そこで区切ってからこう続けた。


「やるからには『きちんと』調べてからでなくちゃいけないと思うんだ」


 俺はそっとマウスに手を伸ばし、画面をスクロールさせる。

 そしてとある一文を指差して、


「リファ、ここなんて書いてあるか読める?」

「……」


 指名された女騎士は、顔はそむけたまま、目だけ動かしてPC画面を見た。

 そしてぼそぼそと聞き取りにくい声で呟く。


「み、みるくぶろの……つくりかた」

「そう、ここに書いてあるのは作り方だね。効能だけでなく、ご丁寧にマニュアルまでご用意してくれてるわけだ」

「……」

「さて、ここで二人に質問です」


 左手の人差し指を立てて俺は言った。


「……チミたちは、この作り方の部分を読んだかね?」


 返ってきたのは無言だった。

 それを「否」の意と取り、俺はふぅと軽く鼻息を吐く。


「ふむ。要するにお前らは、この『ミルク風呂』という単語と効能だけ見て、実行に移したわけだ」

「……」

「大方、別に作り方なんてわざわざ熟読する必要ないと思ったんだろう。そりゃ名前がそのまんまだからな。牛乳の風呂。わかりやすいもんねぇ」

「……」

「じゃあ、念のため確認してみようよ。クローラ、続きを読んでみて」


 クローラは終始冷や汗を流しながら目を泳がせていたが、やがて観念したように読み上げ始めた。


「つ、作り方は……とても簡単……お湯を張った浴槽に、ぎゅ、牛乳を……500mlから1L程度入れて……かき混ぜるだけ……」

「はい結構」


 俺は言って、ノートPCをそっと閉じた。


「確かに簡単だわな。いつも通り風呂沸かして、そこにちょいと投入すれば完成するんだから。ね? 異世界人でも余裕のよっちゃんだよね」

「……」

「さて、ここからが本題だ。俺が言及したいのは『牛乳の投入量』だ。分かるね?」

「「……はい」」

「『500mlから1L』まだこの辺は詳しく教えてなかったとはいえ、ちょっと調べればすぐ出てくると思うよ。具体的にどれくらいの量なのかさ」

「……」

「仮に調べられなくてもだ。『簡単お手軽』って文言見れば、そこまで大きな作業が必要な量でもないって想像するのは難しいことじゃあないよね」

「「……はい」」

「500mlから1L。これは多くても牛乳パック1本分くらい。一般的な家庭ならそれくらい買い置きしてあるはず」

「「……」」

「だからな。それぐらい『簡単』な物を作ろうとするならさぁ、いくらなんでも……」


 わざとらしく肩を落としてため息を吐き、部屋の中を見渡した後、言った。



「バスタブまるごと牛乳100%で満たせって思わねぇだろふつー」



 いつもと変わらない部屋の中。

 パーペキに掃除が行き届いているわけではないけど、足の踏み場は十分ある。

 ……はずの俺の家。

 だが今は、その足場が無数の「あるもの」の占領下に置かれている。

 その部屋に群がる侵略者とは……。


 牛 乳 パ ッ ク 。


 1L入りが100本近く散乱している

 当然、その全ては空っぽ。

 中身は全部なみなみと浴槽に注ぎ込まれたわけだ。

 リットルどころかガロン……いや、バレル単位だなこの量。


 よっくまぁここまで買い占めたもんだね。

 一体どうやって調達してきたのさ。


「す、スーパーに二人で出かけて……」


 おどおどとリファが白状した。

 連絡無しでの勝手な外出は禁じていたはずだが、今はそこは議論すべき問題ではない。


「よく俺なしで買い物ができたな」

「じ、実は……」


 以下、スーパーでの回想。

 ・

 ・

 ・

「よしクローラ。ここに牛乳があるはずだ。探すぞ」

「はい。でも、思ったより広くて迷ってしまいそうです」

「む。それもそうだな。この中にある牛乳を探し当てなくてはならぬのか」

「ていうか、そもそもここに牛乳があるという確証はあるのですか?」

「それは……ないな。マスターと買い物に行った時はここくらいしか来るとこなかったから……」

「ふむ。最悪無駄骨になる可能性もあるということですか」

「だ、だがこんなところで諦めるわけにはいかん。何もせずに撤退したらそれこそ努力が水の泡だ」

「ですけど、早いうちにやらないとご主人様が帰ってきてしまいますよ。勝手に外出していたことがバレたらきっとお怒りになると思います」

「そ、そうか……。迅速にかつ確実に牛乳が手に入る方法……」


 ……。


「そうか」

「何か思いつきました?」

「ああ、呼べばいいんだ」

「呼ぶ?」

「そうだ。こちらから探さずとも、欲しい物の名を叫んでいれば、きっと牛乳を持つ者が運んできてくれるに違いない。名案だろ」

「……」

「……」

「なるほど、さすがはリファさんです! 普段から下級兵を顎で使ってそうな人の考えることはすごいですね!」

「ん? お、おう。そうだろう? よし、そうと決まれば早速試すぞ。グズグズしてられんからな!」

「はい、わかりました! せーの」


「「「ぎゅーにゅー!!!」」


 ……。


「「ぎゅうううううううううううううにゅううううううううううううう!!!」」


 ……。


「ぎぶみーーーーーーーーーー!!! ぎゅーーーーーーーーうにゅーーーーーーーーう!!」

「聞こえたら返事して下さーい!! ぎゅーーーーにゅーーーさーーーーーん!!」


 ・

 ・

 ・


「って言ってたら、店員が持ってきてくれた」 


 明日スーパーに謝りに行かせなきゃ。


「あと、今後出禁って言われた」


 あぁわかってたよ予定調和。

 瞬時に絶たれた店との協和。

 こいつらには少し早すぎたNew World。


「……そんで、この牛乳100%風呂をせっせと作って、俺が帰るまで楽しんでたわけだ」

「「……はい」」

「俺は今日の9時から家を出て、今の19時までバイトやら買い物やらで外にいたわけだが……これを作るのに1,二時間ってとこか。リファ、ミルク風呂を画策したのはいつ?」

「……お昼前」

「なるほど。んなら12時~13時にはもう完成したわけだな。そのあとはどうしてた、クローラ?」

「……しばらくそれにリファさんと一緒に入って……」

「お肌はきれいになった?」

「は、はい!」

「風呂は放置した?」

「……はい」


 ふむ。


「よしわかった、話をしよう。今は夏で、今日は快晴だ。めちゃくちゃ暑い。そして俺の家の風呂ってのは西向きの窓がついてるんだ。この意味がわかる?」

「……」

「必然的に昼間から夕方にかけては風呂場の室温が上がるんだよね。すごく」

「……」

「何でこんな話をし始めてるかって言うとね。牛乳ってのは常温で保存は推奨されてないんだ。ちゃんと冷蔵庫に入れても、数日しかもたない。それなのに……」


 俺は肩眉をひそめて、少々声を低くした。


「あんな超ムシムシした場所にウン時間もほったらかしにしてたらどうなるか……想像はできなかっただろうが、お前らは今日実際に経験したはずだ。そうだな?」

「「……はい」」


 腐敗。


 酸っぱい臭気が充満し、変色する。

 実際に俺は嗅いだことはない。嗅いでみたいとも思わないけど。

 コップ一杯ならまだしも、それがバスタブ満杯の量だったとなると……想像するだけで鳥肌が立つ。

 リファもクローラも、思い出したくないといったように、青ざめた表情でうつむいていた。

 現状に動揺するのもあっただろうが、その時点でのこいつらにはさらに危惧すべきものがあった。

 それは……。

 俺にバレること。

 確かにあんなん見たら俺はブチギレ確定だわな。それを恐れた二人は共同で隠蔽工作を図ったのだ。


「動機が何にしろ、そこで放置しておくよりはいいさ。片付けてくれるに越したことはないからな」

「……」

「でもな、俺はてっきり『栓を抜いて掃除する』もんかとばかり思ってた。仮にバレたとしても、俺は同じことして片付けろって言うぜ」


 そう。誰もがそう思う。

 しかし、その時のリファレンス・ルマナ・ビューアに妙案が思い浮かんだ。

 それは「殺菌」という手法である。

 料理でナマモノを扱ったりしたら、包丁やまな板は水で洗っても繁殖してしまう。

 だから熱湯をかけるなりして、清潔に保つ。

 ワイヤードでもその文化はあったことを俺はリファから聞いていた。

 人を斬ったら、必ず剣は熱して殺菌していたという。腐食や錆を防ぐための最も効率的なやりかたなのだと。

 さすが帝国騎士。そういう手入れには抜かりがない。

 だから。だからこそ。

 腐敗したその牛乳風呂にも同じことをしようと考えた。

 考えてしまった。

 だが彼女はポンコツだった。

 彼女は、それに気づけなかった。パニック故か無知故かはわからないが、とにかく判断を誤った。


 殺菌は、既に腐ったものにやったところで、意味はないということを。


 火の元素封入器エレメント

 用途じゅもん

灼熱の死滅エグゾードブレイズ



 結果。

 風呂場が殺された。


「まぁー、よくもこんがり焼いてくれちゃって……」

「……申し訳ない」


 震え声で女騎士は詫びた。

 出かける前は白かった風呂場が、帰った時にはまっくろくろすけ。

 腐敗臭はしなかったよ、うん。焦げた臭いに上書きされちゃってたからね!

 おかげで風呂場は使用不能。

 汗水たらして働いて、さぁひと風呂浴びてさっぱりしようとした時にこれだよ。

 スマホで修理会社に電話どころの話じゃない。


「はぁぁぁぁ~あ」


 脱力した俺はその場に膝をついた。 


「ご、ご主人様……」

「ま、マスター」


 同居人二人がオロオロとしながら呼びかけてくる。

 罪悪感はあれど、どんな言葉をかけていいのか迷っているようだ。

 腹が立ってないわけではないが、ショックが大きすぎて怒るに怒れない。


「とにかく掃除するぞ掃除。大家さんにバレたら確実に追い出される」


 完全には無理だが、臭いが気にならない程度の応急処置は必要だ。

 俺が帰ってくるまでに近隣の住民に感づかれなかったのが不幸中の幸い。早いとこ片付けないと……。


 焦げ落としと洗剤をありったけ用意し、俺達は作業に移った。

 そして三時間後。


「はぁ…はぁ……こんなもんだろ」


 少なくとも焦げは目立たないレベルまで落とせた。

 臭いも消臭剤をばら撒いてなんとか消せた。

 見た目だけなら、解決したと言っていいだろう。

 だがおかげで、三人共焦げが全身に付着した上に、汗でベトベト状態に。

 リファとクローラに至っては肌をキレイにするつもりが、完全に本末転倒だ。

 当然身体を洗わなきゃいけないわけだけれど……我が家の風呂は死んだ、もういない。

 だがいじけてても始まらない。何とかして身体を洗わないと。


「そ、そうだマスター。こんな時こそ元素封入器エレメントだ。前の時のように『|』で……」


 とリファが来ていた服のポケットからペットボトル大のガラス瓶のようなものを取り出した。

 これこそ俺んちの風呂を殺した凶器、元素封入器エレメント

 |とは、その名の通り水のエレメントを対象に飛ばして洗浄する用途。

 リファがこの家に来た初日に経験したが、高速で回る洗濯機に頭を突っ込まれた気分だった。

 その時の思い出が脳裏をよぎった俺は速攻で拒否する。


「ふざけんな。あんな人間ランドリー二度とゴメンだ」

「し、しかし風呂に入れなくて、かつどうしても身体を洗わなければならない時には使用を許可すると言っていたではないか!」

「やなもんはやなの! 俺は熱い湯の張った浴槽に入りたいの!」


 大人気もなく駄々をこねるように言ってしまったが、こればっかりは譲れない。

 こうなったら……。

 俺はスマホを操作して、とあるものを調べ始める。

 この近辺にあるかなぁ。

 ……。

 見つけた。ちょっと歩くけど、背に腹は代えられない。


「リファ、クローラ。タオルと着替え持って支度しろ。出かけるぞ」

「え? 出かけるって、どこに行くのだマスター」

「風呂入りに行くの」


 俺はカバンに自分の着替えを突っ込みながらぶっきらぼうに答えた。


「で、でもご主人様。お風呂は私達が、その……」

「だから、ここじゃない風呂に行くってことだよ!」

「ほかの……ふろ、ですか?」


 大仰にため息を吐いて、ファスナーを閉めながら俺は彼女らに向けて言った。


「あるんだろ、ワイヤードにも」

「ワイヤードにも……あ!」


 ぽん、と女奴隷はそこで手を叩いた。


「公衆浴場ですね!」


 銭湯。

 この日本に現存している数は年々少なくなってきているが、近辺に経営してて助かった。

 場所は八王子駅の近く。バスを使えばなんとかなる。  

 とにかく、一刻も早くこの汚れを落としてしまわなければ。


「マスター! 準備できたぞ!」

「ご主人様、私はいつでも行けます!」

「よし、じゃあ戸締まりして出発だ」


 ○


 駅前でバスを降り、郊外の寂れた夜道を3人揃って歩く。


「随分遅くなってしまったな……」

「掃除に結構手間取ったからな」


 すると、俺達の前を嬉しそうにスキップしていたクローラが、こちらの方をくるりと振り返った。


「でもでも、この世界の公衆浴場とはどんなところなのでしょう、クローラは楽しみで仕方ありません!」

「上機嫌だな。ていうかワイヤードの公衆浴場って奴隷でも利用できるもんなのか?」

「はい! むしろ私達のような身分の低いものが利用する場所でしたね」

「そうなの?」


 俺が訊くと、隣のリファが前髪をいじりながら答えた。


「王族や貴族は自分用の、私のような帝国兵は軍が用意した専用の浴場を使うからな。自分の家に風呂が持てない家庭の御用達というわけだ」

「でも、風呂がない人のためにもそうやって用意してくれるなんて、結構優しいじゃん」

「それができる前は、川や池で身を清める方が多かったんですよ」

「へぇ」

「でも、そこの水は飲水や元素封入器エレメントにも使用していたので、不衛生だからということで作られたんだそうです」


 なるほどね。そりゃそうだ。


「クローラもよく使ってたのか?」

「私は奴隷ですから……前のご主人様のお風呂は使わせてもらえなかったので」

「……」


 一瞬少し曇った表情になったクローラだったが、すぐに笑顔に戻った。


「だから、快く家のお風呂に入れてくださる今のご主人様には、すごく感謝しています」

「……どういたしまして」


 そんな感じで、ワイヤードの風呂事情について語り合いながら、俺達は銭湯へと向かったのだった。


 ○


「もう閉店だよ」


 受付で番台のおばちゃんからそう宣告を受けた俺は、あんぐりと口を開けた。


「へ、閉店って……嘘でしょ?」

「入浴受付時間過ぎてんの。外にも書いてあるだろ」

「嘘ぉ!?」


 俺は入り口の看板をダッシュで確認しに戻った。

 すると。


 営業時間 10:00~22:00(入浴受付は21:30まで)

 現在時刻 21:33


「ちょっと待って待って! 確かにもう過ぎてるけどさぁ!」

「けど、何さ?」

「俺達見てよこの身体。めっちゃ汚れてるしベトベトだし、どうしても入りたいんだよ! 3分のオーバーくらい大目に見てよおばちゃん!」

「もう他に客もいないし、お湯抜いて清掃の準備してるとこなんだよ。明日また来な」

「ねぇ待ってってば!」


 しっしっ、と手を振りながら奥に引っ込もうとするおばちゃんに対して俺は必死で食い下がる。

 冗談じゃない。こんな状態のまま夜を明かすなんてできるか。


「しつこいねぇ。汚れてたって死にゃしないだろ」

「死ぬ死なないの問題じゃないって!」


 融通きかない人だなぁもう! どうすりゃいいんだ。

 途方に暮れそうになった、その時である。

 この窮地を救う、天使のような声が背後から響いた。


「ちょーっとまったぁ!」


 一瞬でもそう思った俺がバカだった。

 その声色と台詞で、なんとなく心の隅でそいつじゃないかと思ってはいたが、実際に姿を見たらやっぱりそいつだった。

 カールのかかった茶髪に、やや黒めの肌。

 オフショルダーのシャツに、ホットパンツ、厚底ブーツという取り合わせ。

 コテコテのギャルこと、木村渚がそこにいた。

 こいつはホントどこにでも湧くな。


「なんだいあんた」

センパイその人の妻です」

「今離婚調停中です」

「きゃーっ! あたしセンパイに妻認定されたーっ! ナギちゃん大勝利ぃ!」


 こいつの耐久値は無限大。


「夫婦漫才なら家でやっとくれ。こっちはもう掃除始めたいんだよ」

「まぁまぁ待ちなよ、ナムコちゃん」


 節子、それバンダイ違いや。


「掃除始めるんでしょ。でも、考えてもみなよ。銭湯って男湯と女湯に分かれてるじゃん? どっちかをやってる間は、片方は手付かずのままなんじゃない?」

「何が言いたいのさ」


 掃除用具入れからモップを取り出しながらおばちゃんは言い返す。

 わっかんないかなー、と渚は肩をすくめて続ける。


「だったらさ、おばちゃんが片方を掃除してる間に、もう片方をあたしらの方で使えば問題なくない?」


 はぁ? と俺もおばちゃんも顔をしかめた。


「何言ってんだよ渚。仮にそうしたら、俺か、リファ達かのどっちかが締め出し食らうじゃないか。時間ずらして順番に入るとしても、おばちゃんが掃除終えるまでに間に合わないって」

「? なんで別々に入る必要があるんすか?」

「ゑ?」


 キョトンと真面目に言い返してくる彼女に、俺は面食らった。


「んもう、非効率的っすよセンパイ。今は3人共早く湯浴みしたいんでしょ。だったら今更そんなこと気にしてる場合じゃないじゃないっすか。超ウケる」

「……まさかお前」


 にまぁ、と渚は笑うと、おばちゃんに向き直って何の躊躇もなくとんでもないことを口にした。


「あたし達四人、これから混浴するから! それなら文句ないっしょ!」

「「ええええええええええ!!!」」


 盛大にハモって叫び声をあげる俺とリファ。


「こんよく!? ご主人様と一緒に? 私のような奴隷が、よろしいのでしょうか」


 まったくズレたところで困惑しているクローラ。


「……まぁあんたら四人全員それでいいってんならまぁいいよ。男湯の掃除が終わるまで女湯を使いな」


 そしてあっさりとそれを承諾するおばちゃん。

 おいおいおい、何だよこれ、何だよこれ!

 混浴、しかも男女比1:3!? 

 こんな台詞言う時が来るとは思わなかったけど、これなんてエロゲ!?


「よーっし、決定! はいおばちゃん、お金」


 意気揚々に小銭を渡すと、渚はこちらを振り返っていたずらっぽく笑い、ウィンクを飛ばした。



「それじゃ『裸の付き合い』始めましょ、セ ン パ イ♥」

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