13.5 木村渚と報告記録-1
「はぁ……はぁ」
センパイのアパートを飛び出し、しばらく人気のない暗い道を走ったところで、あたしは息切れして立ち止まる。
否が応でもさっきの出来事を忘れるつもりだったが、かき消してもかき消しても後からどんどん湧いてくる。
「……もうもうもう! なんなのよ……」
あたしはイライラして地団駄を踏んだ。
信じらんない……あんな事してくるなんて……。
いや、同じことをしょっちゅうやってたあたしが言うなって話だけど!
でもでもでも! あれは……。
あたしの首筋を肩を、腰を優しく撫でるセンパイの指……。
そして、耳元にかかる吐息と甘い声……。
「……うぅ~!」
カーッと顔が熱を帯びるのが自分でもわかる。
その後で興味ないとか言われたけど、やっぱり気になるもんは気になる。
「あのまま、センパイが続けてくれてたら……今頃は……」
その続きを想像してしまいそうになったところで――電話がなった。
♪~
聞き慣れたJ-POPの着メロが鳴るスマホをセーターのポケットから取り出し、発信者を確認する。
「部長」
……ちっ。
あたしは小さく舌打ちして、電話に出た。
「もしもし?」
「やぁ、ナギちゃん! 進捗はどうだい? そろそろ宴会も一段落した頃なんじゃないか?」
ヘラヘラした口調だが、渋めの男の声。
あたしは前からその声が嫌いだった。
「連絡はこっちから入れるってあたし言ったっすよね?」
「すっぽかした場合は別だと僕も言ったはずだけど?」
「うっ」
「まぁいいよいいよ。それほど愛しのカレとの濃厚な時間を楽しんでたってことなんだろう」
……それが現実ならどんなによかったか!
「あ、そっかぁ。『あの娘』がいるからむしろ修羅場になっちゃってたり!?」
「……」
「あれ? もしかして図星かい!? いやそれは悪いこと訊いちゃったねぇごめんごめん」
「……二日目も特に異常はありませんでした」
あたしはイライラを露骨にアピールするように報告を開始する。
「昼から午後にかけて外出し、多少のハプニングはありましたが、取り立ててここで報告するほどのことでもないので」
「はいはいOKOK。そのへんは日報にまとめて提出しておいてくれればいいよ」
「……あの」
「何だい?」
「あたしが、リファっちの……いえ、あの娘の担当になったのには、なんか理由があるんすか? あたしの管轄は本来であれば――」
「この仕事は注意深く物事を観察する能力に長けた者が適任だから。それだけだよ」
「自分でも言うのもなんですが、『あたし』はけっこういい加減ですよ? 今日だって定時連絡忘れたし」
「その通り、『木村渚』はそういう意味では完全にこの仕事には不適格だ」
でもね、とそこで電話の向こうの相手は区切ると、
「カレが関係しているとなると……話は別だ」
ぴくり、とあたしのこめかみがひくついた。
「『あたし』がセンパイを好きだから……ってことっすか?」
「その通り! カレが同居人パートナー候補に上がってた時もかなり動揺してたのに、まさか選ばれてしまったとなるといよいよ気が気でなかっただろ? 片思いの人が知らない女と一緒に暮らすことになっちゃったんだから。どんなことになってるか、どこまでいっちゃってるか、相当気になったはずだ。それこそ、上からこんな仕事を与えられずとも自主的にくまなく観察しちゃうくらい。違うかい?」
「……そうかもっすね」
実際、仕事をしてるって意識はなかったし。
本気で……あの二人が気になってた。
「まぁそんなわけだから。君には期待してるんだ。これからもそのセンパイLOVEを大いに仕事の動力源に変換していってほしいと思うよ」
「……へい」
「それじゃ、報告はこんなところかな? じゃ、このへんで僕は失礼するよ」
「……」
「引き続き『天使』としての仕事、よろしくね。『死者処理事務局転生判定課担当』木村渚クン」
ガチャッ、ツー、ツー。
不通音が聞こえるばかりになるスマホを切ってポケットにねじ込む。
「……はぁーあ」
なんで、こんなことになっちゃったんだろうなぁ。
あたしは星がまばらに散りばめられた夜空を見上げる。
♪~
「……ん?」
再び鳴り出したあたしのスマホ。
もう一度取り出してみると、今度は通話ではなく、メールの受信通知だった。
LINEかTwitterが主なコミュニケーションの場であるあたしに、この手段でメッセージを飛ばしてくる人間は一人しかいない。
「今度は何よ……?」
あたしはぼやきながら面倒くさそうにメールを開封し、中の文面を確認した。
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【差出人】:部長
【件名】 :言い忘れてたけど
【本文】
カレの家に入居予定のもう一名の「転生者」。近々送り込む予定だから。
そいつの観察もよろしく。
じゃね。
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