第42話






 霊皇れいおうという言葉は、この世界に生まれ育った者であれば誰もが知っている言葉だ。

 そもそも人間と精霊の出会いは、人間の力では終わらせることのできなくなった戦乱をどうにか終わらせようとして縋り付いたことが始まりだ。戦乱を憂いたある人物が精霊というものの召喚に成功したことがきっかけで今、私たち人間と精霊は共にあるようになっている。人々はその人物を世界を救った英雄と讃え、後にその英雄と讃えられた人物は、四つの国を更に統括する立場である精霊を司る皇―――初代霊皇の座についた。初代霊皇となったその人物は、その後半生を人間と精霊に永遠の繁栄に費やしたとされており、その人物の子孫が現在の霊皇にあたるのだ。


「エレオス皇女殿下は若干13歳ながら皇位継承権第一位にある方だ。きっと将来的に霊皇の座を継ぐことになるだろう」

「エレオス殿下は現在外遊中ということを耳にしております。この東方の国にもいらっしゃるのですね」

「ああ。我々としてはこの精霊学校を是が非でもアピールしておきたい」

「つまり未来の霊皇陛下に売り込みをしておきたい、ということですね。それこそ跪いて手にキスでもしかねないほどの」

「何処か言葉に含みを感じるけど……だいたいその通りだよ」


 学校、というかこの手の組織全てに言えることではあるが、人が集まってこそ成り立っていると言ってもいい。鋼也さんは新興のこの組織を盛り立てていきたい、というこの国の要請を受けて校長に就任した以上、もっとこの学校の存在を国内外にアピールしなければならないのだろう。

 そう言った意味では次期霊皇陛下のお墨付きがあれば、その名はどんどん広がるだろうし、来年以降の入学者も増えてくる。私はもちろんコロナやマリンといった他国出身ながら入学を希望する生徒も出てくるはずだ。もし私が鋼也さんの立場にあり、教え子に過去に世界でその名を轟かせた有名人がいるとすれば、私もきっとその人物に同じことを頼み込むだろう。その気持ちはわからなくもない。だからこそ、私は安請け合いをするつもりはなかった。


「では、こうしませんか? 私と鋼也さんで精霊戦をする。そして鋼也さんが勝てば、私は鋼也さんの指示に従い、エレオス殿下の歓待に参加する、というのは」

「お嬢様……」

「……いいのかい? それで」

「はい。それに、鋼也さんにも私の成長を見せたかったので」











「……なんであんなことを言ってしまったのかしら」

「お世話になった方に成長した自分を見て貰いたい、という気持ちは決していけないことではありません。自然なことです」

「でも、そうやって臨んだ精霊戦があんな結果になったのではいいお笑い種よ」


 鋼也さんとの精霊戦は、記録上では決着がつかなかった。しかし、私の中ではあれは敗北も同然だ。

 鋼也さんの精霊は“元々は”現生種である獅子ライオン。その見た目の堂々さから百獣の王とも称される大型肉食獣だ。しかし、鋼也さんは精霊導師となって30年近く一戦で戦い抜いてきた猛者であり、故に獅子心将しししんしょうという異名を持っている。そんな彼の精霊がただの獅子のままであるはずがない。

 稀に、経験を積んだ精霊が成長し、進化するという現象が起こると言われている。激しい戦いを繰り広げた鋼也さんの精霊も例外ではなく、銀色の身体に鋼の如く固い毛皮を持った獅子へと進化していた。

 鋼也さんの精霊は同じ獅子の姿をしていたことから、最終的にそこまで行き着いたのだろう。現生種である獅子から幻獣種であり、獅子座のモチーフにもなった怪物・鋼獅子ネメアー・ライオンに。

 

「……はあっ、はあっ……」


 サフィアと鋼獅子の戦いは西方神話の大英雄と獅子の戦いのように三日間……というまでには至らなかったが、終わりの見えない泥試合と化していた。

 爪牙による攻撃を得意とするサフィアの攻撃でも、鋼獅子の毛皮には多少の傷がつく程度であり、鋼獅子の攻撃においてもサフィアを倒すまでには至らなかった。

 それでも精霊の成長度合と精霊導師としての経験から戦況は鋼也さん有利に進んでいた。


―――リディア、大丈夫か?

「だ、大丈夫……だから、あんたは、自分のことに……集……中……」

―――リディア、しっかりしろ! 鋼也、済まないがこの精霊戦は……

「ああ。これで終わりにしよう。それよりも彼女を早く保健室に!」


 精霊戦の幕切れはあっけないものだった。鈴たちとの精霊戦を経てブランクを取り返しつつあった私であるが、それでもこれほどの長期戦を演じたことはなく、結果的に精霊戦による負担に耐え切れなくなった私が倒れたために精霊戦はそこで終了となった。記録では引き分けではあるが、負けと大差ない形の引き分け。こんな形で負けるなら、いっそ完膚なきまで叩きのめされた方がまだよかった。そう思えるほど、悔いの残る負け方だった。


「……私は勝てなかった、いや負けた。精霊導師に戻ったからには、今後も勝ち続けなきゃいけないのに」

「お嬢様……」

「ああ、あんたが気に病むことじゃないから安心して。それよりも、皇女殿下を迎えるための準備をしましょう。サフィア、付き合いなさい」


 私は過去を振り払うが如くぶんぶん、と頭を振ると寝間着を脱いでよそ行きの服へと着替えた。一度出た結果は変わらないのだからしょうがない、と自分に言い聞かせて。







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