第33話






 草木も眠るなんとやら。あたしとリディアは真正面に向かい合う。そして小さく一呼吸置くと、二人同時に思い切り叫んだ。


「「最っ初はグー! じゃんけんぽいっ!!」」


 じゃんけん。あたしたちの国ではそう呼ばれているもので、握りこぶしをグー、開いた手をパー、人差し指と中指だけを出したものをチョキ、と呼んでいる。グーはチョキに勝ってパーに負ける、パーはグーに勝ってチョキに負ける、チョキはパーに勝ってグーに負ける。その分かりやすさからあたしの生まれ育った東方の国では子どもから大人にまで広く親しまれている勝負だ。

 リディアの国では名前や掛け声こそ違うようだけど、石と紙とハサミ、といった形で似たようなものが存在している。そもそもパパの付き合いでよくあたしの家にも来ていたリディアでもじゃんけんのルールややり方くらいなら知っていた。


「……よっし、あたしの勝ち!」


 あたしが出したのはグーでリディアがチョキだった。ハサミで石は切ることはできない。故にグーを出したあたしの勝ちということになる。


「じゃあ二段ベッドの上はあたしが使うから」

「待ちなさい、誰が一回勝負と言ったのかしら? これは三回勝負よ」

「はあ? そんなのあり!?」


 負けたリディアは冷静さを繕ってみせるけど、顔がちょっと赤くなっている。少なくとも一度勝ったくらいでは大人しく引いてくれそうにはなかった。


「しょうがないわね……じゃあ三回勝負にしてあげる。言っとくけどあたしね、こう見えてじゃんけんは強いんだよね」

「……」


 言っておくけど、別に強いだなんてあたしは思っていない。所詮こんなものは運勝負なのだから。でも、嘘でもこういうことを言っておけば、用心深いリディアなら必要以上に警戒してくれるはず。案の定、パーを出したあたしに対してリディアはグーを出してきた。策士策に溺れる、というのはこういう意味なんだろうなと思いつつアタシは踵を返す。


「はい、あたしの勝ち。なんでジャンケンで勝てなかったのか、下のベッドで寝ながら考えとくことね」

「……ひどい、ひどいよぉ……」


 ちょっと煽りすぎたかな、と思いつつもあたしは梯子を登っていく。すると、背中越しに聞こえてきたのはリディアのすすり泣く声だった。両手で顔を覆って俯くリディア。どうしよう、これはさすがに予想外だった。そう言えば前にパパからリディアは意外と打たれ弱いって聞いたことがあるようなないような。

 取り敢えずあたしはベッドから降りてリディアの隣に座り込む。すると、リディアはあたしが座り込んだのとほとんど同じタイミングで上のベッドへと駆け上っていった。ベッドの上ではリディアはこっちを小馬鹿にしたような顔で見下ろしていた。その顔に、リディアの本当の狙いを知った。


「ああっ!?」

「ふふっ、あんた意外とちょろいのね。こんな嘘泣きすら見抜けないなんて」

「リ~ディ~ア~ッ!!」


 少しでも同情したあたしがバカだった。もうリディアに対して何かしらの温情をかける必要はない。この際本当に泣かしてもベッドから引きずりおろしてやろう。下のベッドはおろか床で眠らせてやる、と息巻くあたしとリディアの間に割って入ったのはサフィアだった。


「お嬢様方、今何時だとお思いですか」


 精霊というものは、基本的にあたしたち精霊導師の身体の中で眠っており、精霊戦の時のような詠唱をすることで初めて実体化させることができる。もちろんサフィアは例外のようで、リディアが望まなくても自分の意志で出たり入ったりをすることが可能なのだとか。


「全く、近所迷惑というものを考えて下さい。それに、睡眠不足は美容と成長の敵ですよ?」


 精霊に美容と成長の大事さを教えられる人間なんてこの世界にきっとあたしたちしかいないだろう。それはそれで貴重な体験であるし、何よりサフィアの言っていることに間違いはなかった。


「でも……」

「でももかももありません。第一、そんな上で眠りたいのであれば、お二人でご一緒にお休みになられれば宜しいではないですか」


 サフィアの一言に、リディアとあたしは思わず顔を見合わせた。ベッドはあくまで一人用のものであるため、二人で眠るようには作られていない。幼い頃ならともかく、成長した今となってはあたしたち二人で寝るとなればろくに寝返りも打てない始末。


「いや、さすがにそれは……」

「しょうがないわね、まだ春先だし」

「えっ?」


 嫌がると思ったリディアから出た言葉にあたしは思わず間の抜けた返事を返す。リディアは上のベッドに上がると、少し詰めて横になった。これならあたしでも隣で眠ることはできるけど、問題はそこじゃない。


「いや待って、リディア。一緒でもいいの?」

「……このまま互いに譲らないなら埒が明かないでしょう?」

「いいの? ほんとにいいの? 後で嫌とか言っても知らないからね?」


 そこまで念を押す必要はあったのだろうか、と思いながらもあたしはリディアの隣で横になった。新品の布団や枕はふかふかして気持ちいい。しかし、あたしにその柔らかさを楽しむ余裕なんてなかった。






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