第30話






「コロナさんの生まれ故郷やご実家のことですか? えっと、確かに部屋で会った時に話しましたが……」


 人より内気な性格のマリンであるが、決してコミュニケーションを取ることができないわけではない。初対面の私にああも絡んでくる社交的なコロナが相手ならばきっとお互いの精霊や出自のことを喋っているだろう。私はかつて見ず知らずの私をおぶって医務室まで連れて行ってくれたコロナの積極性に賭けていた。


「だったら話が早いわ。彼女にそれを思い出させてあげて」

「は、はい」

「リディア? それに何の意味があるの?」

「まあ、見てなさい。コロナが生まれ故郷を大事に思っているならば、逆転のきっかけになるから」


 精霊戦において外野が相手の弱点や戦い方のアドバイスをするのは原則ルール違反にあたる。しかし、コロナの生まれ故郷について話であれば、ルールに抵触することはない。仮に何か咎められたら、ルールブックの不備を訴えればいいのだから。


「コ、コロナさん!!」


 その性格から普段から大声を出すタイプではないと思われるマリン。しかし、ルームメイトの危機とあれば、そうも言っていられない。突然名前を呼ばれたコロナはびっくりした様子で振り返る。


「んだよマリン! 俺は今精霊戦に……」

「コロナさんのご実家と、生まれ故郷のことを思い出してみて下さい!! あなたが生まれ育った“南方の国”がどのような国であるかを!!」

「俺の生まれ故郷……」


 コロナは目を閉じ、ふーっ、と小さく深呼吸して目を閉じる。そして次に彼女が目を開いた時、彼女の顔には照り付ける真夏の太陽のな笑みが戻っていた。


「サンキュー、マリン! おかげで思いついたぜ! 大どんでん返しの方法がよ! フレア、止血やめ。傷口を……思いっきり開け!!」


 フレアは嘴や片翼で傷口を塞ごうとしていたが、コロナの指示を受けてそれを止めた。そして大きく翼を広げて傷口を更に広げようとしたのである。


「なっ、何考えてんだ! そんなんしたらますます血が飛び出るぞ!」


 その予想だにもしないコロナの指示には対峙していたドレイクが動揺を見せる。案の定、開いた傷口からは前以上に血が噴き出し、ボトボトと音を立てて砂の上に落ちる。精霊の流血であるため、実際にコロナに痛みはないにしても、その様はやはり痛々しかった。


「いや、いいんだよ。これで……特にお前たち相手ならな!」

「っ……追い込まれておかしくなりやがったな。だったらトドメを刺してやるよ! スクリュー!!」


 ドレイクはスクリューに指示を出し、精霊戦を決めようと動き出す。どこから出てくるかわからない恐怖がコロナとフレアに襲い掛かろうとする。しかし、コロナの瞳には一点の迷いもなかった。


「見つけたぜ、そこだっ!!」


 フレアは自分の血が流れ落ち、血だまりとなった箇所に攻撃を仕掛ける。すると、攻撃がその場所に炸裂する寸前に、スクリューがそこから顔を出したのだ。時速300km近い勢いで突っ込んできたフレアの嘴がスクリューの首に突き刺さった。


「ど、どうしてスクリューが出てくる場所が!!」

「マリンが、みんなが思い出させてくれたのさ。俺が南方の国出身ってことをな。なあ、南方の国には来たことがあるか? いや、なくてもわかるよな。そこがどんな国がかよ?」


 コロナの生まれ故郷である南方の国はその名が示す通り、南に位置する国だ。文化レベルとしては四つある国の中では最も自然に近い国であり、熱帯に位置することから一年を通して夏のような気候をしている。


「俺の生まれ育った南方の国はリゾート地として有名でな。毎年のようにバカンス目当てで来る観光客がわんさかいるんだよ。んでもって、俺の実家は海沿いにあってな、親父はマリンスポーツのインストラクターしてんだ。青い海とサンゴ礁でやるスキューバダイビングはマジで絶品なんだぜ?」

「……だ、だったらなんだってんだよ!」

「海ってもんは、本来人間の領域じゃねえ。魚とか、水の中で生きるやつらのもんだ。そんなところに迂闊に入っていって、襲われる人間だって少なくない。俺たちの仕事は、そういう被害に遭う人たちを守ることでもある」


 かつて報道で見たことがあった。南方の国ではスキューバダイビングやサーフィン、セーリングなどのマリンスポーツが盛んである反面、海の生物に襲われる事故も多発していることを。観光業が主産業の南方の国の人々にとって、人類と海の生物との境界を守ることもまた大事なことなのだ。


「そっか、そういうことね! コロナたち南方の国の人たちは、海の危険な生物のことを知らなければいけない……」

「そう。あの子にとって、鮫はある意味で身近な存在なの。故にその癖を知っておく必要がある。例えば―――血の臭いに引き寄せられる、とかね」


 コロナがフレアに傷口を開かせて、血だまりを作った理由。それは決して無意味なことではなかった。血の臭いを嗅ぎつけて獲物の位置を特定する鮫という生き物の習性を逆手に取る。そこに彼女は反撃の糸口を見出したのである。








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