第29話






 私が精霊導師としてまだ世界を相手に戦っていた頃、魚類や海獣類といった水生の精霊を相手に精霊戦をしたことはなかった……というよりいなかった。戦域というものが本格導入される前は、精霊戦を行われるのは決まって整備された闘技場だったからだ。精霊戦が行われる闘技場は基本的に陸地であるため、水の中でこそ本領を発揮できる水生生物の精霊は戦いが始まる前から分の悪い戦いを強いられることになったのである。そのため、水生生物の精霊と契約してしまった者は、精霊導師として戦うことを諦めろ―――心無い人たちによってそう揶揄されてしまうほどだった。

 しかし、時代は変わった。戦域の導入によって水中での精霊戦も可能になった今は当時ろくな精霊戦を行えなかった魚類や海獣類の精霊も台頭するようになり、彼らの不遇時代を知る精霊導師は、戦闘経験のない相手に対する対応策が持ち併せていなかったために苦戦を強いられるようになったのである。


「っ!」

「避けられたか……戻れ“スクリュー”」


 フレアの尾翼の先端を噛み千切ったドレイクの精霊・スクリューは、まさにジャンプした魚が再び水中に戻るかの如くドボン、と音を立てて砂の中にその身を潜める。

 魚類は基本的に水中にいなければ呼吸をすることができず、陸に上げられればすぐに死んでしまう。しかし、これはあくまで“魚類の姿をした”精霊であるため、水中でなくとも活動はできるし、空中を水中に見立てて泳ぐように移動することもできる。もちろん空を泳ぐように移動できたとしても、空中での戦いでは翼を持つ鳥類の相手にはならない。まな板の上の鯉、ではないにしても一方的に攻められるだけだろう。

 そのため、絶対的優位に立てる水中もとい砂の中に潜んで攻撃の機を伺うというのはなんら間違ったことではない。むしろ王道ともいえる戦術をドレイクは取ってきた。


「ここで砂漠の戦域が選ばれたことは、ドレイクさんにとっては決して悪いことではありません。むしろ願ったり叶ったりだと思います」

「じゃあコロナに勝ち目はないの?」

「いや、勝ち目がないわけじゃない」


 砂の中を水中に見立てるのであれば、コロナの狙いどころは必然的に絞られる。相手が砂から身を出してきたときに攻撃を仕掛けられるか、だ。砂の中に潜んでいれば攻撃を受けることはない。だが、隠れてばかりでは当然相手を倒せないし、何より消極的な戦いと見なされて注意を受けてしまうリスクもある。精霊導師としては、判定による敗北こそ最も避けたいことだった。


「ですが、それをドレイク様が考えていないとは思えません。土竜もぐら叩きのように出てきた時にそのまま叩け、という戦法は通用しないと見ていいでしょう」

「そして……そこで大事になるのが精霊導師がどんな指示を出せるか、だけど」


 精霊戦は精霊の力もそうだが、精霊導師が如何にして自分の精霊を勝利に導けるかということも求められる。精霊導師には精霊戦の最中でも広い視野を持つことが大事なのだ。


「っ、どこだ! どこにいる、隠れてないで出てきやがれ!」


 しかし、お世辞にも今のコロナにそんな心理はない。彼女は思いもよらぬドレイクの戦法にすっかり冷静さを失っていた。相手を見つけられずにいるフレアは上空をぐるぐると回って出てくるのを待っている様子だが、待てど待てどもスクリューが出てくる気配はない。この手の待ちの試合においては、先に動いた方が負け、というものがある。案の定、先に動いてしまったのはコロナの方だった。


「フレア、地面を蹴っ飛ばして引きずり出せ!」


 急降下したフレアは発達した脚で思い切り地面を蹴りつける。しかし、水中の魚や空を飛ぶ小鳥を仕留めるのに用いられるこの攻撃は虚しく空を切り、砂を巻き上げるだけだった。


「どこ攻撃してんだ! 俺たちはこっちだ!」


 そして、砂を巻き上げたことがフレアにとって不幸となり、スクリューにとっては僥倖となった。舞い上がった砂が目くらましとなり、その中からスクリューが姿を現したのだ。不意を突かれる形となったフレアは突っ込んでくるスクリューにカウンターを食らわそうとするものの、間に合わず、すれ違いざまの牙の一撃がフレアの胴をかすめる。致命傷、とまではいかなくとも牙によって傷つけられた箇所からは真紅の鮮血が噴き出した。

 

「フレアっ!!」

「急所は避けたか……だが、手負いの身体で売りのスピードを出せるかな?」


 精霊という存在に原則“死”という概念はない。そのため出血多量で最悪の事態を招く、ということもない。しかし、ドレイクの言った通り、傷を負った状態でまともに戦えるわけもない。このまま逆転の一手を打てなければ、一方的に蹂躙される未来が見えている。


「っ、見てられない! このままじゃコロナが……リディア、なんとかならないの?」

「……私が当事者ならともかく、今精霊戦をしているのはコロナよ。精々応援してあげるくらいしかできないわ」

「お嬢様」

「……何よ? またフカヒレとか言ったら脛を蹴るわよ」

「私でも脛を蹴られると痛いのでご勘弁を。コロナ様と以前お会いになった時に、コロナ様はご自分がどこの出身であるかを仰られていたのを覚えておいででしょうか?」


 コロナとのファーストコンタクトは、この学校の入学試験の時だ。私は数か月前のことを振り返る。


「……あっ。ねえ、マリン。コロナから、実家とか生まれ故郷の話は聞いていないかしら?」


 





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