第28話






 因縁込められた精霊戦を前に、コロナとドレイクの間には重苦しい空気が漂う。そんな二人を制するが如く、この精霊戦の審判を務めるミハエル先生が姿を現す。彼も精霊導師である以上、精霊戦を前に昂る気持ちは理解できるようだが、教師陣を代表して審判を務めるミハエル先生は二人が精霊戦を通して暴走しないかを見守る必要があった。


「怨恨はあるかもしれない。だが、精霊戦において競うのは自身の精霊をどれだけ活かすことができるかだ。今はただ、目の前の精霊戦に集中すること! いいな?」


 二人は何も言わず頷いた。そして互いの精霊を召喚する。



―――天空を制する神速の狩人! 大いなる翼で敵を撃て!

―――大海を制する獰猛なる捕食者! その目に映る全てを噛み砕け!



 コロナの側に現れたのはコロナと同程度、もしくは少し大きい鳥のような姿をした精霊だ。以前彼女が私と出会った時に言っていた通り、彼女の精霊は現生種において最も速く空を飛ぶことができる猛禽類・はやぶさ。現生種の精霊は元となった生物の特徴が色濃く反映されるため、飛行速度という点については間違いなくコロナの精霊が精霊全体を見てもトップクラスだろう。


「頼んだぜ! “フレア”!」


 コロナの言葉に応えるかのようにフレア、と呼ばれたコロナの精霊は甲高い鳴き声を上げる。対するドレイクの側に現れたのは弾丸や矢を思わせる流線形のフォルムをした青い身体の魚のような精霊。海生生物、取り分け魚類において捕食者の頂点に立つ一種・さめの姿をした精霊であった。


「へえ、お前の精霊は鮫か。悪いがこの精霊戦、頂いたぜ」

「……どういうことだ?」

「水生生物の精霊ってことは水辺じゃなきゃ満足に戦えねえってことだろ? そう都合よく水の戦域を引き当てられるかな?」


 戦闘描写のある創作物であれば、間違いなく小者のキャラクターが言うような台詞を吐いたコロナであるが、彼女の指摘はあながち間違ってはいない。魚類や海獣類の姿をした精霊がその実力を発揮できるのは当然水中であり、水中を戦場にする精霊は河川や湖沼、海の戦域を引き当てなければ不利な戦いを強いられるのだ。

 対するコロナの精霊は鳥類。空を飛ぶことができる、というのは精霊戦においてもアドバンテージであり、暴風雨や吹雪など悪天候の戦域でない限りは優位に立つことができる。


「精霊の実体化を確認した。では戦域を展開するぞ!」


 ミハエルの合図で展開された戦域はジリジリと太陽の照りつける砂漠の戦域。まかり間違っても水中とは縁遠い世界だ。私と鈴はコロナの勝利を願いながらも、一精霊導師として冷静にこの精霊戦の行く末を見据えていた。


「砂漠の戦域か……」

「うーん、確かにコロナの方が有利、よね?」

「あ、あの……そうとは言い切れないのではないでしょうか……」


 私と鈴の後ろからまるで蚊の鳴くような声で会話に参加するマリン。内気な性格にも程があるだろう、と思いつつも彼女の意見を聞くことにした。最も私と鈴にじっと見つめられた彼女はますます恥ずかしがっていたようであるが。


「あの、えっと……確かに水生の精霊は水辺以外では本当の力を発揮できませんが……砂漠なら、いや砂漠のような戦域であれば、その限りではないんです」

「それはどういうことかしら?」


 私たちがマリンの言うことの意味を理解するのは彼女が話し終えるよりも早く始まった精霊戦で明らかになった。精霊戦が始まると同時に上空から超高速で襲い掛かるフレア。最高速度390kmで空を飛ぶ隼の力を持った精霊であるため、この飛行速度を持つフレアの一撃から逃れられる精霊はまずいない。しかし、フレアの両脚の鋭い爪が突き刺さるよりも早くドレイクの精霊はその姿を地中に消した。


「なっ!?」


 攻撃対象が突然消えたことで、フレアはあわや地面に激突しそうになる。なんとか空中で急停止するものの、バランスを崩したフレアの後ろからドレイクの精霊が襲い掛かった。最高飛行速度を誇るフレアであるが、不意を突かれたのであれば対応しようがない。鮫の持つ鋭い牙が尾翼の端を切り裂いた。


「なるほど、そういうこと」

「水生の精霊は……砂場のような柔らかい地面であれば、潜航できるんです。もちろん、水中と同じようにまでは行きませんが……」

「そうなんだ……マリン、詳しいのね!」

「あっ、あの。私の精霊も水生の精霊なので……あと、精霊のことを知るのが好きなんです」


 鈴に褒められたマリンはあまり褒められ慣れていないのか、頬を朱に染めながらもじもじとする。それでも私の知らないものを知っている人や私に無いものを持っている人はそれだけで尊敬に値すると言えた。


「お嬢様、あの精霊はアオザメの姿をしております」


 そんな私にサフィアはそっと耳打ちをする。人の目ではわからないことでも、精霊の目ならばわかることもあるのだろう。


「アオザメ?」

「はい。アオザメは鮫の中でも最も速く泳ぐことのできる種でございます。そして何より……」

「何より?」

「……フカヒレにするととても美味でございます。じゅるり」


 人の目ではわからないことでも、精霊の目ならばわかることもある。しかし、このサフィアの言うことは真面目に聞いても馬鹿を見る。私もいい加減学習しなければならない。





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