第19話


 


 


「ねえ、リディアちゃん……」


 暖かな木漏れ日が差し込む部屋では、二人の幼女が向かい合いながら横になっていた。ぽかぽかとした空間で眠っていたと思われる二人であるが、そのうちの一人がもう一人の名前を呼ぶ。呼ばれた「リディア」という少女は重たそうな瞼をゆっくりと開く。


「……なぁに、りんちゃん」

「あのね、わたしリディアちゃんのような精霊導師になりたいの。いまはまだつよくないけど、いつかリディアちゃんみたいにせかいでかつやくできる精霊導師になりたいんだ」

「そうなんだ。うん、りんちゃんならなれるよ」

「……ほんとうに?」

「うん。だってりんちゃんはがんばりやさんだから」

「ありがとう……ねえ、リディアちゃん。やくそくしてほしいの」

「やくそく?」

「うん。わたし、がんばってパパみたいな精霊導師をめざす。それでリディアちゃんとぜんりょくで精霊戦ができる精霊導師になる……だからリディアちゃんもまっててね」

「りんちゃん……うん、やくそくだよ」


 わずか7歳で世界の精霊導師が待つ世界へ飛び込んだ私は精霊戦の才能こそ大人の精霊導師に引けを取らなかった。しかし、精霊戦が強いだけで生きていけるほど一流の世界は甘くない。元々人見知りがちだった私は中々人の輪に馴染めなかったのである。

 そんな私の生活を公私ともにサポートしてくれたのが私をこの世界へと導いた鋼也さんと、彼の旧友かつライバルでミハエル先生ら大人の精霊導師たちだった。

 取り分け自分に精霊戦の楽しさを教えてくれた鋼也さんのことを私はもう一人の父親の如く慕い、その娘である鈴は姉妹のように過ごしていた。

 もちろんはじめは私も鈴も気恥ずかしさから何処かよそよそしかった。しかし、幾度か出会ううちに意気投合し、私が鋼也さんの家に泊まる時は決まって鈴と寝食を共にするようになっていた。私と彼女はまるで本当の姉妹のように仲良くなっていた。そんな二人が結んだ約束が「二人で精霊導師として世界の舞台で精霊戦をすること」。その約束があったからこそ、鈴は精霊導師の道を前以上に志すようになった。


 


―――しかし、その約束は果たされることはなかった。


 


 けたたましい鐘の音が響き渡る。漆黒の空を真っ赤な炎が照らしていた。まさに天をも貫かんと勢いよく燃える炎を消すために、防火服を身に纏った人々がポンプからホースを伸ばして放水するも、文字通り焼け石に水であった。業火によって全てが無に帰したその日、私は全てを喪った。

 それは“蒼竜の姫”と呼ばれた私が精霊導師となり、世界中から注目を浴びて三年が経った頃だった。その炎により全てを喪った私は表舞台から姿を消す。しかし、当時最年少の精霊導師として名を馳せた私の存在を世間や社会は忘れても、私の雄姿を知る当時の精霊導師たちは決して忘れなかった。そしてその少女の存在は未来の精霊導師を志す少年少女の間では伝説とまでなっていた。











 目を開けると、視線の先には真っ白な天井に鼻をつく薬品の匂い。私はそこが病院或いは保健室の類であることを理解する。


「お目覚めになりましたか、お嬢様」

「サフィア……」


 メイドの姿に戻っていたサフィアに私は私が何故ここにいるのかを尋ねた。サフィア曰く、精霊戦自体は私の圧勝だったのだが、最初に剣の攻撃を受けたダメージが私にも精神的疲労として跳ね返ってきたようで、それが原因で倒れてしまったらしい。自分に原因があるとはいえ、随分と医務室や保健室の類とは縁があるな、と私は呆れる。私は軽く苦笑いするが、目の前に立つメイドの顔はいやに真剣だった。


「お嬢様、お嬢様を疲弊させる原因である私が申し上げることではありませんが、もう少しご自分の身体を労わってください」

「それこそあなたに言われる筋合いはないと思うけれど」

「その通りです。ですが、お嬢様には心配している彼女のことも気遣う必要がございます」


 サフィアのその言葉を聞いて私が横を向くと、枕元に顔を埋めて眠る鈴の姿があった。私が倒れてからと言うものの、彼女は私の傍を離れようとしなかったようで、私をずっと見守っていた彼女もまた、大衆の前で行う初めて精霊戦で疲れていたのだろう。私が目覚める少し前に眠ってしまったようだった。


(……髪も化粧も派手になった割に、寝顔はやっぱり昔のままよね。無垢で純粋で可愛くて)


 そう言って私は鈴の顔を覗き込む。その時、鈴の目がぱちりと開く。彼女が目を開けるとさっきまで眠っていたはずの私の顔がすぐそばにあった。


「きゃあっ!?」


 今にも肌が触れそうな距離に私の顔があったため、鈴は驚きのあまり椅子から転げ落ちてしまった。その時の私は転げ落ちた彼女のある部分を凝視していた。


「なっ、何してんのよ! てか起きてるなら起きてるって言いなさいよ!」

「言おうとしたらそっちが勝手に目覚めて勝手に転んだのよ。というか若い女がスカートなのにいつまでも大股開きしていていいのかしら?」

「……!?」


 めくれたスカートに向く私の視線に気づいた鈴は恥ずかしそうに立ち上がると、倒れた椅子を起こしてそこに腰かける。彼女は心配して損した、と膨れっ面をしていた。






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