第18話





ツルギ!!」


 丸まったまま打ち返される形となった剣は受け身を取ることもままならず、岩壁へと叩きつけられる。この一撃で結構なダメージを負ってしまったのか、立ち上がる姿にこれまでの力は感じられなかった。


―――先程お前の牙に対して私は爪で対抗すると言ったが……訂正しよう。私にはこの尾もあるんだ。長くて、強靭で、鍛えられたな。


 そしてサフィアは得意気な顔で不必要な断りを入れる。この精霊と出会って早くも10年は経とうとしているが、未だにこの精霊の性格が掴みきれていないところは私が精霊導師として未熟なのだろう、と思わざるを得ない。


「っ、やってくれたわね……」

「サフィアの鱗を完全に貫き、その身体に牙を通すためには勢いを付ける必要があった。でもその勢いがあるからこそ、失敗した時のリスクが大きくなる」

「悪いけど、あたしリスクなんて考えたことないから。数回失敗したから何? 次で成功させればいいだけのことよ! 剣!!」


 鈴の思いが伝わったのか、再度サフィアに対してその牙を通さんと飛び上がる剣。しかし、その動きに先程までの鋭さはなかった。サフィアの一撃で岩に叩きつけられた時に脚を負傷でもしたのだろう。精霊戦開始時と今とでは明らかにジャンプする力に差が出てしまっていたのだ。


「っ!? まずい、このままじゃ……」

「サフィア、迎撃」

―――ああ。


 鈴がそれを理解したところで時すでに遅し。まるで猫が飼い主の胸に向かって駆け寄るかのような。その程度の高さの跳躍になってしまった剣の身体はサフィアの攻撃範囲のど真ん中にあった。サフィアは剣がもはやこの精霊戦では満足に動けない、ということを理解して“敢えて”怪我を負った右腕で剣の胴体に拳を撃ち込んだ。

 竜と言えば、口から灼熱の炎や猛毒を吐き出す怪物としての印象が強いのだが、サフィアは何故かそれらの所謂遠距離攻撃的なものを使用することができなかった。だが、その代わりといってはなんだが彼女は爪牙や拳闘といった近距離戦闘を得意としている。故に負傷した今の剣でサフィアに白兵戦を挑むなど無謀でしかなかった。


―――さて、鈴と言ったな。貴様の精霊……剣はもう満足に戦えない。勝ち目のない戦いをいつまでも続けるのは愚かなことではないのか?


 もし怪我を負っていない左腕で殴り飛ばせば、この一撃で剣を一気に剣を戦闘不能に追い込むこともできたはずだ。それでもサフィアが怪我を負って力の入らない右腕で攻撃した理由。それにはまず間違いなく彼女の手心が加えられていた。サフィアは世にも珍しい、自意識を持った精霊である。人と同じ心を持った彼女だからこそ、同じ精霊を不必要に傷つけることを良しとしない気持ちが生じたのだ。


「ふざけんな!! そういう手加減が、あたしは一番憎いんだよ!!」


 しかし、そんなサフィアの真意を知ってか知らずか。鈴は烈火のごとく激昂した。怒りが第一に現れている彼女であるが、私には見えていた。彼女の瞳にうっすらと浮かぶ涙に。


―――……手加減、か。

「サフィア、今回ばかりは私も鈴と同じ意見よ。この精霊戦は真剣勝負。手を抜くことは相手と相手の精霊に対する一番の侮辱。相手を思いやる気持ちは、今は捨てて」


 サフィアの気持ちはわからなくはない。傷ついた相手を不必要にいたぶることは私だって嫌なことだ。しかし、もし私が同じことをされたらとすれば、鈴のように激怒こそしなくても、心の中では侮辱されたと思ってしまうだろう。だからこそ、これは真剣勝負であり、一切の加減を加えてはいけないのだ。


―――わかった。鈴、お前の気持ちを汲み取らなかったことは謝罪する。だから、これで終わらせる。

「終わらせなんてしない、あたしは……リディアに勝つんだから!」

「サフィア」

―――……わかった。


 鈴の気持ちに呼応してか、全身を酷く痙攣させながら立ち上がる剣。しかし、そんな剣の身体をサフィアはその尻尾で絡め捕る。そして尻尾で剣を抱えたまま、サフィアは高く飛び上がり、その尻尾を振り下ろすようにして大地へ叩きつけた。この一撃がとどめとなった。力を使い切った剣は光の粒となって消滅していった。


「あはは……この精霊戦、あたしの負けか……あんた、本当に強いのね。本当に、本当に……あたしなんかより、ずっと……」


 剣が消滅したことで、精霊戦に終止符が打たれた。私とサフィアの眼に映ったのは、大きく透き通った眼からポロポロと珠のような涙を流す鈴の姿だった。

 



「ねえ、リディア……どうして、約束を守ってくれなかったの? どうして、精霊導師やめちゃったの? あんたがずっとあたしと一緒に頑張ってくれたら……あたしだってもっと……」




 敗北が嫌で流す涙であれば私は彼女に厳しい言葉を投げつけていたかもしれない。。しかし、鈴のこの涙はそんなことで流されたものではない。その見た目は大きく変わり、口調も接する態度も汚かった鈴であるが、この時の彼女はかつて私と―――“無二の親友”―――でだった頃の彼女に戻っていた。


「鈴……」


 私は鈴のいる場所に向かって思わず駆け出していた。しかし、私がそこで鈴のところに辿り着くことはなかった。


「リディア?……リディア!!」


 私はまたしても、動力の切れたからくり人形のようにその場に倒れてしまったのだから。









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