第16話






「さて……これより首席入学生徒・リディアと準主席入学生徒・鈴による精霊戦を行う。これは当校創設後初の公式精霊戦となる。故に当校の今後を決定づけるものとなるだろう」

 

 ミハエル先生の言う通り、私と鈴のこの精霊戦が新設されたこの学校における最初の精霊戦となる。そのため教師である彼らからしてみれば、この精霊戦に込められた意味の大きさは私たちの想像も及ばない所だろう。しかし、私にとって……いや“私たち”にとっては創設後初の精霊戦などという枠組みに捉われられるつもりなどまるでなかった。

 私にとっては鈴と、鈴にとっては私と。余人には計り知れないある種の因縁が込められた戦いである。そこには誰の思惑も関係ない。ただ目の前に立つ“彼女”を倒す。それが私たちの心中でメラメラと燃え盛る闘志の原動力であった。


「両者正々堂々と戦い、持てる実力を出し切って悔いのない精霊戦をすること、いいな!」


 私のそんな思いを知ってか知らずか。審判として入ったミハエル先生が私と鈴、双方に確認を取る。因縁こそあれど、精霊戦はルールの範囲内で行うのが絶対。私たちは共に無言で頷いた。一瞬の静寂が流れ、対峙した私はその目を見開く。


「サフィア!」

「畏まりました、お嬢様」


 私の号令と共にサフィアは私が入ってきた入場口からまるで跳躍や体操に参加している競技者アスリートが如く入って来ると、私の頭上でクルリと一回転。そして着地すると同時に絶世の美貌を持った青髪のメイドは一体の巨大な蒼竜へと変化していた。


 ―――決まった。練習した甲斐があったというものだな。

(……どんなものになるかわからなかったけど、思っていた以上に恥ずかしいから次からはやらないでね)

 ―――むう。


 蒼竜は何処か不満そうに首を傾げた。そんな喜劇のようなやり取りをしている私たちに対し、鈴は至って真面目な表情のまま精霊召喚の詠唱を始めた。私とサフィアのように詠唱なしで精霊を実体化できる精霊導師は現状存在しない。それは彼女も、彼女の父である鋼也さんも同じだった。



 ―――古の世界を制し牙の王よ。今現世に蘇り、再び世界に覇道を!



 詠唱を終えた鈴の前に現れたのはサフィアの三分の一ほど、4~5mほどの大きさをした巨大な四足獣のような姿をした精霊だった。姿形は私が入学試験の時に相手をしたジャガーと似ているが、それよりもさらに大型。そしてその精霊の最大の特徴は上あごより生えた二本一対の鋭く、婉曲した牙であった。


「ふーん……血は争えないとはよく言うものね。まさか古生種と契約できるなんて」

 ―――ほう、剣歯虎サーベルタイガーか。


 剣歯虎サーベルタイガー。古代に生息していた大型の肉食獣であり、その名が示す通り上あごに剣を彷彿とさせる巨大な犬歯を持った虎である。現生種の精霊で虎の姿を取った精霊も多いが、古生種に分類されていることからそれらの精霊の上位種にあたるだけの力は秘めていると思われる。


「血とか遺伝子とかは関係ないわ。これはあたしの精霊使いとしての素質、そして実力の賜物ってやつよ」

「……まあ、それもそうよね」


 鳶が鷹を産むことはあっても、竜がそのまま竜の子を産むとは限らない。精霊導師というものはそういうもので、名精霊導師と名を馳せた者の子どもが同じように名精霊導師になれるかどうかはわからない。現に私の両親は精霊導師としては至って平凡な存在だったと記憶している。最も今私の目の前ではまさに竜がそのまま竜を産んだ、いや獅子が虎を産んだ例をまざまざと見せられているのだが。


「両者精霊の実体化は終了したようだな。では戦域を展開する。戦域展開終了の瞬間、それが精霊戦開始の合図だ!」


 戦域が完全に展開しきった瞬間が精霊戦開始の時である。それは入学試験の時のように審判の開始宣言と同時によーいドン、で精霊戦が始まるわけではない。戦域展開が完了したと同時に攻撃を仕掛けていい、ということになる。先手を取って出鼻を挫くか、敢えて相手に先手を許して反撃を狙うか。各々の精霊をよく理解し、精霊が得意とする戦法を取れるかどうかも精霊導師に求められる能力なのだ。


(戦域は……岩場のようね)


 平たく整備された舞台はいつの間にか切り立った岩々が並ぶ戦域へと変化していた。かつて得意な戦域も不利な戦域も存在しない、とサフィアが言っていたがこの岩場の戦域も身体が大きく小回りの利きにくいサフィアにとってはあまり有難い戦域ではなかった。


 ―――つくづく運がないな、お前は。

(うっさい。そんなの私が一番わかっているわよ。それよりも、始まるわよ!)


 轟音を立てながら全ての岩の配置が終了する。それが精霊戦開始の静かなる号令であった。


 ―――っ!?


 始まった、と私が認識した瞬間である。鈴の精霊の牙がサフィアの右肩に食い込んでいたのは。









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