第15話




「思っていた以上に大事になりそうですね」

「そうね。だからと言って盛り上がりすぎだとは思うけど」


 入学式を行われていた講堂は生徒や来賓、保護者が座っていた長椅子が撤去され、代わりに精霊戦を行うための舞台が準備されていた。講堂は普段は朝礼などの集会や体育の授業で使われるのだが、こうして学校公式の精霊戦が行われる時は専らこの講堂が使われるという。

 普段講堂の床下には大型の精霊戦用の舞台が収納されており、ここで精霊戦をする者はこの舞台を使わなくてはならない。そしてここを使う時は必ず学校に許可を取る必要があり、その精霊戦の内容は逐次担当の教師によって記録される。故にここで行われる精霊戦は公式といって差し支えないものであり、生徒にとってはここで自分の評価が決まると言っても過言ではないのだ。


「……あの時はごめんなさい。私も少し言い過ぎたと反省しているわ。今日はわだかまりのない精霊戦をしましょう?」


 精霊戦の前、私はそう言って鈴に手を差し出す。精霊導師は相手にリスペクトを持って接する。これも幼い頃に私が鋼也さんから学んだことの一つだ。


 ―――本当にそうお思いですか?

(まさか。喧嘩を売ってきたのはあっちなんだから、本来あっちから歩み寄るべきでしょう?)

 ―――……人間の女性というものはたまに底が知れないと思ってしまいます。


 精霊にすら引かれる女と女の間に迸る火花。もちろん私はそれを億尾に出すことなく、精霊導師として活動していた頃に鍛えた営業スマイルを鈴に見せていた。

 しかし、鈴は私が差し出した手を握るどころか、その手を思い切り叩いた。パチン、という乾いた音が響く。ミハエル先生からその名を呼ばれた時はにこにこと笑っていた彼女であったが、今改めて私と相対している時はあの時以上に憎悪の感情に満ちた顔になっていた。


「……逃げないでここに出てきたことは褒めてあげる。でもあたしはあんたを認めていない。言っておくけど、あの程度の相手に勝ったくらいで図に乗るんじゃないわよ?」

「あの程度……というのは入学試験で私が精霊戦をした相手のことかしら?」

「そうよ。戦域の恩恵を受けているにも関わらずあの程度の精霊戦しかできない相手に勝ったところで得意ぶらないで貰いたいものね。ま、いいわ。あんたのハリボテ、この精霊戦で壊してあげるから。負けた時の言い訳でも考えておきなさい」

「……ご忠告どうも。そうね、あなたのものを参考にさせてもらうことにするわ」


 鈴はフン、と鼻で鳴らすとそのまま自分の立つ方へと歩いて行ってしまった。相変わらずの彼女であったが、私の中には不思議と「自分が」侮蔑されたことに対しての怒りは湧かなかった。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 鈴と話している間、後方に控えていたサフィアは鈴が去ったと同時に彼女に叩かれた箇所にそっとその手を重ねる。人の姿をしているのにも関わらずその手はあまり暖かくなかった。竜種と言えども姿形は変温動物の爬虫類であるからなのだろうか。


「だいぶ口が悪いのはわかっていたけれど……無関係の人間を馬鹿にするのは聞いていて気分のいいものじゃないわね。ねえ、サフィア」

「なんでしょうか」

「鈴、ぶっ潰すから。気合を入れて臨みなさい」


 サフィアは何も言わなかったが、私と契約した精霊である以上、私が何を思っているかは当然理解しているはずだ。私の内面でメラメラと闘志の炎が燃える。やる気が出るのはいいことではあるが、憎悪の感情に精霊戦が支配されてしまうことは避けたかった。


(―――これは、お嬢様の期待に応えつつも、彼女が暴走しないように御さなければなりませんね)


 サフィアが私のわからないところで何を思っているかなど知る由はない。それでも私は勝つ。それが鈴に対するこれまでの人生の解答になるのだから。






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