4-10 秋

 メタセコイヤの並木を少女が一人、歩いていた。


 授業棟へ続くその長い道を、少女はシッカリとした足取りで力強く踏みしめる。

 早朝の闘いから一日、疲労困憊だったイオは直後の授業を全てアンヌと共に休んだので一日ぶりの登校という事になる。


 たった一日休んだだけだが、いつもの通学路、そして空気に混じる緑の匂いがひどく久々で新鮮な物に感じられた。



 少しリズムのズレた鼻歌を混じらせながら進む道の先に少女が立っている。


 金髪のすらりとした長身。百合園セイラだ。

 イオは一瞬で表所を曇らせ、舌打ちをする。


「あら? なにか雑音が聞こえたけど?」

 腕組みをして立つセイラはイオの舌打ちを聞き洩らさなかった。


「なんだよ……何か用かよ」


「あなたに用なんかあるわけないじゃない」


 セイラは嘲笑しながら言う。敢えて気持ちを逆なでしてくるかのような口調である。


「なにをッ………って、その手は食わねぇぞッ」


 飛び掛かりそうになったイオはサッと身を引いた。カノンが台頭したことでセイラのランキングは現在、3位まで落ちている。自分やカノンの如く、決闘を嗾けさせようとしている気がしたのだ。


「ふふッ、馬鹿馬鹿しい。私があなた達みたいな姑息な手段を使うと思って? 私はただ、あなたの素敵な美声の感想を伝えようと思っただけ」


セイラはイオを見下ろしながら皮肉たっぷりに呟く。彼女はこれをイオに伝える為だけにここで待っていたのだ。

 歯噛みしながらセイラを睨みつけるイオの背後からもう一つ、声が掛かった。


「確かに、見事な歌声でしたよ。薔薇十字イオさん」


 声に振り返ったイオの顔が引きつる。

 郎蘭土 カノンだった。


「か、カノンさん……体は………」


「この通り、元気ですよ。それよりも、あなたのロック、でしたっけ? 私の胸にぐっさりと刺さりました」


 イオの血の気が引いていく。カノンにあの歌声を聞かれてしまっていたという事がなぜか今になって急に恥ずかしくなってくる。


「えっ……ああ、あははは」

 きまり悪そうに笑うイオ。


「おはよう、イオ」

 その時、割り込んで来たもう一つの声にイオの胸が躍る。


「お姉さまッ」


 振り向けばアンヌが立っていた。

彼女はイオに軽く微笑むと、続けてセイラとカノンに会釈する。


歌の話題から話を逸らそうとイオは続けた。


「か、カノンさんの方こそ、次は負けないぜ」


 指をさすイオにカノンは首を振る。


「いえ、もう私はあなたに負けました」


「えっ?」


「あんな凄い戦い、そして必死で食らいついて来る姿を見れば………私はそれで充分です」

 カノンがにっこりと笑う。


「そ、それじゃあ………」


「はい。あなたがこの学園のトップジェミナスです」


 戸惑いながらもイオはアンヌの方を見た。

 アンヌはイオに頷いて返す。


「次は……アイアンメイデンではなく、あなたのギターとセッションを是非また」

 カノンが呟く。


「ああ! それならいつでも!」


「その時は歌も一緒に披露してくださいね」


「あ、……ええッ………それはちょっと」


 イオは困ったように頭を掻く。

 アンヌが含みながら笑った。



風が吹いた。

晩夏の風ではなく、少し冷たい秋を載せた風だ。

風にアンヌの風がなびく。


また、胸がドキッとした。

 体が火照ってくる。

 これは情熱ではない気がした。

 でもそれが何なのか、イオはまだ知らない。



季節が秋へ向かおうとしていた。



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