4-9 ハイボルテージ

自分はまだ生きているのか………


 意識が混濁して、これが終わりに向かっているのか……それとも別なのか、判然としない。

 確かなのは全身が苦痛にあえぎ、もう立ち上がることが出来ない程にダメージを受けているという事実だけ。


 なぜ自分がどんな状態になっているのかすら、よく分からない。ほんの少しの間に様々なことが起こり、上手く事態を咀嚼出来ないでいた。


 それでも自分が敗北したのだという事は何となく分かる。

 体が重く、筋に力が入らない。もう、無理だなとボンヤリ思った。


 まただ―

 また、やってしまった―

 やはり、自分には―



「―オッ! ―オッ! ―イッ! ―イオッ!」


 アンヌの呼ぶ声でイオはやっと肺へ空気を送り込むことを思い出した。

 喉の奥では血だまりがゴロゴロと音を立てて、思わず咳き込む。それでも身を起こして血反吐を吐き出す力はなく、喉の筋肉で口から押し出すのがやっとであった。


 眼を開けると天井が見えた。二重のリングの外周が高速回転している。ブラッディローズの天井だ。それを見てイオはまだそれでも負けていなかったのか、と思った。


 3つ目のランプが点灯した瞬間、衝撃波がローズの全身を打った。ほぼゼロ距離に等しい攻撃。いくらアイアンメイデンの耐圧核や装甲が強靭であるとはいえ、その許容量を遥かに超えた攻撃だ。


 まともに喰らっていれば立っていることは愚か、死すら招きかねない。

 だから尚更、攻撃を受けたイオの対応は奇跡としか言いようが無かった。ほとんど無意識のうちに彼女は両手で防御姿勢を取っていたのだ。

 お陰で数百メートル以上も吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたものの、辛うじて生きていられた。


 肺に酸素が満ち、血管へ流れ出すと骨が軋んだ。

 痛みは自分がまだ生きているという証拠だ。しかし、生存の安堵よりも先に涙が溢れて来た。

 自分には才能もなければ、怪獣を倒す情熱ボルテージも無い。


 やっぱり……無理なんだ―


 自分への失望とアンヌへの申し訳なさにすべてが嫌になって来る。顔の筋肉が引き攣り、ボロボロと涙がとめどなくあふれ出してくる。

 肉体的にも、そして、精神的にも、もう……立てない。



「立って………立ってイオッ!」

 アンヌが座席から身を乗り出し叫んでいる。


「でも……お姉さま……あたし…………」


 やめてくれと叫びたかった。アンヌが願えば願うほどに身が詰まる。イオは歯噛みしながら慟哭する。

 アンヌが大きく息を吸う音が聞こえた。イオはとうとう、アンヌにも呆れられたのだと察した。


「………そうよ、イオ。あなたはまだまだ未熟で、それに………弱い」


 イオは拳を固く握りしめる。


「突発的で無計画、行き当たりばったりで打算的。あなたと一緒にいれば幾つ命があったって足りないわ………でもね、イオッ。 薔薇十字イオ、あなたはそれでも立ち上がれる人でしょおッ!」

 アンヌが声を震わせながら叫ぶ。


「お姉さま………」


「私が信じているのは、強くて才能にあふれたイオじゃあない。私が信じているのは、どんな時にでも再び立ち上がれるイオなのよッ!」


 アンヌは髪を振り乱し、必死に叫んだ。感情的になってはいけない。そう頭では分かっていたが、イオを思うと止められない。


 喉を枯らし、声を上げ叫ぶ。


「だから………だからッ…………」



「分かったぜ………お姉さま。あたしは大事なことを忘れてたみたいだな。へへっ……たかだか一回や二回の失敗でお釈迦のイオ様じゃあない。闘いはよぉッ! まだ、まだまだ3回の表だァッ!」


 血の通った叫び。力強く、気が満ちている。

 そうだ、自分は何度だって立ち上がった。それは決して才能を証明する為なんかじゃない。姉に近づくため、姉の仇を取る為、だから戦う― イオは今までの数少ない戦いを思い出す。


 情熱なんて、情熱なんて自分にはいくらだってあるじゃないかッ― 必死に喰らいつく力がどこから湧いて来るのか、はっきりと分かった気がした。

アンヌの全身をイオが発散する闘気と生気が突き刺さって抜けていく。

 

「イオッ!」


 顔上げるアンヌの心臓が強く打ち鳴らされる。

 イオが、薔薇十字イオがその両足で立ち上がっている。

 イオは血と汗で塗れた顔を拭うと髪をかき上げ、オールバックに纏めると、燃えるような目で怪獣を射すくめた。


「ブラッディメアリーで両断してやるッ」

 背中へ手を伸ばすイオにアンヌが問い掛ける。


「……残念だけど、イオ。それはあまり効果がないかもしれないわ」

 落ち着きを取りもしたアンヌは腰を浮かせて座席に深く腰掛けながら呟いた。


「えっ……な、なんでだよ………」

 アンヌは髪をかき上げ、鼻と口元の汗を拭うとイオの目を見る。


「イオ。怪獣に共通する行動原理はなに?」


「ええッ? な、なんだよ急に………お勉強なら今じゃなくても……」


「大事なことよ。答えて」

 優しい声であった。


「………えっと、人類の抹殺と破壊………だっけ?」

 補習を受けていた事がこんな所で役に立つとは。


「そう、それはこの怪獣も同じ」


「でも、こいつはこっちから攻撃しない限りは―」


「表面上はね。見えていなかったの。ただそれだけ」


「ど、どういうことだ? 私には意味が全く……」


「この怪獣はちゃんと攻撃していたのよ。それも、このアポロン全体にね」


「なにッ!?」


 アンヌはイオの驚きから目線を逸らし、顎に手を当てる。


「ビームが外れた時、私はおかしいと思った。弾き返したわけでもなく、かと言って相殺したわけでもない。まるで、ビームが何かに反応して軌道を逸らされたよう………そして、イオ、あなたが怪獣に触れた時、全てが分かった。あの怪獣は超音波を絶え間なく流し続けているのよ」


「ちょ、超音波を!?」


「ええ。人間には感知できない微細だけどそれでいて強力な音。怪獣は常に体表を微振動させることで強力な音波を全方向に放射し続けていたんだわ。ビームが命中しなかったのその所為。超音波の周波数とビームの発振する周波数が互いに干渉しあって軌道が逸れることだってあり得なくはない……」


 カノンとの戦闘で得た知識のお陰でイオは何となく理解できた。

 アンヌの言う通りであれば、周囲から動物の気配が消え去っていることも全て説明が付く。


「でも、超音波なんか出し続けたって何の意味が……」


「見たでしょ? 崩れた岩。オーキッドの攻撃を思い出して。断続的に超音波を放射され続けた物体は?」


「破壊される………まさかッ!」



「そう、恐らく地中に深く突き刺さった脚部、あそこから地中へ音波を流し続けられたら……」


「ガーデンが、真っ二つ!?」


 イオは両手でガーデンがガバッと割れる様子を再現して見せた。


 アンヌは少し疲れた目でそれを笑う。

「考えたくないけど、ね」


「……チッ、ったくやろぉ………裏でこそこそとんでもねぇことをぉッ」

 歯をむき出しにしてイオは怪獣を睨む。


「見えている物だけが全てではないという事ね」


 アンヌの呟きにイオは何故か、バイオリンを猛練習するカノンの姿がフラッシュバックした。


「見えている物だけが……か……」


「超音波放射の為に敵の身体は恐らく強力な弾性を持っているはず、ブラッディメアリーで太刀打ちできるかは危ういわ」


「じゃ、じゃあどうするって―」


「あのランプが意味する物を考えてみて?」


「ランプ? あれは……衝撃波が………」


「てっきり私はあの怪獣が音を吸収し、増幅させて放出することを攻撃だと思っていた。でもあれは攻撃なんかじゃない。超音波を使うあの怪獣にとってその他の音は雑音。波長が違う音がぶつかり合えば音源は変調してしまう。だからあの怪獣は他の音を吸収していたのよ」


「つまり、超音波の邪魔になる音を喰ってた?」


 アンヌは少し笑みを見せながら頷く。


「恐らく、溜まった音は時間をかけて超音波化して放出していたのよ。途中でランプが消えたのもその所為だと思うわ。でも、一度に食べて溜めて置ける量には限界がある」


「ランプはそれを示していたって事か……」


「そうね。溜めて置ける残量を示していたのよ」



 イオは不快そうに顔を歪める。


「食って食って、溜まったら……出す、か。まるでこりゃ、う―」


「イオ?」


 アンヌが遮る様にして誰何するのでイオは思わず口を押えた。心なしか、アンヌは白い眼で見ているような気がした。


「でも、それが分かった所で……」



「イオ、あなた、ギターが出来るんでしょう?」


「えっ……どこでそれを………いや、やっぱいい」

 アンヌがイオの頭を読めることを思い出しイオは自分で押さえる。


「あの怪獣にめいいっぱい、ギターを浴びせるのよ」


「………はぁ? お姉さま何言って………」


 イオが驚くのも無理はない。怪獣が音を吸収し放散するのは明白。音を浴びせるという事は敵にエネルギーを供給してしまう事を意味する。


驚くイオを尻目にアンヌは整然と続けた。

「いいえ、ギターだけじゃだめね。一緒に歌も歌うのよ」


 驚いていたイオの顔が一変し引き攣る。


「い、いや、あたし、歌詞知らないし……」


「……?」

アンヌはそんなイオを見つめながら首をかしげる。


 だめだ、アンヌに嘘は付けない―イオは気恥ずかしさと気まずさから頭をぼりぼりと掻いた。


「はぁッ………歌うよ、歌えばいいんだろ……でも、そんなことしたらこっちも……」


「少し無茶をするだけよ、イオ。私を信じて」

アンヌの透き通った眼がギラギラと光る。瞬きも逸らしもせずにイオを見つめる。



お前の情熱を見せて見ろッ!―

歌は心を燃やすものですよ―

大門、そしてカノンの言葉が去来する。

自分の情熱を歌に込めてぶつけてやるんだ―イオは大きく息を吸い込むと、前を向いた。



「分かった………ガンガンのロックを聞かせてやるぜッ! ブラッディメアリーッ!」

 イオの叫びに両翼がパージ。空中へ跳ねあがると合体し、巨大な太刀となる。

 アンヌに指示されなくとも、やることは勝手に頭で分かった。


 斬獣刀ブラッディメアリーを片手で握りしめたイオはぶんぶん振り回すと地面へ強く突き刺した。そして、自身のウェーブをむずッと掴むと勢いよく引き千切る。

 千切れた数本のウェーブをイオはそのまま太刀の切先から柄へ引っ掛け、結びつける。


 抱きかかえるようにして持つそれは最早、太刀ではない。凶暴に尖ったヘッド、ピンと弦が張ったネック、それは誰が見ても正に変形エレキ。


「ブラッディ・ファイヤー・バードだァァァァッ!」


 イオは叫びながら弦を接地させながら、ヘッド方向へ弾くと、ギュイ――ンッと雷鳴の如く、ギターが雄叫んだ。ピックスクラッチだ。

 ウェーブにはフォトンが走り、弾き上げる度、空中へ稲光に似たオーロラが走る。


「音も問題ないッ」


「音量の調節は私に任せて」

 イオは振り返らず、頷くと、怪獣を指さした。


「よっしゃァァァァッ! この曲で地獄へ落ちろォォォッ!」

 

心臓を揺らす轟き、脳髄を沸騰させる爆音。

 雷激が走り、辺り一帯にエレキギターの電子音が響き渡る。

 ギャルルルッ、ドギュギュギュギュッ、電気がこすれる音が心地よいメロディとなって朝の渓谷を吹き抜けていく。


もう何も躊躇いはない。自分を曝け出す。

  イオは鼻から思い切りきり、吸い込むと腹に力を込めた。



『ぅあっくッの天才が 時に野心をいだぁきぃィィィィィッ!』



「ヴァニスタッ! な、なんて歌声なのッ!?」

「ひ、酷いッ! 酷すぎるゥゥッ!」


 待機室で見ていたセイラとコノミはイオの悪声に思わず耳を塞ぎ、ソファへ頭を押し付けた。

 モネは叫びさえしない物の、顔を顰めて耳を塞ぐ。カノンや自分の前で歌わなかった理由が分かった。彼女は所謂、音痴だったのだ。



『せっかい征服をォォォォーーーーッ夢見た時にィィィ!』



 確かに、お世辞にも上手いとは言えない歌。しかし、イオの迷いのなさ、そして潔さが熱く魂を震わせる曲を高らかに歌い上げていく。

 怪獣のランプは途端に上昇をはじめ、一気にレッドゾーンまで叩き上げられた。

 イオはそんなことなどお構いなしに歌い続ける。



『君はどうする 君はどうするか 君はァァァァーー』



恥ずかしさなど、微塵も無かった。

心が解き放たれ、自分と言う人間、存在が電撃に乘って激しい主張をしている様だ。

 心を燃やす―これがそうなのか、カノンの言っていた意味が分かった気がした。心の底から歌い上げるこの歌に無用な建前や取り繕いはない。曖昧で言葉にならない気持ちが、あまりにも正直に流れていく。


 そしてそれが、純粋な気持ち―情熱を作り出す。

 私はもっと強くなりたいッ―

 私は姉さんのように強くなりたいッ―



「あのバカッ! 歌がヘタすぎるわッ」

 セイラはギターをかき鳴らす、ローズを注視しながら叫ぶ。


「気持ちよく歌ってるのが また腹立つぅゥゥッ………」


 コノミも足と手をバタバタと動かしこの音に耐えている。


 カノンと一緒にいるユキでさえ、瞼を閉じ人差し指で耳の穴をがっちり塞ぎ耐え忍んでいる。


 そんな中、たった一人、この曲を聞いている人間がいた。

 郎蘭土 カノンである。


 カノンはただ一人、両手を広げて立ち上がり、浴びるようにしてこの曲を聴いていた。


「か、カノンさんは……平気なの……?」


 眼を瞑り、聞き入っているカノンをモネは不思議そうに見つめる。


「そうですッ! これが薔薇十字さんッ! これがあなたの魂の叫びッ! 心を震わせるッ! これこそ音楽ッ! 素晴らしいですッ!」


 絶賛の嵐。音を味わうようにして頷き、体を揺らし、鑑賞する。



『マッハコレダー ぶぅっぱなせぇぇぇッ!』



 サビに入った途端、怪獣のランプは全て点灯。許容量を越えてしまった。しかし、イオのどら声はますます熱が入り、さらにヒートアップする。



「外部スピーカー破損ッ! 16、17、18番の集音機全て遮断しますッ」

 戦略指令室でもイオの歌声は響き渡っていた。


「音圧レベルが限界値を越えていますッ! これ以上は危険ですッ!」


オペレーターが次々にシステムの不調を訴える中、大門は椅子から立ち上がりサングラスの奥に秘めた目をギラリと光らせながら、モニターに映るローズを見つめると

「………そうだ。それでいい。それがお前の情熱だ」

と、呟いた。



 許容量を超度してもひたすら流れ込んでくる大音声だいおんじょう、怪獣に異変が起きたのはその時であった。それまで点灯しているだけだったランプが激しい明滅をはじめ、体表が小刻みに震え始める。


 怪獣が弱っている、一気に畳みかけるッ―



『頼むッ! 頼むッ! 頼むッ! 頼むッ! マッハバロンッ!』



 ギャウゥゥゥゥンッとトドメのピックスクラッチが響き渡る。

 次の瞬間、怪獣は内部から弾け飛ぶようにして粉々に砕け散った。




「はぁッ………はぁッ……や、やったぜ」

 ガラガラに枯れた声でイオはガクッと肩を落とす。安堵とやり切ったという達成感で疲れが一気に押し寄せて来る。


「イオ」


 アンヌの呼ぶ声に振り返る。


 笑っていた。

 自分のパートナーは純粋なまでの笑顔でこちらを見ている。イオの胸がドンと高鳴る。

 照れを隠すようにしてイオは目を瞑って首を振った。


「まさか、これを狙ってたのか?」


「ええ。許容量があるってことはそれを越せばきっと壊れる……ってことよ」


「なんか、お姉さまらしくないな。こんな無茶なこと」


「私らしくない………まあそうね。だってこれはイオが教えてくれたことだから」


「え、私が?」


「フーセンガム」

 アンヌが微笑する。

 格納庫で噛んでいたガムをイオは思い出す。まさか、彼女がそんなことにヒントを受けていたとは。


イオは苦笑した。でも嫌じゃない。アンヌが自分の何気ない姿を見てくれていたという事が嬉しい。

 顔が紅潮しているのを両手で必死に拭うように隠し、イオは呟く。


「あたし………情熱、出せたかな?」


「ええ。とびきりの奴ハイボルテージをね」


「え、えへへへ…………」


 自分で聞いておきながらイオは何故か面白くなって笑ってしまう。

 まだ怪獣を倒したという実感がない。でも、アンヌの笑顔を見ていると少しずつ、嬉しさが表出してくる。今はアンヌといること、ただそれだけが嬉しかった。




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