4-8 ランプの灯る時

 烈日が白い巨人の装甲を強く照り返す。


 薔薇十字家のアイアンメイデン― ブラッディローズ血まみれの薔薇の装甲はその名とは対照的に純白だ。厳密に言えば装甲は透明であり、白く見えているのはその下に構えるフレームと差し込む光の乱反射によるものである。おかげで、丁度朝日の差し当たる山腹に立つブラッディローズはあたかも全身燐光し、さも戦闘前の気迫が満ちているようにも見えた。


 曲線美溢れる様相と立派な鶏冠から流れるウェーブ。見る者に神々しさと威厳を感じさせる、正に戦う神像。


 あたりはそんなブラッディローズに畏れを抱くよう、不気味なまでの静寂に包まれている。

前方、約16km先に立つ怪獣は出現地から微動だにしていない。にも拘らず、周囲には鳥や鹿、あらゆる生物の気配がない。

 昨日の衝撃波がなぎ倒した無数の木々だけが静かに横たわっている。


「昨日から1ミリたりとも動いていないって訳か」


 出力系統を全てビームの発射に回しながら、アンヌはイオが呟くのを聞く。

そう、イオの言う通り、気がかりだった。隠れるわけでもなく、かと言って何らかの攻撃を積極的に仕掛けてくるわけでもない。巨大な生物がそこに鎮座している、ただそれだけなのである。


 ふと、今までこんな怪獣がいただろうか、と思い返してみる。アンヌの記憶が確かであれば、そんな敵は今まで見た事が無い。どんな怪獣でも自発的に破壊活動を行い、人類に対して絶対的な敵意を持っていた。


 何もせず、攻撃と言える攻撃も相手の音に対応するだけ。魔女の直感よりも、アンヌの経験が妙な違和感を抱かせる。

 イオに提案したビームによる一撃必殺も、決して有力な作戦とは思えなかった。しかし、むやみやたらに戦って、命を危険にさらすよりはまだこちらの方が勝機はある。


 以前、怪獣と戦った時もプロトンビームで起死回生を狙い、失敗したが、今回は状況が違う。敵は動かず、アンヌの体力も万全。そして何より、イオとの軋轢が無い。


 計器から顔を上げて、イオを見下ろす。

 イオはウォーミングアップをしながら、スクリーン上に拡大された怪獣、メトロノーマを睨んでいる。


 微調整を終え、アンヌはゆっくりと深呼吸をする。

 同時にコンソールを叩き、プロトンビームの出力系を解放。

充填が始まった。


 深く、肺を目一杯広げる呼吸を2度、3度、続けていく内にアンヌの身体が火照って来る。体の芯がどこにあるのか、今ならはっきりと分かるほど、奥の方からじわじわと熱が込み上げ、血を煮えたぎらせていた。


 通常の人間には感知できないが、彼女の身体からは今まさに大量のフォトンが沸き上がり、全身の血管、神経を通ってけいと呼ばれる部分から放出されている。


 魔女が放出したフォトンはコックピット天井に備え付けられたリングを介して、オーガニックエンジンに供給されていく。


 アンヌは毎度奇妙な感覚だと思う。体感的には何もしていないにもかかわらず、どんどん体力がすり減り、消耗されていくのだ。次第に呼吸が浅くなり、頻度が増える。


 フォトンの供給量を示すインジケーターがグリーンを示す。

フォトンの許容量はアイアンメイデンによって異なるが、インジケーターが示す規格はほぼ同じ。最も低い値がブルー、中量がグリーン、限界値近くになるとホワイト、限界量を超えた場合はレッドが表示される。


 アンヌは一瞬目を閉じ、呼吸を整えるとインジケーターを確認する。

 メーターはグリーンのまま動かない。そのメーターを見てアンヌは空恐ろしくなった。ローズの許容量ではまだこれが半分にも満たないが、単純な量で言えば十分すぎる。このブラッディローズという機体自体が恐るべきフォトンの許容量を持っている。


 一体、どんな人間が扱う事を想定しているのか、それとも自分では力不足とでも……アンヌは静かに苦笑し、手動でインターロックを解除する。


「………ッ……はぁッ……イオ、いけるわ」


 汗まみれになったアンヌの口元には涎が白く溜まっていた。イオは振り返らず、頭を数回振るうと

「よし……やるぜッ」


 右足を軸にして、半身で構えた。

 同時に右腕を構え、肘をまげて前方の敵をその稜線に捉える。

 スクリーンには赤い照準レティクルがそれぞれ別方向から3つ展開し、補正し合いながら1つ、また1つ、とロックオンして行く。


 最期の1つがメトロノーマのウィークポイントを中央に据え、固定する。

 機械での補足はこれが限界。あとは操縦者、イオの腕次第である。


 鼓動が強く跳ね上がった。

 外せない一発。心音が耳の中で反射し合い、呼応するように腕が震える。

 震えを抑えなければ―


 息を止め、腹に力を入れるとほんのわずかに筋肉の痙攣が止まった。

イオはその好機にもう迷わなかった。


「砕けろッ! プロトンビィィィィーーーーーーーーーーームッ!」



 ゴォッと光の束が空中で凄まじい閃光を放つ。

 目もくらまんばかりの光が収束すると、一筋の光軸が大気を焼き、空気を震わせ、直進していく。


 さすがは16kmと言う距離。数秒掛け、一直線に伸びる射界が悠々と視認できた。

 両者を遮るものはなく、怪獣は避ける気配もない。命中までは数秒もない。イオの決断力、そして腕が物をいった。


確実な命中が分かると同時にアンヌの肩にドッと安堵が圧し掛かって来る。

 意識して気を抜いたわけではないが、不意の散漫で疲労するほどにフォトンの消費は、アンヌの体力を削っていた。

しかし、案ずることはなかった。この一撃で終わる、疲労と成功の興奮がそんな甘えた考えもすんなり受け入れさせてくれる。


何も心配はいらない。

狙いは正確なのだ。

そう、少なくとも狙いは……


 刹那、チェインッという擦過音に似た音が集音システムに響く。

着弾したビームが対象を溶解する音とはかなり異なっていた。それは爆ぜるというよりも、弾かれるという表現が近い音。


その音をアンヌは聞き逃さない。顔を上げ、目に力を入れ、スクリーンを睨む。

 一目には直撃したビーム束が大きく散開しているように見えた。が、アンヌには分かった。ビームは怪獣の表皮に直撃する寸前、軌道を逸らされ、真後ろへ流されてしまったのだ。


 一体、何が―


 逸らされたビームは地面に着弾。超高温で熱された土や石に含まれる水蒸気や成分が一気に蒸発、膨張し、赤い半球状に膨れ上がると一気に爆ぜた。


 衝撃波でスクリーンに一瞬、ノイズが走る。

 思わず、アンヌも集音システムを遮断してしまうほどの轟音。


「なッ! ビームを避けたッ!?」


 僅かにビームの弾道を逸らし、後方へ受け流した怪獣の姿はイオにさも回避行動をとったかのような印象を抱かせていた。


「違うわ。あれは―」


 イオに事情を説明しようとしたアンヌは再びスクリーンを見て、反射的に口を塞いでしまった。それが全く意味のない行動だとは分かっていながら。

 爆煙の向こう、夜を溶かしていく朝日の中、ボゥッと赤い二つの光源が揺らめいていた。


「ら、ランプが……チッ……くっそぉ………」


 噴煙は谷間に吹き込む風のお陰で、予想以上に早く晴れたが、かと言って事態が好転するわけではなかった。爆破音が怪獣に吸収され、3つあるランプの内、2つまで点灯してしまっている。

 3つ目のランプが点灯してしまえば、衝撃波をもろに喰らう事になる。つまり、カウントダウンはかなりギリギリのところまで迫っている事になる。


 イオは自分の集中が徒労に終わった苛立ちで固く拳を握りしめると、太ももを強く叩いた。


「な、なにがおきたってんだッ!」


 アンヌも答えられなかった。疲れと驚きの所為もあったが、それでもやはり先ほどの現象を説明するだけの知識が無かった。

 単純なバリアでもない。怪獣の直前でビームは確かに逸れた。

 まるで何かが干渉しあっているみたいに―


「こうなったら、あたしのプラン2だッ!」


 イオが拳をぶつけ合いながら叫ぶ。

 彼女の考えは一瞬でアンヌの頭に入って来る。


 ジャンプで距離を詰め、ブラッディメアリーで叩き斬るつもりだ。いつもながら、無謀で打算的、しかしアンヌはそれを全面的に否定するつもりはない。


「待って」

 腰を屈め、ジャンプを構えたイオをアンヌは制止する。


「……やっぱ、ダメ?」

 イオは苦笑しながら振り返る。


「いいえ。ブラッディメアリーでの両断は悪くはないわ。ただ、ジャンプで距離を詰めるというのは危険だと思わなくて?」


「じゃあ、どうやって」


 アンヌは顎に手を当てて俯くと

「ゆっくり、近づくのよ」


「音を立てずに?」

 アンヌは顔を上げ、自信たっぷりに頷いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 待機室の扉を開いた時、セイラはやはりと言うか、呆れるというか、少し気の抜けた感じがして大きく息を吐いた。


 高級ソファの革が鼻をかすめ、セイラはもう一度部屋を見回してみる。

 早朝、それも授業の数時間前、待機室に人影は無い。


 いつもなら、決闘や怪獣との闘いを見る為、集まっている生徒達も眠気の前にはこの有様だった。

 所詮は興味本位ということか― そんな事などずっと前から分かっているはずなのに、こうして現実の断片を垣間見てしまうと苛立ちを通り越して呆れすら感じてしまう。

 セイラがため息交じりに首を振ると背後に立っていたコノミが肩を小突く。


「案外そうでもないかもよ」


 コノミの言葉に給仕場を見るとカノンとユキが既にコーヒーを淹れていた。


「おはようございます。百合園さん、九々さん」


 カノンは2人の姿を確認すると笑顔で挨拶する。

 セイラは軽く会釈だけをすると、自分のコーヒーを注ぎにかかった。


「お2人とも、もうお身体は大丈夫なんですか?」


 代わりにコノミが尋ねる。


「ええ。もう、すっかり。ご心配をおかけしました」


 薬膳槽に浸かった2人には傷も痣も全く見られない。


「そっか……」


 コノミはセイラに手渡されたコーヒーを受け取りながら、人の気配を感じてふと扉の方を見る。コノミの視線が泳ぐのを知って、セイラとカノンが続いた。


 戸口には眠い目を擦りながら、モネが立っていた。

 一度に視線を浴びた彼女は肩を竦めて気まずそうに目線を逸らす。


 コノミはもう一つマグカップがいるなと思いながら

「なんだかんだ、皆あの子イオにクギヅケってわけか」

とほくそ笑む。


「……まだ死なれちゃ困るわ」


 セイラはそう言いながらコーヒーを啜った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



50mの巨体をもってしても、16kmという距離は決して短い距離ではなかった。

 それも音を極力出さぬよう、抜き足、差し足で進めば怪獣までは果てしなく遠く感じられる。

 しかし、良かった面もある。必要以上の時間をかけ、ゆっくりゆっくりと進んでいく間にアンヌの体力は少しずつ回復してきていた。


 重い肩も幾分マシになり、胸の動悸も納まり、呼吸は穏やかだ。

 しかし、落ち着いたアンヌとは対照的にイオの心中は今にも爆発寸前であった。

 せっかちで、気が短いイオにはこの牛歩が苦痛で仕方が無い。目の前に敵はいる、にもかかわらず、距離は遅々として詰まらない。


 まだほんの数十分歩いただけであったが、イオにはもう1時間以上焦らされている気持ちだった。

 その間にも怪獣はランプを2つ点灯させたまま、ピクリともせず、攻撃や警戒の素振りすら見せない。

 それを見ていれば、イオの苛立ちは更に増し、いつの間にか怪獣と対峙しているという緊張感は薄れ、足取りが少しずつ早くなる。


「なんでこいつ、何もしてこねぇんだ……ッ まさか、死んだりしてねぇよなッ」


 口調で相当いら立っていることが分かった。だが、アンヌにもどう答えていいのか分からない。



「―ッ!?」

 イオの独り言を何となく聞き流していたアンヌは画面に映った怪獣に目を止め、度肝を抜かれそうになる。


 アンヌが息を呑んだ声でイオも驚き

「こ、攻撃かッ!」

っと反応する。


「違うわッ! あれを……」


 イオはスクリーンを見直す。


「か、怪獣のランプが……1つ消えている………」


 最初は見間違いかと思った。

 しかし、スクリーンには確かにランプを1つだけ点灯させた怪獣の姿が映っていた。


「あああッ! なんなんだッ!? ますます意味が分からねぇッ!」


 イオの苛立ちがここに来て爆発した。

 ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き乱しながら、叫ぶ。


「ッったくッ! しゃらくせぇぇッ! こうなったらッ!」


 もう止められなかった。イオはフォトンを噴かし、ブラッディローズを怪獣の正面に近接させる。あれだけ遠かった距離が一瞬にして眼前に迫り、イオはローズを着地させる。着地時の振動を少しでも緩めようと足を踏ん張ったことが功を奏したのか、幸い、怪獣のランプも作動しなかった。


「ようもねぇんならッ! 宇宙へ連れて帰ってやるぜッ!」


 勢いづいたイオは何のためらいも無く、怪獣を抱きかかえるようにして掴む。

 このまま怪獣を持ち上げ、上空へ押し上げる。そんな単純な思考が故の行動だった。


 瞬間―

 掌に痺れるような痛みが走った。


「ッ!」


 不意の痛みに動揺し、手を引いたイオは体がよろけ、そのまま渓谷の側壁に寄り掛かる。

 それと同時だった。


 ローズの巨体が壁に沈むようにして、岩肌がガラガラと瓦解を始める。

 機体の重量を考慮してもあまりに脆い。カノンへ与えた衝撃派ですら壊れなかった岩がいとも簡単に粉々になり、崩れ落ちていく。崩壊が次の崩落を呼び、壁の破砕は止まるどころか、波状に広がっていく。


「まずいッ!」


 途切れることなく、落下して行く岩塊をイオは咄嗟に回避する。

 しかし、壁の崩落は最早だれにも止められず、谷間に凄まじい音を反響させながら次々と崩れ落ちて行った。


 多量の落石は回避したが、それでも危機が去った訳ではない。身を起こし、願うようにして怪獣を見上げたイオは死を覚悟せざるを得なかった。

 最も危惧していたことが起こってしまったのだ。


 怪獣のランプが3つ、全て綺麗に点灯していた。


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