4-7 役割

 ざわめき。

 また、ざわめきの事を考える。



 朝日が差し込む長い廊下を南アンヌは一人、歩いていた。怪獣出現中とは思えない程に外は穏やかで柔らかい日差しと鳥のさえずりが木霊している。

 一晩中、大門の放った言葉がアンヌの頭の中でぐるぐると巡れば、まんじりとも出来なかった。

 

―なぜ、お前が言ってやらない―


 意味は分かった。

 そう、自分だって気が付いていたのだ。敗北したイオがジェミナスを解散しようというのは到底本心ではない。彼女は自暴自棄になっているだけなのだ。


 確かに初めての敗北がイオに与えたダメージは計り知れない。しかし、直後のあの悔しがり方と落ち込みよう。彼女が本気であることも、そして戦うセンスに溢れていることも長年の経験から分かった。


 彼女自身がまだその伸ばし方を知らないだけなのだ。アンヌに自分がイオを伸ばせるという自信はない。だが、自分は彼女のジェミナス。責務は自分にある。

 本来支えなければいけないのは自分なのだ。


 アンヌは廊下を抜け、石段を降りると分厚い扉を潜り抜ける。

 石造りの部屋に入ると途端にキツイ薬の匂いが鼻を突いてきた。


 パートナーの感情に深入りしない。

 アンヌがイオとジェミナスになる時、決めたルールだった。必要以上に深い関係になることをアンヌの過去が必死で拒絶しているからだ。


 だが、ざわめきが邪魔をする。

 イオを心から追い出そうとする度、イオと距離を保とうとする度、ざわめきが心に荒波を立てる。それは間違いだと、イオを離すなと叫んでいるように。


 だから納得した。

 これは深入りではないと。

 未熟なイオを支え、励まし、叱り、成長させるのがジェミナスとしての役目なのだと。


 大きく息を吸うと、部屋に充満した熱気と湿気が肺を熱くした。

 巨大なその部屋の中ではわずかな音が無数に反響し、蒸気が充満している。


 部屋の中央には緑色に濁った大きい浴槽があり、イオがそこに浸かったまま眠っていた。

 石の枕の不快感を覚えない程、疲労して眠り込むイオにアンヌは近づき、しゃがみ込むとイオの頬を撫でた。


「イオ……起きなさいイオ。時間よ」


 アンヌの優しい声にイオの瞼がピクッと動き、眉間しわが寄る。


「んっ………ううっ……ここは?」


 眼を開け、半身を起こしたイオは辺りを見回しながら見覚えのない光景に不思議がった。彼女の最後の記憶は教練室で滅多打ちにされ、何度も何度も意識が飛びそうになっている所で終わっていた。


薬膳槽やくぜんそうよ」


「や、やくぜん? そー?………って裸ッ!?」


 イオは自分が全裸であることに気が付き、咄嗟に手で隠す。いくら相手が女性であっても恥ずかしい物は恥ずかしい。


 隠しながらイオはハッと気が付く。

「あ、痣が………消えている?」


体中に出来ていた無数の痣、傷が全て消えている。加えて一晩中練習し続けたというのに体中の痛みも疲れも、眠気までも消え去っていた。むしろ、体の軽さを覚えるほどに回復している。


「薬膳槽だからね。さ、早く体を拭いてドレスに着替えて。すぐに出撃よ」


 イオはアンヌからタオルを受け取ると立ち上がる。


「お姉さま……あんなこと言って悪かった。……ジェミナスを解消するってのは今んとこ………なしってことで」


 イオの言葉にアンヌは何も言わなかったが、代わりに優しい笑みを見せてくれた。

 イオはそれだけでまだ戦えるような気がした。


「行きましょ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「お姉さま……」


 待機状態に入ったコックピットの中、イオが大きくため息を吐きながら口を開いた。

 エンジン類に灯を入れ、計器チェックを行っていたアンヌは顔を上げ、振り返ったイオを見る。


「昨日、あいつに情熱が無いと勝てないって言われた。だけど……あたしは情熱があるのか、分からない………」


 10時間滅多打ちにされた挙句、ついに大門のいう極めて抽象的な情熱を体現することは出来なかった。戦う気概は充分、しかしその事が不安となってイオの胸に残っていた。


「大丈夫」

 アンヌは計器を触る手を止め、強く、そしてはっきりとそう言った。


「っ………」


「足りない分は私が補う。だから、安心して。私を信じて」


「お姉さま………」


 目頭が熱くなったのはなぜだろうとイオは思った。ここまであっけなく、不安が消し去るなんて。パートナーに信頼され、守られているという安心感と自身がイオの迷いを断ち切った。


「だから、あなたは全力で戦って。私が守るから」

 アンヌが自分を信じてくれている。イオは強く了解を示す頷きをアンヌに返した。


「………昨日一晩、怪獣を分析して見たわ。まずはこれを」


 アンヌはスクリーンに昨日のカノンの戦闘を投影する。

 コマ送りのようにワンフレームずつ動く、映像ではオーキッドが怪獣に向かってヴァイオリンを奏でている所であった。


「オーキッドの攻撃は私達も受けたように音。つまり、この状態では怪獣はずっと大ボリュームの音響を浴び続けていることになるわ」


 無音のまま映像は続く。


「演奏が続いて2分後、2分04秒。怪獣の感覚器官らしきものが1つずつ点灯している。そう、まるで何かを充填し、警告表示しているみたいに」


 イオも昨日見た光景だった。


「そして2分13秒」

 3つ目のランプが点灯すると同時に白く、断裂した空層が波状に広がっていく。衝撃波とよばれるものに非常によく似ていた。


「一見するとこれはただの衝撃波のように見えるけど………これは強力な音よ」


「音?」


「ええ。オーキッドとの戦闘を思い出してみて、最初はただの音だったあの攻撃も、強力になればなるほど強い振動として伝わるの」


 イオはフルボリュームのラウドネスウォーを受け、吹き飛ばされたのを思い出した。


「原理はよく分かんねぇけど。たしかに」


「結論から言うわ。この怪獣は周囲の音を蓄積、増幅させて放出する怪獣だと推測できる。セイレム達もほぼ同じ見解を示しているわ」


「つまり、音を出せば出すほど奴の中に溜まって………ドーンッ!ってことか」

 イオは手で溜まった音が辺りに広がる様子を再現しながら言った。


「簡単に言えばそう言う事になるわ。それに増幅して放射している可能性が高いから、小さな音でも侮れないってところが厄介ね」


「じゃあ………音を出さずに近づく? でもそんなこと……」

 自分で言ってイオは笑った。


「イオ。私の見解を言うわ。相手がこちらの音を攻撃として反転する以上。むやみに近づくのはあまりに危険すぎるわ。射出位置を渓谷の正面から16㎞離れた山の中腹に移動。そこから、一点突破を狙うわ」


「一点突破……でもそんな威力が……」


「大丈夫よ。私が限界までフォトンを捻出する。だから、あなたも一撃で仕留めて。外せば次は……」


 アンヌは少し言葉を渋った。不安と危機感を煽ってしまうのは逆効果な気がしたからだ。


「ないんだな」


「……そう思ってくれた方が助かるわ」

 アンヌはそう言うと怪獣、メトロノーマをスキャニングした映像をスクリーンに映す。


「幸運な事に、昨日の戦闘でオーキッドが浴びせた音響攻撃のお陰で敵のウィークポイントを導きだすことが出来たわ。怪獣の形状、そして構造上、最も脆いと考えられる部分はここよ」


 メトロノーマの上部、三角錐の頂点よりも少し下がった位置に赤いマーカーがセットされる。

 マーカーを見据えながらイオは下唇を噛む。そんなイオの背中にアンヌが声を掛けた。


「あなたなら、出来るわ」


 イオは最終確認の前に何か一言でも無駄話をしたくなったが、それも

「ブラッディローズ、出撃」

と言う大門の声に遮られてしまった。

 大きく息を吐く。



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