4-6 魔の10時間が来た!

 怪獣との戦いに敗れ、次鋒として出撃する事になるジェミナスには状況に応じて、最大10時間のインターバルが与えられる。


 スクランブルをかけられる先陣とは違い、10時間という余裕は未知の敵との戦闘において非常に意義がある。敵の戦闘パターンや能力など、分析と対策が出来るという事は先鋒より幾分有利だ。


 しかし、実際に体感して見れば、10時間は対策を練るにはあまりにも短い。あらゆる策を練っていれば10時間などほんのあっという間だ。どれだけの対策と予習をしても、準備不足と言う不安は常に付きまとう。


 かと言って何もせず、休息するにはあまりに長い。死と恐怖が待ち受ける10時間は永遠にも感じられる。いくら鍛えぬいた少女達でも、10時間にわたる緊張を耐えしのぐよりは目の前の敵へ向かって行く方が楽なのだ。


 それ故に多くのジェミナスは少しの休憩を取り、インターバルを消化しないままに出撃してしまう。

 それほどに、この10時間は短く、辛い。


 イオもまた、そんな10時間の中にいた。



 第三教練室。中央棟の地下にある広い武道場は白い壁と、同じく白いフローリングは異様なほどに無機質だった。

 部屋中が他者の進入を拒んでいるように錯覚し、イオは落ち着かない様子で着ている教練着のつっぱりを直しながら、辺りを見回す。

 20mほど離れた所に対峙している大門モユルと視線がかち合い、スッと表情を固め、眉間に力を入れた。


「受け取れ」

 大門は片手で持っていた2本の竹刀の片方をイオに投げる。


 それを両手で掴むとグッと正眼に構える。


「イオ。お前がなぜ負けたか。分かるか?」

 大門はイオを見据えたまま言う。


「練習不足……か?」

 カノンの姿がフラッシュバックし、イオは視線が足元を仰ぐ。


「違う。もっと根本的なものだ」


「根本的な、もの………?」


「カノンに負けた時、お前はどう思った?」


「………悔しッ……かったッ」


 自分に才があるかどうかなんてわからない。だからと言って黙ってジッとしているようなことだけはしたくない。なにより、負けた事への悔しさが起爆剤となっていた。サロマの言葉、セイラの言葉、そして……カノンの姿、だから、イオは戦う事を決めたのだ。


「そうだろうッ!」

 言いながら大門が踏み込んで来た。


「ッ!?」

 正面から叩き付けられてくる竹刀をイオは弾き返し、後退する。


「だが、お前はそれから目を背けようとしたッ」

 間髪を入れずにもう一打が撃ち込まれて来る。流石は大人と子供。それに男と女。ずっしりと重たい一撃は防ぐのがやっとで一切の手加減をしていないことが分かった。


 大門の言う通りだ―竹刀を振りながらイオは思う。自分は逃げようとしていた、悔しいという気持ちから。


「だれしもッ 悔しいとは思う、だが、それを糧に出来る人間は少ないッ!」


「何故かッ!」


 単調な一撃。上方から面の要領で振り下ろされる竹刀を防ぎながらイオは次第に後退して行く。


「それはッ! 立ち向かう事が辛いからだァッ!」


 フッと大門の竹刀が横へ流れが、パァンッとイオの頬を叩いた。

 口の中に鉄の味が広がっていく。歯が頬に食い込んで切れたのだ。


「ッ………!」


 そんなことお構いなしに大門の竹刀は宙を舞い、別軌道でイオに迫って来る。


「じゃあ、どう立ち向かえばいいッ!」


 イオは初めて反撃した。詰まった大門との間合いの中に踏み込み、上から打ち下ろす。


「甘いッ」

 大門がそれを半身のまま避け、竹刀が激しく床を打つ。


「悔しさを胸に秘めるなッ」

 かまわず、斬り返してくるイオの竹刀を弾きながら大門は叫んだ。


 イオは弾かれた竹刀を正眼に構え、行くと振り上げた状態で静止する。静止したのはわずか一秒にも満たない時間だったが、張り詰めた空気がその姿を大門の目に焼き付ける。

柄を握るイオの手が震え、汗が噴き上がる顔は真っ赤。

その姿は全身から感情がほとばしり、発散されている様であった。


 そして、大門の叫びに呼応するかのように彼女も絶叫しながら竹刀を振り下ろす。


「ぬあぁぁぁッ!」


渾身の力を込めた一撃。


大門はそれを竹刀で受け止める。しかし、イオは力を込めたまま竹刀を降ろし続けた。

鍔迫り合うようにしてジリジリと沈んでいく大門の竹刀。


「悔しさを怒りに変えるな……ッ」


 大門の目がイオを見ている。血走ったイオの目と荒々しい呼吸。彼はイオが怒りにませて撃ち込んで来たことを見抜いていた。


「悔しさはッ」

 声を張り上げながら大門が竹刀を力づくで押し返す。

 あまりの力にイオの竹刀はパンッと跳ね上げられ、つられて身体も後方へ食い下がってしまう。


「悔しさは………情熱ボルテージに変えろッ!」


 ぎゅんッと空を切る音が変わった。

 痺れるような痛みが手首から肩へ駆け上がり、竹刀から手を離した時に初めて、籠手を打たれたのだとイオは気づく。電光石火の追撃にイオは気づくことすらも出来なかったのだ。

 竹刀はイオの手を離れ、宙を舞っている。


 しまッ―


 思う事すら許されなかった。


 籠手を打たれたイオに横薙ぎの一打。竹の切先が頬を擦過し、イオは口から鮮血を吐き出す。

 そしてもう一打。

 トドメは胸に向かって撃たれた突き、だった。


「だぅッがッはッ!」

 吐血しながらイオは床に倒れ伏す。


「今のお前に足りない物はただ一つ、情熱だ。勝ちたい、もっと上手く、もっと強く、そうなりたいと願う情熱がお前には圧倒的に足りない。才能なぞ二の次だ」


 倒れたイオを大門が見下ろす。イオは大門の言わんとしていることを汲み取ろうと必死で痛みをこらえ、頷いた。

 しかし、大門はそんなイオにまだ応酬をかける。


「なぜ、戦うのかッ! それを思い出せッ!」


休まることを知らず、次々と乱打される竹刀をイオは寝転がりながら必死で回避し続けた。だがそれも、痛みと体力の限界によってあっという間に追い詰められる。

 逃げる間もなく、竹刀を背中に受けながら床をはいずり回るイオ。



「勘違いするなよ、イオ」


 大門の声にハッとしてイオが顔を上げる。もうどれだけ攻撃を受けたのか分からない程、体は疲弊しきっていた。


「俺はお前を育てようという気はない。言っただろう、怪獣に負けて犬死するくらいなら俺に殺された方がいい、とな」


 その言葉が今のイオにどこまで理解できていたのか分からない。肩で息をして這いつくばる今のイオには攻撃が止んでいるというただそれだけで充分であった。


「薔薇十字イオッ! 俺はお前を殺すッ!」


 死への恐怖だろうか、それとも本能的な危機回避能力だろうか。大門が言葉を放った瞬間、意識が途端に明瞭になった。

 お陰でイオの首筋、頸椎を狙った一撃を飛んで回避する事が出来た。

 彼女は飛び起きながら走ると落ちた竹刀を拾った。


 片手でそれを掴みながら、渾身の勢いで大門を打つ。

 一打を打つ。弾かれ、防がれようと今の彼女に怯んでいる暇はなかった。


 攻撃を加えなければ攻められる。今はその一心で情熱や才能など考えている余裕もない。

 裸足で床を蹴り、大門へ迫る。

 何度も、何度も激しい殴打を大門の竹刀へ打ち込んでいく。


「ダメだッ! そんなものではお前の情熱は伝わってこないッ!」

 そんなことを言われたところでイオにはどうすればいいのか分からない。


「情熱が無ければカノンは愚か、怪獣すら倒せんッ!」


 大門が反撃してくる。

 意識よりも先に反射神経が作動し、防御してくれる。目線が泳ぐと後方に掛かった時計に目が留まる。


 まだ30分も経っていない。

 これが……特訓?―そう思ったイオの顎へ下から叩き上げるように竹刀が潜り込む。

 宙に鮮血で花を咲かせながらイオは仰向きで倒れる。


 特訓はまだ、始まったばかりであった。


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