4-5 今決めろ

 うっとりと聞き入っていた少女達はたたき起こされたかのように吃驚した。


 言葉を失うもの。

 恐怖とショックに顔を背ける者。

 隣にいた友人に掻きつく者。

 悲鳴を上げる者もいた。


リアクションは様々であったが、皆一様に、カノンの乘るオーキッドが一瞬で吹き飛ばされたことに衝撃を受けていた。


 対照的にセイラとコノミの2人は非常に落ち着いていた。


「音?」

 コノミが鼻を擦りながら呟く。睨む様な目は、いつになく真剣であった。


「外部スピーカーが壊れたから分からないわ。でもあの、空気の断層……音と言うよりは衝撃波に近いんじゃなくて?」


 セイラ画面上に浮かぶ3重になった円形の白い蒸発痕を言う。


「か、カノンさんは!? カノンさんはどうなったんですかッ!?」


 冷静な2人にモネは焦った。なぜ彼女達はここまで平常心でいられるのか疑問だった。


「……音………ランプ………衝撃波…………」

 セイラはモネの声など全く耳に入っていないという風に顎に手を当てブツブツとひとりごちている。


「そ、そんな!」


 モネの悲痛な顔を見たコノミはスッと笑顔を返す。


「だいじょーぶ、だいじょーぶ。あなたが思ってるほど、メイデンは柔じゃないから」


 百戦錬磨の彼女達にとってこれぐらいの事は日常茶飯事。一見、冷酷に見えるが、2人は頑強なアイアンメイデンのコックピットを覆う耐圧殻がこんなもので壊れることが無いのを知っていたのだ。


 カノン達は絶対に無事。その確証があるからこそ、冷静にたった今起こった事を分析し始めることが出来た。

 コノミのそんな笑顔に緊張が解け、モネは首をこくんと傾け溜息を吐いた。


「でも、まだ立てるかってなると……びみょーじゃない?」


 コノミは真剣な目のまま、画面を睨んだ。


 モネはふと、気になってイオの方を見る。

 イオは座ったまま、ジッと倒れたオーキッドを見ている。そんな友人の感情が読めない事も、声を掛けてあげられない事も今は辛くて仕方が無かった。



 程なくして、画面が切り替わり、オーキッドの撤退を告げるアナウンスが流された。


「カノンさんが……負けちゃった」


 モネが呟くように周りの少女達も部屋には戻らず、口々に不安とカノンへの心配を口にする。モネも不安と心配をしていたが、それはカノンへの物ではなかった。

 部屋の隅で座る友人、イオへの不安と心配だ。


 対怪獣戦での敗北は基本的に死か、行動不能を持って判断される。トップが敗北してしまえば、第二陣が用意される。無論、現時点でのランキングの№2がその役目を負う事になる。


 そして、現時点での№2はイオ、そしてアンヌの2人であった。

 モネには今の2人がこのまま闘いに行ってしまう事が不安で仕方がない。朝の明るかったイオはやはり無理をしていたのだ。


 この数週間でモネはよく知っていた。イオが負けず嫌いで自意識が人一倍強いことを。そんな彼女が負けたことをそこまで直ぐ克服できている訳がないのだ。

今のままで戦いに出れば、以前のようにがむしゃらになってしまうかもしれない。

 

確かにあの時はそれでもよかった。だが、今回もそう上手く行くのか保証は出来ない。

 初めて出来た友人、失うなんて― モネは厭なことを考え頭振る。


「あの娘、ジェミナス解消したんでしょ?」

 モネにコノミが話しかけた。


「えっ!?」

 モネは驚いてコノミの方を見る。


「えっ?違うの?」


「そ、そんな……私、今はじめて知りました………」


 それが事実だとすればもう戦いには行かなくてもいいはずなのに。安心できるはずなのに、モネは何故か悲しくなる。


「残念だよね………いいセンス持ってんのに」

 コノミが口を尖らせながら言うのを聞いてセイラが笑った。


「フフッ……いいセンスね」


 明らかに馬鹿にしたような笑い方にモネは少しムッとする。


「さっき見てきたけど、まだジェミナスとして登録されてたわ。だから、解消したって訳ではないのでなくて?」


 それを聞いてもモネは安堵できなかった。


 少し離れた所にいるアンヌとイオの姿を見ればそれで充分だ。イオは座ったまま、アンヌも壁にもたれたまま虚空を見つめている。ジェミナスであれば声の一声でも掛け合って準備をするのが普通であろう。


「なーんか、ここで解消ってのも無くはなさそうだね……」


 苦笑しながらコノミが言うとほぼ同時、待機室の戸口に人影が立った。


「イオ、アンヌ。お前達の番だ」


 大門の声であった。

騒ぎ合っていた生徒達はその威圧感にサッと口を閉じる。


 声を受けたアンヌは壁から身を起こし、大門を一瞥するとイオの方へ首を向けた。

 部屋の隅に座ったままアンヌに背を向けるイオ。アンヌは必然的に彼女を見下ろす形になり、モネにはそれが憐れんでいるように見えた。


 イオは動かない。動かず、肩をすくめ、より深く俯く。


「今決めろ」


 大門の声が張り詰めた待機室に木霊する。


「行くのか、行かないのか」


 それは教官として当然の発言なのかもしれないが、モネにはあまりに冷たく、非情に思える。弱り切っているイオをここまで追いつめてどうするというのだろうか。


「今だ」


 全員がイオに視線を注いでいた。

 視線の集中砲火の中、イオの身体が少しづつ小刻みに揺れているのが分かった。

 泣いているのか、怒っているのか。

 どちらにしてもイオの中で凄まじい感情が胎動している。


 その胎動を押し留めるようにイオの拳が強く壁を打った。


「あたしは……悔しいッ…………だから……だから………」


 叩きつけられた拳で体重を支えながら彼女はゆっくりと立ち上がる。


「あたしは行くッ!」


 振り返ったイオの顔が変わっていた。鋭い眼と真一文字につぐんだ口。全身の震えを抑えるかのように硬く閉じられている。


 彼女の中で決定的な何かが変わった、それが分かったモネの心から、不安がいつの間にか消え去っていた。

 それを見たアンヌは初めて目線をイオから逸らし、無意識に前髪を触る。


 出口に向かって歩き出すイオを生徒達は必要以上に避けた。彼女の纏った殺気と気迫がそうさせたのかもしれない。

 唯一、アンヌだけが群衆から一歩出た所でイオを待ち受ける。

 すれ違いざま、イオはアンヌに軽く頷いて見せた。


 大門の前に立つと彼女は立ち止まる。


「あたしはジェミナスだ。だから怪獣と戦いに行く。ただ、直ぐには無理だ。今のあたしじゃ、あの怪獣には勝てない」


 その発言にも大門は声色一つ変えずに返答する。


「当然だ。今のままでは怪獣を道連れにして死ぬことも出来ん」


 イオも怯まなかった。


「教官………あたしを鍛えてくれ」


 大門その時初めて眼を細くし、イオを見据えると

「第三教練室。そこに行け」

それだけ伝える。


 イオは素早く頷き、走り出て行った。



 様子を背後で見ていたアンヌは口で大きく息を吐いた。今度こそ安堵交じりの溜息であった。

 少し首をひねってセイラ、コノミ、そしてモネを見るとイオを追うようにして戸口へ向かう。

 イオを見送った大門は戸口の前に立ちはだかり、アンヌを待っている。

 アンヌはそれを察し、大門の前で立ち止まった。


 途端、大門の乾いた掌がアンヌの頬を勢いよくひっぱたいた。


 思わぬ攻撃に心底衝撃を受けたアンヌに対応なぞ出来るはずも無く、よろめいてその場に転倒する。

 生徒達からはどよめきが起こるのも無理はない。学園きっての淑女であるアンヌが大勢の前で頬を打たれたのだ。こんなことがあっていいはずが無かった。


 アンヌは痛む頬を押さえ、眼を見開いて大門を見る。

 サングラスに電灯が反射し、表情を掴めない。


「なぜおまえが言ってやらない」


 なにを― 答えを尋ねる暇も無く、大門が去っていくのをアンヌは茫然と見つめていた。


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