4-4 くだらない理由

 怪獣出現を知らせる警報にここまで心を掻き乱されるなんて―

 怪獣と戦って来たジェミナス達はこの警報に一体どんな感情を抱いていたのだろう―

 郎蘭土カノンはコックピットの中で髪の毛を整えながらふと、そんなことを思った。


 怪獣の出現など日常茶飯事であるし、これまでのカノンにとってはただの退避勧告に過ぎなかった。それも、自分達から離れていれば離れているほど、警報が持つ死のイメージや恐怖は薄れ、どこか現実感を持たない夢のようにすら感じられた。


 それが不謹慎であると思えないカノンではないが、実際怪獣の恐怖や危険性を肌で理解しているかと言われれば自身が無い。


 それほどに、郎蘭土カノンと言う少女と怪獣、そしてアイアンメイデンは一生交わることのない存在であった。事実、最後に郎蘭土家のメイデンを操ったのが三代前だ。

 貴族としての責務。そして一族の誇り、その全てを掛けて金属の巨人で怪獣と戦うなど、考えて見た事も無く、家族から強制されたことも無い。


 なぜなら、彼女には音楽がある。

 音楽は人の心を変える力を持つ。それだけで充分であった。その力を信じているからこそ、カノンは19年間、音楽とひたすらに向き合い続けた。


 そんな彼女がアイアンメイデンに乘りたいと思ったのはほんの数週間前の事だった。

 ヤンガーサン上がりの転校生、薔薇十字 イオが学園一のジェミナス、百合園セイラを破ったという噂話も最初はさほど気にも留めなかった。所詮は住む世界が違う。ただ、事実としてそれを知っただけだった。


 だが、イオが怪獣と必死になって戦う姿を見た時、セイラの胸に一つの考えが浮かんだ。

 20近い自分が考えたとは思えない、あまりに幼稚で下らない考え。勿論それは自分の中だけの妄想のつもり。そもそも、その考えでは、アイアンメイデンに乘ることが必須となる。到底、あり得ない話だ。


ヴァイオリンの鍛錬を数日するうち、そんな妄想はふっと忘れていた。

 それが、イオを初めて見たあの時、自分の中で何かが強く動いた。

 気が付くとイオに決闘を申し込んでいた。


 最初は下らないと思っていたアイアンメイデンに乘りたい理由。

果たしてこんな思いでメイデンを動かしていいのか、当初ずっと胸にあったその迷いもイオとの決闘の中、さっぱりと消え去った。むしろ、逆。何としてでもイオに勝ち、自分の目的を達成しなければと思った。

 こうして怪獣と実際に退治するに至って迷いは確信に変わっていた。


 ユキが消毒液をカノンの掌に垂らすと、ジーンとした痛みが神経に走っていった。


「ちょっと、やりすぎ」


 ぼろぼろになった掌を見ながらユキが呟く。無感情だが、カノンにはこれでも心配してくれているのだと伝わる。


「そうですかね」


 微笑みながらユキに返す。

ユキも緊張しているのか―

彼女の瞼がピリピリ痙攣しているのを見てカノンは申し訳ないと思った。


百歩譲って、学内での決闘は良い。余程の事が無い限り、死ぬなんてことはあり得ない。しかし、今は違う。これから自分達は出現した怪獣と戦わなければならない。下手をしなくても、死ぬ。自分はいい。これを望んでいたのだから。


しかし、ユキは―

カノンは、そんな世界にパートナーを巻き込んでしまったことだけは、流石に後悔しそうになった。


 だからこそ、しっかり伝えておかなければならない。

 自分がアイアンメイデンに乘る、その理由を。


「ねぇ」


 カノンは息を吐くようにしてユキに問いかける。ユキは包帯を取り出し黙って裁断していたが、カノンには聞いていると分かる。


「私の事。子供だと思いますか?」

 ユキの手が止まり、スッと顔を上げた。


「乗る理由のこと?」


「えっ………」

 カノンは萌葱もえぎの目を丸く大きく見開いた。


「人の心を、考えを笑ったりしない……まして、カノンの」


「ユキ……」


 カノンは微笑もうとしたが、ユキが待たずに続けた。


「それに。いいアイデアだとおもう」

 カノンは口をあんぐりと開けて驚くと、直ぐに下を向いて笑った。


「ユキ。あなたは本当に……いい人です。知っていたんですね」

 ユキはカノンの視線を避けて俯く。


「ごめん……なさい」


「いえ、本当ならここで言うつもりでしたから」


 カノンの胸にドッと安堵が広がっていく。もうパートナーも自分が戦う理由を知っている。それならばもう迷いも、恐怖もない。あとは心置きなく、戦うだけだ。

 だが。


「カノン。手が……」

 ユキに言われ、スッと自分の手を見る。


 ユキが怪我の事を言っているのではないとすぐに分かった。両手が震えていたのだ。それも尋常ではない程に。

痛みや傷の所為ではない。

 死ぬほど怖いのだ。怪獣と戦う事が。

 自分の事だから嫌と言うほど分かる。


「どうしましょう……」

 カノンはため息交じりに笑ってみた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 怪獣―と言う単語が、広義での異形を指す言葉だったとしても、やはりけものと言う字が入っている以上、人はどうしても生物的なイメージを抱いてしまう。


 プラトニックガーデンアポロンの北西部、広大な森林を有するカセドラル渓谷に出現した怪獣も一般的に想像される姿とは大きく異なった様相を持っていた。


 屹立した巨大な山脈から流れる河川が、削って出来た急激な谷間。そこに怪獣はどっしりと鎮座していた。

 三角錐を逆さまにしたような形状。

底の部分からは3本の突起が伸び、地面に深く突き刺さり、自身をしっかりと固定しているようであった。


 真っ黒なボディの前面には3つ、丸い眼のような部位が入り付いている。

 一目見ただけでは怪獣ではなく、オブジェとも見まごうほどの異様な姿。大凡生物とはかけ離れた姿をしていようとも、これも宇宙から飛来した『怪獣』である。

 

 無機質で全く生を感じることのできない不気味さは生徒待機室に設置された大型モニタでもしっかりと確認することが出来た。


「気持ち悪い見た目。なーんか、澄ましてるみたい」


 コノミは手に持ったミルクを口へ流し込みながらソファーに深く腰を掛けた。


「あら、怪獣が気持ち良かったことなんてあって?」


 その隣ではセイラが足を組んで画面を見つめていた。


「ま、そりゃそうだけど」

 コノミはフンと鼻を鳴らす。


「は、発見されてから全く動いてないみたいだし……」

 セイラの隣にこじんまりと座ったモネがか細い声で喋る。こんな場所に座った事を後悔しているモネは場違いな感に堪え切れず口を開いたのであった。


 そんなことなどつゆ知らず、セイラは前を見たままモネに聞く。


「あなたの、お友達は?」


「えっと……あそこ…………」


 モネが指さした方をコノミだけが見た。

 部屋の隅でうつむいたままイオが座っている。その後ろには壁にもたれ掛ったままモニタを見つめるアンヌの姿もあった。

2人の間に何があったのかは分からないが、コノミにもそして、モネですら、彼女達の仲が冷え切ってしまっていることは一目瞭然であった。


「あちゃぁ……」

 イオを見たコノミが額に手を当てる。


 オーバーなリアクションを取るコノミと対照的にセイラは静かに冷笑するだけだった。




「メトロノーマ………」

 カノンは先ほど伝えられた怪獣の個体名を呟いてみる。


「動きも、攻撃行動もみせない」


「血が通っている感じがまるでありませんね」


 既にカーゴから離れ、地に足を付けたカノンのアイアンメイデン、『オーキッド・グランツィオーソ』は臨戦態勢のまま、距離を持って対峙していた。


 怪獣―メトロノーマとの相対距離は4kmもない。


 渓谷から少し高低差のある丘の上に立つ黒い巨人。渓谷を吹き抜けていく突風がびゅごぉぉぉっと不気味な音を立てている。その風は充分、オーキッドの所まで流れ着き、ウェーブを散らす様にしてはためかせていた。


「なんか、気持ち悪い……」


 ユキが珍しく顔を顰めながら呟く。

 オブジェのように佇むシルエットが無言の威圧感をカノンに与える。ユキが気味悪く思うのも仕方がないと思えた。


パートナーが不快感を示している。一刻も早くそれを取り除こうとカノンは息を吸う。


「……日が暮れる前に敵を叩きます」


 渓谷の上に差し掛かった夕陽を睨むと、カノンはオーキッドの背部からヴァイオリンを射出する。

 宙を舞うヴァイオリンを目線で追わず、カノンは弓を引き抜く。

 間をおかず、横に流した腕の上にずんッとヴァイオリンが圧し掛かってくるのをカノンはシッカリ抑えた。


 弦に弓を落とす前にカノンはチラッとユキを見た。

 ユキは目を瞑り、演奏の体勢に入っていたので目は合わなかったがそれでも近くに彼女がいてくれることがカノンの心を幾分落ち着けてくれた。


 肺いっぱいに酸素を吸う。

 胸の動悸が少しは納まった気がした。これならば、弓は乱れず弦を弾いてくれる。

 カノンは弓と弦を接地させると同時に目を閉じた。




 こんなに美しい音色だったのか―そうイオが思ったのは、前回の闘いで騒音しか聞かされなかった所為だけではない。


 イオは思い知らされたのだ。カノンと言う一人の少女が持つ技術と熱意。

 血だらけで必死にヴァイオリンを弾き続けるカノンの姿をみればそれが嫌と言うほど伝わって来る。

だからこそ、彼女の曲が今まで以上に重厚で奥行きのある音色に感じられる。

 美しい音色にうっとりしていればイオの焦燥感も取れて行くような気がした。


 これが攻撃だというのだから―イオは画面上でヴァイオリンを弾き続けるオーキッドを見ながらそう思う。自分達にはこの綺麗な曲しか聞こえていないが、メイデンの能力によって怪獣にだけは強力な音波が照射されているのだ。


 両者間に対象物がまるでない上に、微動だにしない怪獣。この戦闘はカノンが圧倒的有利と見て間違いが無かった。

 夕暮れの渓谷、オレンジの陽の中で悠遠に演奏を行う姿は芸術。

 役不足などと言う言葉も見当たらない。むしろ、人目にはカノンと言う一人のヴァイオリニストのオンステージに見えた。


 そうか―イオには分かった。

 これは彼女のステージなのだ。彼女の闘いは演奏。怪獣と戦う事でアポロンの全市民にこの音色を届けているのだ。

 そう思った瞬間、モネが言っていた事を思い出した。

― だから、だからカノンはアイアンメイデンに乘ったのか。




 そう―

 これだ―


 カノンにヴァイオリンを弾いているという感覚は無かった。腕から下の神経、そして筋肉が自分の心を離れて勝手に動いている。


 流れるようなユキとのセッションの中で自分も溶けていくような錯覚がある。自分の中にあった全て、全てが音として、波長としてユキとぶつかって打ち消し合うようにして出ていく。

 そこに自己や他者と言う曖昧な隔たりはまるでない。

 アイアンメイデンと言う一つの巨人の中で2人の少女が1つになっていくのだ。


 美しい音色をもっと多くの人に―動機不純? カノンの頭ではそんな考えは心の片隅にもなくなっていた。

 殴り合うだけが戦いではない。これがカノンの闘い方なのだ。

 今全てを実行したカノンには間違いなく正しいと思える。

 カノンは未だかつてない充足感に包まれていた。



 満たされていたのはカノンだけではない。

 待機室にいた全員が戦いであることを忘れ、うっとりと聞き入っている。それはこの戦いを見ているアポロンの市民も同じであった。


 美しいその姿はアイアンメイデンがアイアンメイデンであるが所以のように感じられる。これぞ、貴族にだけ許された闘いなのだ。

 セイラですら、こんな戦い方があってたまるかと思いつつも、演奏レベルの高さと曲の優美さには素直に感服していた。


 だから、異変に気が付いていたのはコノミだけだった。


「ランプが……」

 彼女がそう形容したのも無理はない。パッ、パッと下から順に点灯して行った怪獣の感覚器官は確かにランプに火が灯ったかのように見えた。


「順番に、点いた?」

 セイラがソファから身を乗り出して呟く。


 連続してではなかった。順番に、演奏が進むにしたがって点灯したのだ。


 アンヌも直ぐに異変を察知していた。

 順番に点灯するランプ。とてもいい兆候には見えない。


 カノン達は気づいていないのか―演奏を続けるオーキッドにアンヌは思った。

カウントされている様な不快感と恐怖。

 何かが起こる。

 果たしてそれが一体何なのか、考える暇も無く、3つ目のランプが点灯してしまった。




「嫌ぁぁぁッ!!」


 通常の人間よりも数倍早く、物事を察知する能力を持つユキの頭に危機感と恐怖がダイレクトに流れ込み、ユキは堪らず声を上げた。今まで聞いたことも無い冷静なユキの情けない叫び声であった。

 しかし、いくら早く危険を知覚出来たとしてもカノンへそれを伝えるには時間が無さ過ぎた。


音が消えてしまったのか―ユキは一瞬そう思ったが、耳から流れ出る生温かい液体が、それは間違いであることを教えてくれた。


音が無いのではない。音が大きすぎたのだ。


 音の消えた白い世界の中で、ユキはカノンの目が大きく見開かれているのを見た。驚いたようなその顔はスローモーションのように苦悶し、血とも胃液とも付かない物を吐き散らしながら後方へ吹っ飛んで行く。


 何もできないユキ茫然とその光景を見つめていた。

どんなに叫んでみても、カノンッ―口がその形に動くだけ。

渓谷に陽が隠れ、そして夜がやって来た。






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