4-2 メイデンシュミット

 格納庫ロッカーは油と火の匂いで満たされていた。


 むわっと籠るようなその熱気と臭気の中、四肢を失い、腐りかけた人工筋肉をだらんと垂らしたまま、ブラッディローズはハンガーに固定されている。敗者には相応しい、見るも無残な姿だ。そこへ大勢の人間が集まり、修理をしていればその様相はさらに強まった。


 思い出したくもない。

イオは聞こえないように舌打ちして視線を逸らす。強がったつもりだった。

 

 アンヌは荷物を棚へ降ろし、部屋の背面に設置された換気扇を入れると、奥の小部屋へ入っていく。

 イオはその様子を見ながら目を擦って椅子に腰かけた。


  殴打によるへこみや鉄剣の深い傷、ビームによる溶解、切断、如何なるダメージを負おうとも、装甲に塗布されたナノマシンはたった数時間程度で新品同様に修復してしまう為に、アイアンメイデンは戦闘の度、メンテナンスを行う必要が無い。

いつもは伽藍堂に等しい格納庫へこれだけの人間が集まっている様子は何処か違和感があった。

 

 どちらか一方が行動不能になるまで行われる決闘、そして数億の命を預かる怪獣との闘い。アイアンメイデンは常に新品同様にオーバーホールしておかなければならない。かといって破損したパーツや装甲をその都度取り替えるというのはコストがかさむ。

 維持管理するのが少女二人という事を加味してもナノマシンでの自己修復による自動メンテは理想的な管理形態であった。

 

 しかし、関節や人工筋肉ソフトアクチュエーターといった精密機械や有機部品は自己修復が不可能となる。そうなれば最後は人の手に頼らざるを得ない。

 同時にその全てが完全ワンオフ、加えて一族の威信を揺さぶりかねないアイアンメイデン。誰にでも手を触れさせるわけにはいかない。

 

 故に、貴族にはそれぞれ、メイデンシュミットと呼ばれる一族お抱えの整備士と整備班がいる。

 整備士たちは代々一つの家に仕え、その技術を継承し、不測の事態があればすぐさま駆けつけ、迅速にアイアンメイデンを元通り、いやそれ以上の状態に修理改装して行く。

 彼等も、昨夜の戦闘からまだ10時間程度しか経っていないにも関わらず、朝には到着していた。


 薔薇十字家に所属することを意味する赤い薔薇の家紋を付けた紺色の作業着が無数の点となって50m近いアイアンメイデンに張り付き、あくせく動き回っている。


 イオは茫然とそれを見つめていた。彼女がここに来て何かすることがあるかと言われれば、何もない。だからと言って立ち去るわけにもいかない。

 ジェミナス達にはその整備を始終、見届ける義務があった。これには勿論、整備に抜かりが無いかチェックする意味もあったが、そもそもイオには何をどうしているのか全く分からない。

 イオにしてみれば、何の面白みも無い光景であった。


「はい」

 部屋からマグカップを二つ持って出て来たアンヌがその一つをスッとイオに手渡す。


 熱いコーヒーであった。

 湯気が立ち上るカップの中を見つめてもイオは飲む気になれなかった。吐息で湯気が立ち消えて行く。鼻には苦い匂いだけが残った。


「お姉さま……昨日はごめんなさい」

 イオはカップの中を見たまま、呟く。


 アンヌがコーヒーを静かに啜る音が少しあって

「ええ。別に」


 イオはそれを聞くと一口も口に付けず、机の上にそれを置いた。



 お互い何も言わないまま黙ってブラッディローズが修復されていく様子を見ていた。

 腐った人工筋肉が剥ぎ取られ、新品のアクチュエーターが組み込まれていく。鼻を突く、鉄のくぐもった様なアルカリ質の匂い。人工筋肉を漬けていた保存液のものだ。


 勿論、それを掻き消す意味合いだけではないが、イオはポケットを弄ると銀色の包み紙を取り出すと、中から現れた黄色い小粒を口へ放り込む。

 ガムだった。

どんな味とも付かない甘味料の安っぽい甘さが口いっぱいに広がって鼻へ抜けていけば、鈍重な匂いやコーヒーの苦みを掻き消していく。


 くちゃくちゃと音を立てずに噛むと無意識に風船を作ってしまう。顔の半分まで大きくなったそれは空気をパンパンに含み、耐え切れなくなって―


 ぱんっと言う乾いた破裂音でアンヌがちらとイオを見る。

 残骸を口の中へ戻すと、鼻から息を吐いた。甘味料の残った感じが気持ち悪い。


「どのみち、無理だったんだよ」

 イオが言う。


それまでそっけなかったアンヌは「え?」と声を漏らし、今度はちゃんとイオを見た。


 それを知ってイオは優しく笑顔を作ってみる。自分が沈んだり落ち込んだりしていないと示したかった。


「あたしって馬鹿だからさ。諦めなきゃ絶対勝てるって思ってたんだよ。でも………でもさ、諦め無くたって、負ける時は負ける。それがさ、分かったんだ」


「……そう」

 疑問も含んだ冷たい相槌。


だが、イオも気にしていなかった。自分の中にある物を吐き出す様に続ける。


「そもそも、あたしじゃ………分が悪すぎだよ………ふふッ」

 首を振り上げ、天を喘ぎながら笑うイオ。


「あ、いや、お姉さまが悪いって言ってるわけじゃないよ?」

 固い笑顔でアンヌを見る。アンヌの無表情にもイオは気づいていないようであった。


「……あたし、あたしが全部悪いんだよ。それに、性能の差だよ………ブラッディローズじゃあんなこと………まッ、それにさ、怪獣とも戦えたし、あたし的にはもう充分……かな」


「やめるの?」


 聞き返すアンヌは食い気味であった。


 直球な質問。イオは答えを渋りながらゆっくりガムを噛んだ。


「………現実的な判断ってやつ?」

 もう一度笑顔を作ってみたが、それを見せることは出来ない。イオはどうしてもアンヌに顔を向ける勇気が無かった。


 自分のパートナーは何と答えてくれるだろう。イオはそんなことを考える。そしてふと、どんな回答が欲しいのかと思えば、自分でも分からなかった。でも、アンヌなら自分が納得する答えをきっとしてくれるそんな期待もあった。イオはそれを甘えだとは思わなかった。

 

 アンヌは答えない。



 沈黙を破ったのは今まで聞いたことのない、大人びて落ち着いた女性の声だった。


「ブラッディローズは素晴らしい機体ですよ」


 驚き、顔を上げるとリフトに乗った女性がゆっくりと降りて来るのが見えた。

 彼女だけ作業着ではなくスーツ姿なことだけが、彼女の異質さを醸し出しているのではないと思った。イオは顔を見て女性と判断したが、タキシードは男性の物。よく見ると顔もひどく整っていいて、どちらにも見える。


 男? 女? たとえどちらだったとしても惚れ惚れするような美しさがあった。

 

 女性はリフトを降りるとイオとアンヌの前へ近づき、深々と頭を下げた。

「初めまして……と言うのは少し語弊がありますが……まぁ、それほど重要ではありませんね。改めまして、トカシキ・サロマです。代々、薔薇十字家にお仕えしているメイデンシュミット、その主任です」


 差し出された右手を握りながらイオは椅子から腰を上げる。


「あ、ああ、はい」


「……覚えていらっしゃらないのも無理はありませんか。最後に会ったのはイオ様がまだ乳飲み子の頃でしたから」


 サロマと名乗ったその人物は、イオを頭のてっぺんから足のつま先までまじまじと見つめると嬉しそうに頷く。


「いやぁ……大きくなられましたね」


 イオは何と答えていいか分からず

「あ、ありがとうございます」

とだけ言った。


「あなたが、イオ様のパートナーでいらっしゃいますね」


 サロマはアンヌの方を見る。自分のパートナーと言う響きが何故か堪らなかった。


「南、アンヌです」


「イオ様に命を預けていただき、ありがとうございます」


 アンヌと握手を交わしたサロマはくるりと身をひるがえし、ブラッディローズを見上げた。


「何度見ても素晴らしい……このブラッディローズは私の曾祖父が、イオ様の曾祖父に当たる方に依頼され、製作したものです。古い物だと思いますか? 勿論、時代と共にチューンアップはしていますが、基本は同じです。なぜか? それは元が最上にして最高だからに決まっていますッ! 素晴らしい造形と流線の美学。何度見ても素晴らしい、無駄が無くシンプルが故に美しい姿ッ………パワーバランス、運動性、反射性、全てにおいて非常にバランスがいい。正に万能マシーンと言って差し支えの無い機体です」


 自分に言い聞かせているかのように身振り手振りを駆使し、熱心に力説するサロマに2人は入り込む余地が無く、黙って聞き入れるしかなかった。


 自分達が作ったものだからそう思うのは当然、イオはそう思ったが、彼女の心酔する様な喋り方と、心の底から思っているのであろう熱意に、何故か納得させられた。


 啖呵を切ったように大きく息を吸い込んだサロマはもう一度ブラッディローズを仰ぎ見ると、イオの方を向いた。


「お姉様も数々の敵をこの機体で倒しました」


 姉―と言う言葉がイオの心を揺さぶった。


「姉さんが………」


「つまり、どんな敵が来たとしても決して不足はありません。まぁ……強いて言えば、あとは乗り手のココ次第。っというところでしょう」

 サロマはイオの胸の中心をツンツンと指で突きながら言う。イオは丁度そこに姉、と言う言葉が入ってる気がして思わず後ろへ避けた。


 それを見てサロマはニッと笑顔を作った。そして


「破損していた関節と人工筋肉は全てオーバーホールしておきました。これで、整備は終了です」

そう言いながら、ぽんッと白く分厚い本をアンヌに手渡すと再びお辞儀をする。

「では、検討を祈ります」

 

 数分もしない内にサロマ率いるシュミット達が退散して行くと、嘘のような静けさがロッカーに訪れた。

 アンヌはコーヒーの入ったマグカップを洗い終えると

「授業、あるから」とだけ言って出て行った。


 一人残ったロッカーでイオは

「姉さん……」と呟いてみた。



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