第4話『特訓!ここは地獄の一丁目』

4-1 あかるい朝

【前回までのあらすじ】


敗北。

完全なる敗北。

郎蘭土カノンの繰り出す音響攻撃にダメージを負ったのは肉体だけではなかった。初めての敗北が今ジェミナスを引き裂こうとしている!

カノンは、そして、イオは……一体何の為に戦おうとしているのか?



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 メタセコイヤの並木に朝の暖かい光が照っていた。

 石詰めの道が、一直線に授業棟へと続いている。

 そこへ―

 風が吹き抜けていく。

 晩夏の新芽の匂いを含んだ柔らかい風。


 風の中を少女が一人歩いていた。足取りは軽く、ステップを踏む様な心地よさがある。ショートカットが風に揺れ、小脇に抱えた教科書の束が揺れる。

 勿忘草モネはそんな友人、薔薇十字 イオの背中を見ながら、おかしい―と思う。


 それはイオが初めて早起きしたから?

 それともずっとニコニコしているから?


 それともおかしいのは自分の方だろうか。だってイオは元々明るい人間だったじゃないか、モネはそう自分に言い聞かせながら、ここに至るまでの数十分を振り返ってみる。


 イオとモネが一緒の寮、そして一緒の部屋に住むようになって三週間余り。今まで一人、目覚ましで起床して学校へ行き、一人で課題をこなし、一人で就寝するというモネの日常は大きく様変わりした。

 いつどんなときにも初めて出来た友人が傍にいた。2人で授業を受け、2人で昼食を食べ、2人で(ほぼモネが教える形であったが)課題をこなした。初めて感じる、友達がいるという学園生活。他の人には当たり前で当然の事なのだろうが、モネにはそんな当たり前のことが心の底から嬉しかった。


夜遅くまで下らない話で盛り上がるなんて、数か月前のモネには別世界の出来事のようだ。

ただ一つ、朝モネが一人で起きることは変わらなかった。どんなに大きな目覚ましを掛けようともイオは口を開けたまま夢の世界から一向に出てこない。だから、毎朝先に起きたモネがイオを起こすというのが日課だった。


しかし、それが今日は違った。

 大きく揺すり起こされ、眼を開けるとそこに笑顔のイオがいた。イオはニッと歯を見せて笑うと「モネの寝顔、初めてみれたな」と笑っていた。


 いつも起きる時間よりも1時間以上早い時間であった。

 起こしてごめんと謝りながら、コーヒーを淹れるイオ。先に補習へ行くから寝てていいと言う友人にモネはつい私も―と言ってしまった。

 勿論、補修に参加することは出来ないが、鼻歌交じりで陽気な友人が、1人出て行ってしまうのが不安でたまらなかったのだ。


「いやぁー、イイ天気ッ」

 イオは雲一つない空を仰ぎ見る。


 やっぱりおかしい―いつものイオとは決定的に何かが違う。

でもそれが分からない。

友人なのに、その違う何かを言い当てられないのがモネはもどかしい。


「モネ?」


 俯いて考え込んでいたモネは名前を呼ばれ、ハッと頭を上げる。

 教科書を頭に載せ、そのまま腕を組んだイオがこっちを見ていた。それも笑顔だ。


「どうしたんだよ。……もしかして、気つかってる?」


 どきりとした。

 いつも通り、明るいのであればモネも違和感など抱かない。昨日のような事があったから、不安が募るのである。

 だから、どう答えていいのか分からなかった。モネは自分の顔が神妙になっているのを自覚しながら言葉を選び続ける。


「昨日はごめん」


 先にイオが言った。モネはそれに「えっ」としか返せない。


「ずっと、黙ってたしな」


 理由は勿論知っている。突然持ち掛けられた学園一のヴァイオリニスト、郎蘭土カノンとそのパートナー、ユキとの決闘。死闘に次ぐ死闘。結局、イオは敗北を期した。決して惨敗ではなかった。一緒に映像を見ていたコノミも、最後は運だと言ったし、モネ自身イオの勝利だと言ってもいいと思っていた。

 

「う、ううん! いいよ、謝らなくて……それに、私の方こそ……何も声を……」

 かけられなかった。

沈黙と共に帰宅したイオは一言もしゃべらず、ベッドにもぐりこんだ。顔は見せなかったが、モネはイオのぼさぼさになった髪の下が泣き腫らした顔だと知っていた。


 せめて、お疲れ様だけかければよかったと何度も思う。

 でも、そんなモネに友人―イオは気にしていないという風に首を振った。目と素振りで分かる。彼女は本当に気にしていない。それはモネが言葉をかけなかったという事に対してであって、敗北についてどう感じているのかは分からなかった。


 だからイオは余計に心配になって、眉をひそめてしまう。


「ふふっ……モネが気にする事ないさ」

 イオはスッとモネの方によって肩をポンと触った。


「もう、済んだことだからさ。そ、済んだこと……」

 本当にそう思っているのか? モネはイオの笑顔、そして笑い方がいつもよりぎこちないのを感じてしまう。


「いつまでもクヨクヨしたってしょーがないだろ? 明るくいこーぜ?明るくさ」

 イオはポンと触っていたモネの肩を小突き、前を向く。


 彼女がそう言うならそれでいいかもしれないとモネは思った。結局は本人の問題。自分程度がとやかく言う物ではないのだろう。それがたとえ、友人の物であったとしても。

友と呼ばれるものを持ったことのないモネは同じ立ち位置にいる人間との距離感が上手く掴めなかった。



「んあーーッ! 自分でした早起きって気持ち―なぁ」

大きく伸びをするイオを見ると、そんな考えも案外間違っていないのかもと少し笑顔を取り戻した。


「今日の一限は……なんだっけモネ?」

 振り返るイオ。彼女にモネはやっと笑顔を見せることが出来た。


「植物学だね。でもその前に補習あるんじゃない?」


「そーだった! やっばッ! のんびりしてる場合じゃ―」


 たった三週間でいつもの調子と言うのは変だろうか。モネはそんなことを考えながら昨日までの調子に戻って来たイオに安堵しかけていた。



 そのモネを遮ったのが

「イオ」

と言う、凛としたとてもよく通る声だった。


「お、お姉さま……」


 石畳の先で髪の毛に陽光を照り返しながら立つ南 アンヌを見るイオ。その顔が一瞬で強張るのをモネは見ていた。


「補修も、授業もお預けよ」


「……っ」


「メイデンの改修が来ているわ。朝、手紙をよこしたはずだけど」


 イオは俯いてシャツで顔の下半分を隠しながら鼻をつねった。しかし、直ぐに顔を上げ笑顔を作った。モネが不安がるぎこちない笑顔だ。


「あっれぇ? そうだっけ? まったく気が付かなかったな」


 表情を変え、とぼけながら頭を掻くイオ。アンヌは眉一つ動かさない。


「わ、悪いなモネ。あとでさ、ノート見せて」


「う、うん」


 イオはそう言うモネの顔を見ず、石畳をアンヌの方へ走りだした。

 モネは友人が早起きした理由ややけに明るい理由が少しわかった気がして、胸が痛かった。





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